真実はいつもひとつ、今やるべきこともひとつ
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江戸川粉の治療薬である毛利卵はかなり希少価値が高い上にそれを持っているのがよりによってお金にがめつい万事屋で、頼んでも譲ってくれないと。土方さんからしたら喉から手が出るほど欲しいものだけど、不仲らしい銀さんが持ってるんだったら頼もうにも頼みにくいよね。銀さんさっきから鼻ほじってばっかりだし…


「第一、銀さんたちはどこで卵を手に入れたんですか」


私の質問に銀さんは歌舞伎町商店街の抽選で当たったと教えてくれた。え、普通に地球で手に入るんじゃん。希少価値がどうのこうのという話を思い出しながらも、まぁ手に入ったことに越したことはないと無理矢理納得する。


「でも8等だったアル。珍しいとか言うわりに微妙な位置づけネ」


思わず神楽ちゃんの一言でズルっと滑りそうになる。そして今日初めて神楽ちゃんと意見が揃った。8等って…本当微妙すぎるだろ。本当に希少価値あんの!?


「俺が江戸川粉について色々調べてたんだけど、江戸川粉の治療薬が毛利卵だって分かった後にどうやって入手できるか調べてたら、たまたまその抽選の商品として毛利卵が出てるって情報があってさ。慌てて商店街行ったらもう出ましたって言われたんだけど、万事屋が当てたって分かって急いで行ったらまだ食べてなくて。もう奇跡だよ、もし卵が食べられてたら5ヶ月かけて亜笠博星まで行くことになってたかもしれなかったから」


「5ヶ月!?そんな遠いんですか!?」


久々に発言した山崎さんが、この数週間大変だったことと、もしこの卵が食べられてたらもっと大変なことになっていたということも分かった。奇跡だ…奇跡の卵だ……神楽ちゃんが要求する8万円×3も妥当に見えてこなくもない。




「3ヶ月分、」


またも話が少し脱線してきたところで、銀さんが土方さんと私にそう言った。クエスチョンマークが浮かぶ私に銀さんがニッコリ笑ってこちらに身を乗り出す。


「うちの家賃3ヶ月分とこの卵でデュエルしよーぜ」


「おい何でゲームになってんだ」


なかなか現実的な交換条件だな、と思っている私の横ですかさず土方さんのツッコミが入る。


「てめぇの家賃はてめぇで何とかしろよ」


「え、そんなこと言って良いの?俺たちこの卵美味しくいただくけどいいの?オムレツとかだし巻きとかゆで卵とかにしちゃうよ〜?奇跡の卵なんでしょ?そこの島崎くん5ヶ月かけてこれ取りにいかせるの?さすが鬼の副長だね」


「銀ちゃん、私は玉子かけごはんがいいアル!」


「…旦那、俺は島崎じゃなくて山崎です」


銀さんの挑発に、山崎さんが苦笑い、土方さんが歯を食いしばって表情を歪ませる。


「副長、俺5ヶ月もかけていくの嫌です」


「チッ、わーってるよ。こいつらの態度が気に食わなねェんだよ……」


「…まぁ分かりますけど、でも今は譲ってもらうしかないじゃないですか」


「……山崎、お前結構有給残ってただろ?もうそれ使って行ってこいよ、亜笠博星」


「何でだァアア!亜笠博星行かせる気満々なんですけど!?しかも有給で!!有給の意味!!」


山崎さんと土方さんまで言い合いし出す始末。あーあーもうこんなのキリがないじゃないか。きっと私が来る前もこんな風で話が進まなかったんだろう。さっきまでギャーギャー騒いでいた私が言えることじゃないけど、こんなことしてる場合じゃないよ。家を出るときに溢れていた感情たちが私を急かすように舞い戻ってくる。


「………」


たしかに銀さんたちも調子乗ってるところがある。私の胸をクレーターとか言う辺りめちゃくちゃ調子乗ってると思う。しばき倒したいくらいだ。でも今子どもの姿の沖田を元に戻す方法はひとつしかなくて、そのたったひとつの方法でさえ地球じゃ滅多に出回らないもので、でも奇跡的にその治療薬がいま目の前にある。


土方さんも、山崎さんも、もちろん私も沖田の姿を戻したい。迷惑かけられっぱなしの上司として、同じ志を持つ隊士として、大切な人として。そして何よりも、沖田に会いたいんだよ。


それならやるべきことはひとつじゃないか。


そう思ったら、私の中で何かが頭の先からスーッと抜けていく。迷いはなかった。私は思いっきり息を吸い込んで、


「お願いします!!」


と再びギャーギャー騒ぎ始めた彼らよりもデカい声を出すとみんながピタッと止まった。みんながびっくりして私の方を見たところで、私はその場で頭を下げた。


「銀さん、神楽ちゃん、新八くん。お願いです、その卵を譲ってください」


「「「「…………」」」」


「生活が大変なのに、貴重な食料をくれだなんて本当に申し訳ないって思います。でも、この卵がないと…沖田は戻ってこれないんです……真選組は、一番隊隊長がいないままなんです…お願いで、す、私…沖田に会いた、いんで…す」


頭を下げたまま、こみ上げる感情をおさえるように目をぎゅっと閉じた。いま目を開けたら泣いてしまう気がした、でも泣いたらずるい気がして。それにきっと泣いたら最後、止まらないだろうと思った。だから、泣きたくなかった。


「…はァ〜」


しばらく静かだった空気に、銀さんのため息が聞こえて。私がゆっくり頭を上げると銀さんはやれやれ、と呆れたような表情でその柔らかそうな髪をくしゃくしゃとかいていた。


「…真選組に渡したくねぇけど、マナちゃんに頭下げられるのはもっと勘弁だわ」


「え、」


「…女の子に頭下げさせるなんて、俺の趣味じゃねェってこと」


そう言って銀さんは卵を差し出してきた。え、と驚く私に良いから早く持てよと言わんばかりに手をつかんで無理矢理卵を握らせる銀さん。驚きと嬉しさで何も言えない私の視線に気づきながらもわざとらしく視線をそらす彼の不器用な優しさが私の胸を打つ。


「ったく、沖田クンは幸せモンだな」


左手に、銀さんの温かさと卵のまあるい重みが伝わって。ぼやける視界に映る銀さんがいつもの気だるい表情なのがまた私の気持ちを揺さぶった。


「新八、神楽、けーるぞ」


用は済んだと、そそくさと立ち上がり帰ろうとする銀さん。その背中はとっても大きく見えた。新八くんと神楽ちゃんもつられて立ち上がる中、その後ろ姿に慌てて土方さんが呼び止める。


「おい、万事屋…いいのか」


「うっせーなァ。俺はマナちゃんにあげたの。何でもマヨネーズかけちまうようなお前でも、子どもになった沖田くんでもねぇから勘違いすんじゃねぇぞV字バカ」


「マナ、あのサディストが元に戻ったら無抵抗で三発殴らせろヨ」


「ちょっと神楽ちゃん何物騒なこと言ってんの!マナさん気にしないでくださいね!あと…あの、僕らも元の姿の沖田さんに会えるの楽しみにしてますから」


振り向くことなく部屋を出て行った銀さんと、ニッコリ笑った新八くんが神楽ちゃんの手を引いて続く。


「……っ」


たちまちみんなの優しさが全身を包むように私を支配する。お礼を言いたいのに、うまく喋れる気がしなくて、でもちゃんと言いたくて。あぁすごくじれったい。さっきよりもずっしり重みを感じる卵を掴む手が震えてしまう。


「銀さん、本当にありがとうございました…!新八くんも神楽ちゃんも、ありがとう。お礼は絶対するので……本当に本当にありがとう」


私は立ち上がって銀さんたちを追いかけるように部屋を飛び出して彼らの後ろ姿に叫んだ。本当はありがとうじゃ足りないくらい感謝の気持ちで溢れてる。三人がいなかったら、三人が商店街の抽選で卵を当てていなかったら、沖田はずっと子どものままいなくちゃいけなかったから。ただのありがとうじゃ足りないけど、でもいまはありがとうと言葉にする術しかないから、私の中のありったけのありがとうを。


「おやすみ、」


暗がりを三人並んで歩く銀さんが手をあげてひらひらと振る。その後ろ姿は優しく微笑んでくれている気がした。


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