ラブストーリーは突然に
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沖田がかぶってしまった江戸川粉の治療法が近いうちに見つかるかもしれないと土方さんに告げられた日から一週間が経った。


「ありがとうございましたー」


私は何事もなかったかのようにお店で働いていた。あの日から沖田には会ってない。いつ来るか分からないけれど確実に来るであろう別れに対して、こうやって少しずつ今の沖田への感情が薄くなっていったほうが別れが楽なんじゃないかと考えることもあった。


「マナちゃん、今日のオススメは何だい?」


「今日はこれかな、私が考案した新メニューのチキン南蛮弁当!」


でも、沖田に会わなくとも、沖田を思い出すきっかけはそこらじゅうにあった。


沖田が泊まりに来たときに使った子ども用の服や小物をしまい忘れてお母さんに怪しまれながらあの日の騒がしい我が家を思い出したり、お店のお弁当のおかずで卵焼きを作りながら沖田が卵焼きを小さな口で食べている姿を思い出して顔が綻んだり。


会わないからって感情が薄くなることはないということも痛いくらい分かった。


「何をそんな怖い顔してんだい、最近テレビで流行ってるお笑い芸人のネタやってあげようか」


営業終了後、お店の掃除をしているとのり子さんが奥の台所から顔を出した。怖い顔をしている自覚はなかったけど、考え事をしていたから自然と表情に出たのかもしれない。それよりのり子さんはアイスを買ってこようか?みたいなノリで何を提案してるんだ。何のネタやるつもりだ。怖いもの知らずか。


「真選組から電話だよ、誰って言ったっけな…新潟サン?」


そう言って電話の子機を差し出してきたのり子さん。ただ単に話しかけに来ただけだと思っていたので私は驚いてその場で一瞬固まった。しかも真選組から電話…そう聞いただけで心臓がヒヤッとするのがわかった。ていうか新潟サンって誰だよ、言うなら土方さんでしょ。母音的に。しかも保留ボタン押してないから新潟サンってのたぶん聞こえてるよ、土方さんに。


「…もしもし、かわりました」


「あぁ、仕事中悪いな。土方だ」


土方だ、を気持ち強めに言う土方さんの声を聞いてあぁやっぱり聞こえてたかとのり子さんをチラリと見れば、彼女はすでに台所に戻ってお母さんと雑談を始めていた。


「すいません、歳的に名前覚えるの苦手みたいで」


「いや。それより今日これから屯所に来れるか」


のり子さんの代わりに謝罪すると、土方さんはそこまで気にしていないというようにあっさりとした相槌のあと本題であろう話題を私に投げかけた。


「…今からですか?」


こんな遅い時間に呼び出しをくらうなんて、何の用か言われなくてもおおよその予想はできた。心なしか大きく心臓がざわつく。私の心情をよそに楽しくおしゃべりするお母さんとのり子さんから離れるようにお店の端っこへ移動し、受話器をあてていない方の耳を手で塞いだ。土方さんの声を聞き逃しちゃいけないと思った。声から僅かでも感情を読もうと思った。


きっと、やってくる現実をちゃんと受け止めようと思った。


「江戸川粉の治療薬が見つかった」


土方さんは焦っても安心してもいない、感情が見えない口調で、でもゆっくりとはっきりと聞こえた。逆に私は胸の鼓動が激しく、片耳を塞ぐ手は少し震えていた。


「治療薬は安全性が確認され次第、沖田に服用させることになった。そのことも含めて藤堂に話しておこうと思ってな、夜遅くで悪ぃんだがパトカーそっちに寄こすからそれで来てくれ」


予想していたことが目の前にやってきた今。嬉しさと寂しさがじわじわと足元から滲んできたのが分かった。覚悟しておいてくれ、と告げた土方さんの言葉が頭を過る。ついにその時が来たのだ。ドキドキする私の中に2人の沖田が浮かんで、泣きそうになるのを堪えるように深く息をはきだした。




「ちょっと!マナ!?どこいくの!?9時からAIBO新シリーズ始まるわよ!」


土方さんからの電話を切り、残っていた閉店作業を片付け携帯を片手にお店を飛び出した。パトカーに来られたらお母さんたちに怪しまれる、私は土方さんの迎えを断って、さらにお母さんの声から逃げるように走った。ちなみにAIBOが好きなのはお母さんだけだから。


「はぁっ、はぁっ…!」


土方さんは急がなくて良いと言っていたけど、このざわついた気持ちと向き合えるほど私に余裕はなくて。息が切れるほど走った方が何も考えなくて良いので楽だった。


沖田に会える、あの憎たらしい沖田に。着物のせいでうまく走れないけれど、駈け出す一歩は沖田に会える未来に近づいていて。それは同時にもう1人の沖田との別れにも繋がっていることにもなるけれど、落ち着かない胸の鼓動をおさえるように握りしめた手は冷たい。



「あ、マナちゃん!」


走りすぎてそろそろ体力的にキツいと限界を感じた頃、タイミングよく屯所へ着いた。屯所の前で待っていてくれた山崎さんに連れられて屯所内へ。夜に屯所へ来ることはほとんどないので、昼間にはない静けさが緊張を誘う。沖田はもう寝てるんだろうなとぼんやり沖田の寝顔を思い浮かべながら山崎さんの後ろを歩いていると、明かりのついた部屋の前で止まった山崎さん。


「副長、失礼します。マナちゃん着きました」


中にいるであろう土方さんに確認をして襖を静かに開けた山崎さんが、私を部屋に通してくれた。走ってきた分の呼吸はすでに落ち着いていたけど、これからのことを考えたら再びやってきた緊張に鼻から吐き出す息が若干荒い。


広い応接間のような空間、てっきり土方さんだけかと思っていた私の視界に飛び込んだのは思わず部屋へ入ろうとする私の動きを止めてしまうほどの予想外の人物だった。


「お、来た来た。遅いじゃねぇの」


部屋には土方さん、そしてなんと銀さんたち万事屋三人が仲良く正座していたのだ。大きな机に向き合うように座る土方さんと、万事屋の三人が一斉にこちらを見る。仲良く、とは言ったけど表情はみな楽しい雰囲気ではない。


「え、えっ?何で…え、三人ともどうしてここにいるの?」


拍子抜けとはこのことだろう。緊張がどこかへ行ってしまうくらい、どうして三人がここにいるのか分からなかった。全く理解できない状況の中、土方さんと山崎さんを交互に見てアクションを求めたけど2人とも無視。おいコラ、ちゃんと説明しろ。


どこかよそよそしい土方さんと山崎さんとは裏腹に、なぜか余裕たっぷりの笑みを浮かべる銀さん。ますます意味が分からない。開口一番で聞こうと思っていた江戸川粉の治療薬についての話題も三人がいるんじゃ気軽に口に出せないし…と慌てる私に黙っていた神楽ちゃんが口を開いた。その表情には若干、呆れが見えた。


「どうしたもこうしたもないアル。お前を待ってたネ」


「へ?私を?」


思わず自分で自分を指さす。神楽ちゃんの表情とセリフで私はどうやら呆れられているようだったけれどどうして呆れられるのか全く心当たりがないので、納得できるはずがなく。


「ていうかマナちゃん、何で手ブラ?」


机に肘をつきながら銀さんが私に不思議そうな視線を送ってきた。


「銀ちゃん何言ってるアルか。マナの胸は手ブラできるほど豊かじゃないネ」


すかさず神楽ちゃんがあざ笑いながら私の胸を指さした。は、腹立つ!!着物着たらみんな潰れるんだよ!


「アホかそっちの手ブラじゃねぇよ!俺は”弁当とかお菓子の手土産はないの?”っていう意味の手ブラだわ。俺だってマナちゃんの胸が潰した空き缶並みにペチャンコだって知ってますぅ〜」


「潰した空き缶っていうより、月面アル。クレーターみたいにヘコんでるネ」


「僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ11号は月に行ったって言うのにィ〜♪ってか」


「ちょっと二人とも!ふざけてる場合じゃないでしょ!マナさんすみません」


ヒートアップしてきてポルノグラフィティのデビュー曲まで歌い始めた2人に一発隕石でも落としてやろうかと構えたところで、制止したのは今まで黙っていた新八くんだった。痺れを切らしたように入ってきたけど新八くん、もう少し早いタイミングで止めて欲しかったな…!何のためにいるの?役割果たそう!?


まぁ、神楽ちゃんと銀さんはあとで踏み潰して自販機横のゴミ箱に空き缶と一緒に捨てるとして。私はずっと黙っている土方さんに万事屋三人がここにいる理由を問いかけた。すると土方さんは短く息をはいたあと、目の前の三人をチラリと見て乗り気には見えない表情のまま口を開いた。


「…こいつらに今回のことは話した。で沖田が元に戻る治療薬持ってんのもこいつらだ」


「……え?は!?」


私の動揺に、さっきよりも余裕な笑みを浮かべる銀さん。いいねぇ〜そのリアクション、と言わんばかりの銀さんの表情に土方さんがチッと舌打ちを打つ。


銀さんたちが、沖田の治療薬を持ってる?しかもこの胡散臭い…って言っちゃアレだけどなんで万事屋が治療薬なんか持ってるの。沖田の治療の話をする前に聞くべきことが一気に降ってきてしまった。


「マナちゃん、とりあえずここに座って」


混乱して何からどう話せばいいか分からない私に座るよう促す山崎さん。言葉さえなかったものの、彼の優しい表情は私の慌ただしい感情の波をスッと整えてくれた。


「いやァ〜、まさかこんなモンがお宅らが喉から手が出るほどほしいモンって知らなくてよォ」


私が土方さんの隣に座ったところで、わざとらしい切り口で話し始めた銀ちゃんが、床に置いてあったスーパーの袋の中身を得意げに取り出した。


「……た、まご?」


机に置かれたのは3つの白い卵。パックにこそ入っていないけど普段よく見る卵だった。銀さんが得意げに出したものにしては、期待はずれというか何というか。この卵と沖田の江戸川粉の関係性が全く見えない。


そんな私の心情に応えるように銀さんが卵をひとつ手にとってニヤリと笑ったみせた。それにすかさず、土方さんが説明し始めた。


「ただの卵じゃねェ。こいつが持ってんのは地球から遠く離れた亜笠博星でしか生産してねぇかなり希少価値の高い卵だ。これを調理して食わせれば元の姿に戻る」


「…あ、がさはかせ?」


すらすらと流れるように話す土方さんの言葉を理解しようと頭をフル回転させたけれど、某アニメに出てくるとんでもないサッカーボールとかメガネを発明する白衣を着ている鼻のデカい人物の名前が聞こえた瞬間、私の中の緊張感がやや緩んだ。


「亜笠博星(あがさはかせい)だ。総悟が被った江戸川粉もその星で出回ってる薬物だった」


「………」


待て、ちょっと待ってくれ。江戸川粉まではまぁ私も無理矢理だけど何とか理解できた。でも、でも…!亜笠博星出てきちゃったらもうダメでしょ、もうこれ◯魂じゃないでしょ、名探偵でしょ!!”真実はいつもひとつ”がおきまりの台詞のアレでしょ!


「…江戸川粉に亜笠博星、違う作品絡みすぎてるってそろそろ誰か気にならないんですか。ねぇ、新八くんと山崎さん?2人もツッコミがいるのに何でツッコまないんですか」


ここへ来る間の私の葛藤やら覚悟が不完全燃焼のまま、胃の下のあたりで沸々と呆れに変わっていくのを感じた。誰も喋らず、沈黙が少し流れたあと銀さんがゴホン、と咳払いをして突然、卵を持った手を天高く上に伸ばした。まるでアマゾンの奥地から秘宝を手に入れたような大きな達成感と勝利に満ちた表情で、銀さんは必殺技を叫ぶように声を出した。


「…その卵こそ、この毛利卵(もうりらん)だァアア!!」


「(ら、蘭ねーちゃんまで参加してきたァアア!!)」


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