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「ここでたべよう」


お茶と見せかけてめんつゆだった沖田のいらぬサプライズのせいで、全く喉が癒されぬまま私は沖田に連れられ屯所の庭を囲む縁側へ。ここ人通るけど座っていいの?と辺りを見回しながらも、心地よい雰囲気とぽかぽかな陽気に誘惑され、日差しがたっぷり差し込んだ床の温もりを足の裏から感じながら、一足先に座り込んだ沖田の隣へ腰をかけた。視界には気持ちのいい青空が広がっていて、その青さはさっき泣いた目にとても沁みた。ふと、気を緩めたらさっき土方さんと話したことに心がたちまち蝕まれてしまうので考えたくはないけれど、隣に沖田がいる以上は私の思考云々の問題だけで平常心ではいられなくて。せっかく久々に沖田に会えたのにこんな気持ちなんて、とやり場のない気持ちをモヤモヤ心にとどめたまま空を仰ぎ続ける。


「…わぁ、」


そのとき、隣で座る沖田からふわり柔らかい声がした。見れば、私の持ってきたお弁当を太ももに乗せてちょうど中身を開けたところだった。蓋を持ったまま固まっている沖田の表情は真正面から見えなくても嬉しそうで目がとても輝いている。


そんな沖田を見て、思わず私まで表情が綻ぶ。口角がゆるやかに上がるのを感じながら、私は地面についていた足をぷらーんと前に出した。


「それね、沖田特製弁当だよ」


今回、隊士へのお弁当は和食のおかずがメインだった。最初は沖田にも同じお弁当を食べさせるつもりだったけれど、お弁当の仕込みをしている最中に思い出した。


「…この間、沖田が泊まりに来たときに作ったタコさんウインナー喜んでたっけ」


ふと沖田の嬉しそうな表情を思い出した私は、沖田のお弁当だけメニューを変えることにした。タコさんウインナーの他に甘めのだし巻きたまご、コーンコロッケとごぼうサラダ、ピーマンの肉詰め、シャケとゆかりのミニサイズおにぎり。沖田の好きな食べ物は知らないけれど、沖田が美味しく食べてくれている姿を想像しながら作ったものばかりだ。だから美味しいって食べてくれるか、少し不安だったりする。


「土方さんたちには内緒ね、これは沖田だけのお弁当だから」


別に内緒にすることでもないんだけど特別感を出したくて得意げに笑ってみせると、沖田はすでにタコさんウインナーをパクリ食べていて。こら!いただきますって言ってからでしょ?と手をパシリと叩く。ていうか手づかみで食べるなよ、どこの民族?


「ふふーん♪」


でも沖田は私の声なんて聞こえていないようだ、足をぶらんぶらんさせながら今度は口いっぱいにミニサイズおにぎりを頬張っている。その表情はとても嬉しそうで。沖田はまだ何口かしか食べていないのに、私は充実感に包まれた。愛しさと切なさが入り混じる。


「え、もう食べたの!?早っ…よく噛んだ?」


その後沖田はあっという間にお弁当を完食。屯所でちゃんとご飯食べてるのか!?と不安になる食べっぷりだった。そして私の心配をよそに沖田はいつから持っていたのか子ども用の水筒からお茶をゴクゴク飲み始めた。へ、へぇ…自分のはちゃんと用意してるんだね!人様には何食わぬ顔でめんつゆ飲ませておいて、自分は美味しくて冷えたお茶飲んでるわけね!!アハハハ、さすが沖田!!期待通りの腐り具合だな!!!ぐびぐび飲んでいるその水筒の底を強めに押して中身をバシャアッと沖田の顔面にぶちまけたい衝動をグッと抑える。


「ねぇねぇ美味しかった?」


でもまぁ完食してくれたことは嬉しいので、ぜひとも感想を聞こうじゃないかと沖田の顔を覗き込む。今日はやけに可愛らしいところばっかりだから手作りお弁当に対しても可愛らしいこと言ってくれるかもしれない。高まる期待、念のためにビデオ撮影していいか「…ふつう」


「ふ、ふつー?」


シレッと吐き捨てられた一言は、私のワクワクを根元からゴッソリ抜き取った。普通、ふつう、フツウ…


「それよりみて、これ近藤さんがかってくれた」


一時停止する私をよそに、今度は沖田がワクワクしたような表情で水筒を私に自慢し始めた。いやいや、まだお弁当の話は終わってませんけど!?普通の一言で私は満足しないよ、沖田クン!さっきお弁当開けて「わぁ」って目キラキラさせてたじゃん!美味しそうに食べてたじゃん!あっという間に食べ終わってたじゃんんんんん!!


納得いかない…前ご飯を作ったときも普通って言われたから今回は美味しいって言ってもらいたかったのに!!沖田の嬉しそうな顔を浮かべて作った自分がアホらしく感じる。こんな子どもの一言に翻弄されてしまう自分の単純さに。それでも沖田のことを考えて料理を作る時間が楽しかったことに。


「あ、沖田隊長こんなところにいた」


そのときふと後ろから声がした。条件反射で振り返ると山崎さんが廊下の先からこちらに歩いていた。彼の言葉からして沖田を探していたらしい、私たちの元へやってきた山崎さんは私にぺこりと頭を下げてから沖田の目の前でしゃがみこんだ。


「部屋のおもちゃと絵本、出しっぱなしだよ。使ったら片付けするって決まりでしょ?」


諭すように山崎さんは沖田に話しかける。沖田は目をそらしながら、口を尖らせている。


「マナちゃんが来るの楽しみにしてたのは分かるけど、決まりを守らないとおもちゃも絵本も悲しいよ。沖田隊長の部屋でみんな悲しそうに転がってたなぁ、誰か踏んだら痛いだろうなぁ。ゴミと間違えられて捨てられちゃうかもなぁ」


ぐっちゃぐちゃになっているであろう沖田の部屋を思い返すように山崎さんが話す。すると沖田は無言でムクッと立ち上がってバタバタと走って去っていった。小さな体と足音はすぐ屯所の奥へ消えていく。


「お久しぶりです。やま…えっと…やま、やま…山、山大可さんでしたっけ?」


「山崎ですけどォオオ!?何?山大可って!何で”崎”の漢字バラしてるの!?わざとでしょ、そんな面倒くさいことして絶対わざとでしょ!!」


「…はーい、もういいですか?満足なツッコミはできましたか?」


「ちょっとその言い方やめてくれないかな!?」


若干キレた山崎さんがよっこいしょ、と沖田が座っていた場所に座り込んだ。その横顔は何だかいつもの地味臭い山崎さんには見えなかった。


「えへへ、気づいた?実は昨日髪切ったんだよね」


「…誰が私の心の中に入ってきて良いって言いました?警察のくせに…不法進入ゲス野郎め」


「ひど!俺に対する当たりがすごくキツい!すごく!!」


「しかも私山崎さんが髪切ったとか一切知らないです、全然興味ないです。自分の鼻毛の本数の方が興味あります」


「は、鼻毛!?」


鼻毛以下?俺の髪ってあんな数センチの毛以下…?と泣きそうな顔で呟く山崎さんを横目に、私は先ほどの沖田への山崎さんの接し方に感動していた。少なくとも私は沖田にあんな風に接したことはないし、沖田も私の言うことにあんなにすんなりと聞いたことはない。まさか山崎さんを凄いという尊敬の眼差しで見る日が来るとは思わなかったので、素直に気持ちを言えないけど。でも本当にすごい、ストーカー捜査ばっかりしてないで幼稚園でも開けばいいのに。


「ストーカー捜査じゃないから!密偵!」


「だから心を読まないでください、ウンコしたあと手洗わずに泥だんご握って食わせますよ」


キッと睨むと肩をびくつかせる山崎さん。何だ、この人。私が京行く前もそこまで絡むことなかったし、こっちに帰ってきて1回しか会ってないのにさりげなーくヒロインの隣に座ってるし。地味なキャラだからってこういうことは一丁前に上手いのがまたムカつくし。何が一番嫌かってこの人との物語とか思われることだ。


「…今のは読まなかったことにするね」


「いや、今のは読んでくださいよ。何なら蛍光ペンで引っ張っておいてくださいめちゃくちゃ重要なので。何なら声に出して読みましょうか」


「やめて、もう充分でしょ!」


一通り、山崎さんいじりをして満足した私はふぅとため息をつきながら空を仰いだ。


「どうですか、隊長とは?」


すると山崎さん(少しやつれた気もする)が自分の後ろから湯のみを差し出してきた。え、どこから?と聞こうとすると山崎さんはそれをどうぞ、と渡してきた。


「沖田隊長が台所のめんつゆを出しっぱなしにしてたらしくて、」


私の驚いた表情が伝わったらしい、やれやれと少し呆れたような表情の山崎さんから受け取った湯のみはあったかかった。


「すごい推理力ですね…探偵になるのはどうですか?」


「…俺はどうしても転職しなきゃダメなの?ここにいちゃダメなの?」


表情筋をヒクヒクさせる山崎さんを横目にあたたかいお茶を一口。さっきのめんつゆの衝撃を柔らかく溶かしてくれるような優しいほうじ茶の味が口に広がって熱さが喉を下りていく。美味しい、心の重さがなくなるようなホッとする味だ。山崎さん、こんな美味しいお茶が淹れられるならお茶屋さんに「なりません」


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