アイルビーバック
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「間もなく終点、大江戸駅‥」


久々に降り立った江戸の町は相変わらず都会的で、それでいて懐かしかった。


半年間の修行を終えた私は今日、京の土産を両手に江戸へ戻ってきた。ちなみに私が今日帰ってくることを江戸にいるお母さんや知り合いはまだ誰も知らない。サプライズというやつでいきなり飛び出てジャジャジャジャーン!みたいな感じで登場しようと思ったのだ。


家に帰ってゆっくりしてから真選組に行こう、と自分なりの予定を立てながら駅から自宅までの道を歩く。お母さんとのり子さんは元気かな、久々にお店にも立ちたいなぁ、常連のお客さんたちともお喋りがしたい。膨らむ期待に足は軽くなり、結構な量の荷物にも関わらずあっという間に家に着いてしまった。


相変わらず湿気た店だと思った。半年間、住み込みで修行した京一弁当とは大違いだ、こんなにボロかったっけ?と首を傾げてしまうほどだ。きっと京一弁当で目がおかしくなってしまったんだろうけど。慣れって怖い。


ガラガラ…


お店の扉を開ける。いつもは迎え入れる側なのにこうしてお店に入ることに緊張しながらそーっとお店に入った。ショーケースには久々に見るコロッケやらお弁当、惣菜が並んでいて。久々に見る懐かしい景色に顔がほころぶ。カウンターには誰もいなかった。


「はいはい、いらっしゃいま‥って、えっ…マナ!?」


扉の音で気づいたのか奥のキッチンから大きな声とともにやって来たのは、エプロン姿のお母さん。完全に油断していたらしい、思っていたより大きな声が店内に響く。そしてその声に釣られて奥から口をモグモグさせながらのり子さんも登場。あぁ昼休憩中だったんだ。


「ただいま、」


「ただいまって‥あんた帰ってくるって連絡した?」


お母さんは驚いたまま。のり子さんも目をパチクリさせながら依然としてモグモグしている。そんな二人の表情が面白い。


「ビックリさせようと思って誰にも言わなかったの」


「やだねぇ、そんなことして…帰ってくるって連絡くれればお祝いパーティーでもやろうと思ってたんだよ」


お母さんとのり子さんは「ねぇ?」とお互い顔を見合わせながら私がいきなり帰ってきたことに戸惑いを隠せていないようである。グフフフ…そうそう私はこういう顔が見たかったんだよ。


「お祝いパーティーなんて…そんなぁ、いいよ恥ずかし「あらそう?なら良いわ、お母さんとのり子さん今日ライブだから」


「はっ!?ライブ?」


さっきの驚いた二人はケロッと表情を変えて安心したように微笑んでいる。驚くのは私の番だった。


「今日、夕方から水川きよしのライブなのよぅ〜」


「‥‥はいっ?」


「あ、マナいるなら今日の夕方からお店閉めなくてもいいじゃないのゆみちゃん」


「あらそうだねぇ!マナ店番よろしくね」


「何でだアアァァァア!」


店内に私の大きなツッコミが響いた。いやいやいや!おかしいよ!何でそうなるの!友達の家から帰ってきたんじゃないんだよ?京から半年ぶりに帰ってきたんだよ!?それなのに、


「「ズン、ズン、ズンズンドコきよしィイィ〜♪」」


「やめんかいィィイィイイ!」


何ライブ楽しもうとしてるんだ!しかも私に店番押し付けて!馬鹿か!馬鹿なのか!どこからか持ってきたペンライトを片手にここはライブ会場かとツッコミたくなるほどのうざったいテンションで騒ぐ二人に顔がひきつる。


違う、違う‥こんな展開になるはずじゃなかったのに!


「向こうでの修行話は明日聞かせておくれよ。あ、お土産は買ってきただろうね?”元気に帰ってきた私がお土産です!”とか言ったら菜箸で目突くからね」


「‥怖すぎるわ!何そのお土産への執着心!ていうかのり子さん何様だよ!」


「何様、三名様、灼熱サマー!ヘイ、プチョヘンザァ!」


「‥ちょっのお母さ〜ん?何なの、そのラップ初心者でも言わない低レベルな韻踏み。新しい病気?」


二人のテンションから私の主張は通らないらしい、もうこれは店番をするしかない。いや何でだよ!と若干キレながらもこれからは前もって連絡をしてお祝いパーティーを開いてもらおうと思った。絶対開いてもらう、絶対…!


「とりあえず荷物置いてきたら?あ、ついでに洗濯物干してきて」


「マナ、お土産は何買ってきたんだい?」


「(‥くっ!こんなはずじゃなかったのに!)」


重い荷物を抱えて家へと繋がる階段を上る足音がドンドンと自分の心に鳴り響いた。


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