出会いあれば別れあり
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「総悟、食堂のおばさんに頼んで藤堂用のお茶持ってきてくれ」


屯所に入り、沖田は土方さんにパシられふくれっ面をしながらも大人しく屯所の奥へバタバタ走り去ていた。そしてたまたま通りかかった隊士に弁当を預けた私は玄関で土方さんと残された。


「単刀直入に聞く。藤堂は総悟に元に戻って欲しいか」


人気のない玄関で、いきなりの土方さんの質問の意味が分からなかった。


「えっ?」


シンとした空気の中、私の聞き返した言葉だけがやけに軽く聞こえるくらい、土方さんはとても真剣な声だった。


沖田が元に戻って欲しいなんて、どうしてそんな当たり前のこと聞くんだろう?私が元の沖田に戻って欲しくない理由なんてひとつもないのに、


土方さんの質問に対して無言だった私の心情が伝わったのか、土方さんは固い表情でゆっくり口を開いた。


「…もし、総悟が元に戻る兆しがあったとして藤堂は今の総悟と別れる覚悟はあるか?」


「……っ、」


出したはずの声は喉の奥で消えた。頭を鈍器で殴られたというのはこういうことを言うんだと思った。心臓がピタリと止まる気さえした。土方さんの”聞きたいこと”を理解した途端にその理解したことが恐ろしいことに気づいた。


「…今の沖田と、別れる…、」


今までそんなこと考えもしなかった。沖田は姿が違っても沖田だから。いや、それは間違っていないんだ。間違ってないけど、もし沖田が元に戻ったら今の沖田は消えてしまうことになる、永遠に。万が一、今の記憶が残っていたとしても沖田の今の姿はなくなってしまう。元の沖田に再び会えるという幸せを抱きしめる代わりに、今の沖田にもう二度と会えないという残酷な運命を受け入れることになる。


沖田には会いたい。叶うなら今すぐにでも会いたい。その気持ちはずっとここにある、のに。


怖くて悲しくて、心がざわざわ騒ぐ。


「めすぶたー!」


震える心に沖田の笑顔が咲く。


「藤堂、お前には感謝してる。最初こそ悩んで苦しんだろうが、総悟を受け入れて向き合ってくれた。最近の総悟を見てるとな、楽しそうなんだよ。でもな…楽しそうだからこそ…」


土方さんが苦虫を潰したような表情でこちらを見る。瞬間、泣きそうになる。心の奥と目頭がとてつもない速度で熱くなって苦しい。やめて、土方さんにそんな顔されたら私、どうすればいいか分かんないよ…


「何をすればいいかなんて、何が最善策なのかなんてとっくに分かってる…分かってんだ。本来迷う問題でもねぇはずなんだ。でも総悟からお前の話聞いたりお前が総悟に向ける表情を見てたら…」


情に振り回されてる場合じゃねぇのに情けねぇわ、と髪をクシャクシャさせながらため息をはく土方さんに私は首を振った。そんなに自分を責めないで、と。だって土方さんは、私より沖田と過ごした時間が長い。そばで衣食住を共にしたからこそ、私より沖田への気持ちは大きいはずだ。


「…実は、江戸川粉についていくつか情報が入ってきてる。近いうちに治療法も見つかると思う」


「…えっ、」


空っぽの頭に土方さんの言葉だけが積もっていく。それはあまりにも唐突すぎて。すでに始まっているカウントダウンにカチリ、カチリと時計の針が近づく音と心臓の音が重なった。


今の沖田と別れたくないからと言って、このままで良いわけない。私だって何をするべきか分かってるよ、何が正しいかも。でもその正しさを手にするために、沖田総悟の魂がひとつ消えてしまうという選択を受け入れたくなくて。


分からない。私たちがやろうとしていることは、本当に正解なの?本当の沖田総悟に戻る、と言ったって今の子どもの姿の沖田が決して”嘘な存在”なわけじゃない。姿が変わっただけで、沖田総悟なことには変わりないのに……なんて自分に都合良い言葉を並べてしまう。


「……ダメですね、私。沖田のこと…どっちの沖田とも一緒にいたい…って…考えちゃう、んです」


言葉が震えたと同時に視界がぼやけて、喉の奥からこみ上げてきた感情たちに自我が保っていられなくなりそうになった。いつの日か沖田が私より大きな背中で私を抱きしめてくれた温もりと、つい最近私よりずっと小さい体の沖田をおんぶしたときに感じた温もりが、一緒になって私へと押し寄せる。震える心が熱を帯びる。


私の涙が溢れる瞳に映った土方さんは薄く唇を噛んでいた、そしてその表情に心が押しつぶされた。光のない闇に落とされた気分だった。どうしてだろう、沖田が元に戻る未来は輝いているはずなのに。どうして私たちは迷っているんだろう。


「藤堂に背負わせて本当に申し訳ない。ただ、気持ちの準備はしておいてほしい」


土方さんはまっすぐ私を見てハッキリと言った。余命宣告をされた気分だった。実際にそうだろう、今の沖田はいなくなってしまうんだから。


「もう、沖田のあの笑顔も…小さな体もっ、っぐ…あったかくて柔らかい手も…消えちゃ、うんですか…!沖田は…私のことも、私と行った場所も、お弁当の味も…全部全部!なくなっちゃうんっ…ですか…っうぅ…なんで……な、んっ…で、」


溢れ出した感情は、涙とともにとめどなく流れた。愛しいと感じた日々はこんなにも残酷に崩れていくのか。幸せだと感じた出来事すべて、なかったことになってしまうのか。
状況は、心情は土方さんも同じなのにとてつもない孤独に体中が蝕まれていくのを感じた。


「藤堂、」


納得のいく答えなんてあるわけなかった。そして決まった未来に抗えるほど、私は現状を平等に見れなかった。子どもが理不尽なことで泣きじゃくるのと同じ。全ては自分のためだ。


それでも、泣かないわけにはいかなかった。泣くことでしか感情を表せない。昨日よりも大きくなっていく沖田への愛情に、迫り来る”その時”に、私はもうどうすることもできないと分かってしまったから。


「土方さん、私…辛いです。どうすることが正しいか、分かってるからこそ…っ、辛い…っ…沖田は、沖田はどこにいっ…ちゃうんです、か」


土方さんの眉間にシワが寄る。やるせない気持ちが溢れて見えた。土方さんの冷静じゃない部分を見て、また涙が溢れる。


沖田と会えなくなるわけじゃない、でも今の沖田とは永遠の別れが待っている。もう、きっと、二度と会えない。


その迫り来る現実に、耐えられる気がしなかった。どちらも沖田であることは変わりないのに、どこかで私は二人を別の人間として分けてしまっていたのかもしれない。この気持ちが分からない人もいるだろう、さっさと元の姿に戻してあげたほうが良いと言う人がいるだろう。そんなこと、分かってる…分かってるよ。でも、でも、


「めすぶたー!お弁当たべ……え?」


そのとき、少し遠くから声がしてお茶が入ったグラスを両手で持った沖田がドタバタ走ってきた。いきなりの登場すぎて涙を拭うのも忘れた私を見て、案の定沖田は驚いた表情で立ち止まった。私も私で、沖田に見られたという驚きでさっきまで止まることなく流れていた涙がピタリと止まった。


「…めすぶた、なんで泣いてるの」


「沖田、」


驚いた表情から一変、眉をひそませて心配そうに伺う沖田。あぁ、普段は憎たらしいだけなのに、そんな表情初めて見たよ。心配してくれてるの?初めて会ったときはそんな表情を私に向けてくれるなんて、思ってなかった。でも、このタイミングでそんな表情見せるなんて、ずるいね。


「お、沖田助けてよー土方さんにいじめられたー」


私は溢れそうな涙を無理矢理拭いながら土方さんを指差した。突然ありもしないことを言われた土方さんは豆鉄砲を食らった表情で「はっ!?」とキョロキョロし出す。仕方ない、この状況で沖田に変な心配させるわけにはいかないし。それに沖田を見たらすぐにでもまた涙が溢れそうだ、悲しい気持ちに背を向けて歯を食いしばった。


土方さんに濡れ着を着せたおかげで私の涙の本当の理由は隠せた。沖田はムッ頬を膨らませている。


「ぶたを馬鹿にしたから、おまえ今日からぶたにく食べるな!」


「…お前は藤堂のことかばってんのか、けなしてんのか」


キィィッと土方さんを睨みつける沖田が真剣に言うので、まさか自分が貶されてるとは思わなかった。何なの、この子。


「藤堂、時間あるならゆっくりしていってくれ。俺はそろそろ会議だから見送りはできねぇけど」


時間を確認した土方さんが、私を数秒ジッと見つめた。沖田の登場によって遮られた話、それでも土方さんが私に言いたかったことはちゃんと分かった。だから私は土方さんに小さく頷いた。さっきは泣いて取り乱したけど、今だって沖田を目の前に自我をギリギリに保っているけど、正直このまま沖田と普通に接しられるか分からないけど。


「総悟、悪さすんじゃねぇぞ」


沖田に口すっぱく言い聞かせた土方さんが会議へ向かう。土方さんの後ろ髪にベーッと舌を出す沖田。この二人は年の差が開いても変わらないな。


そして二人きりになったところで、沖田が私を見上げた。


「ほんとにだいじょうぶ?なぐられたりした?」


「大丈夫だよ、それより沖田にめすぶたって言われる方が傷つくなぁ」


今更なことを言ってみたりして、沖田の反応を伺う。沖田は少し考えるように首を傾げたあと「そうなんだ」とだけ言った。思わずその場でズルッと滑りそうになる。何それ!自分の暴言は直す気ナシかよ!


「泣くとのどかわくよ、はい」


沖田の中で私はずっとメスブタなんだろうな、とこれまた今更なことを痛感していると沖田の小さな両手からグラスが渡された。ずっと持っていたからかグラスからは少し温もりを感じた。その暖かさに胸が苦しくなる。可愛いなぁ、もう本当に。


「ありがとう。立ったままだけど飲もうかな」


沖田が素直になってくれると、私も素直に”ありがとう”って言える。嬉しいことも悲しい気持ちもまっすぐ伝えられる。子どもの素直さは本当にすごい……って、


「ブゲオッフォッガァア!!」


氷が入ったお茶をゴクリと多めに飲み込んだ途端、思っていた味ではない味が口に広がって驚きのあまり私はそのまま吹き出してしまった。


「なななにこれ!ゲホッ…め、めんつゆの味するんだけど!?」


色はお茶そのものなのに、味は濃くてダシが効いている、とても。口を拭いながら沖田を見ればお腹を抱えてゲラゲラと笑っている。


「………」


その姿を見たらいつものように怒りがこみ上げたけど、でもそれは愛しさと寂しさも同時で。こんなイタズラをされてるのに、沖田を叱る気になれなくて。むしろ私を見て笑う沖田を抱きしめたかった。


「?」


一通り笑い終えいつもみたいに怒らないな、と不思議がる沖田を横目に私はフーッと息をゆっくり吐きながらこみ上げる感情を必死に喉の奥へ押し込んだ。ダメだ…今は沖田の全てが私の涙腺を崩壊させていくわこれ。歩く起爆剤だわ、ウォーキングバズーカだわ。無意識に人殺すタイプだわ。


必死に他のことを考えようと空を仰いだけれど、すごく気持ち良い青空で余計切なさが増した昼過ぎでした…藤堂マナ。アレ作文!?


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