強がり同士の涙
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「うぁああ!またカブト虫!?」


「…メスブタうるさい。他の人いっぱいみてる。はずかしい」


「だって、もう26個目だよ!?ほら、もっかい!沖田回して」


「……またカブト虫」


「…んぬぐっ!!このガチャガチャ金色クワガタ入ってないんじゃない?」


沖田と約束した”金色クワガタ”をゲットするために携帯ショップの近くにあったゲームセンターにやって来て30分、用意していた小銭が底をつきそうだ。ガチャガチャにたくさん入っていたカプセルはほとんどこちらの手中にあるが、中身に金色クワガタはいない。沖田には「金色クワガタが出るまでやっていい」なんて太っ腹なこと言っちゃったけど…


「もうあと一個しかガチャガチャないよ」


「…む、」


金色クワガタ出なさすぎだろォオオ!もう100円玉何十回入れてると思ってんだ!レアキャラの確率なめてた!!ただ小銭を入れてレバーを回すだけなのにこんなに悲しくなるものなの、ガチャガチャって!今のところ100円入れても喪失感しかゲットできてないんだけど!?金色どころかウンコ色のオンパレードなんだけど!?


ガコッ、


「……金色クワガタ、じゃない」


「…………まじ?」


最初こそ楽しそうに毎回ガチャガチャを回していた沖田も、段々手を回してカプセルを取り出すという単純作業を繰り返すだけになっていって、ついには最後のひとつにも金色クワガタが入っていないという最悪の結果になった。もはや、沖田の声からして最後の1個にすら期待していなかったように聞こえた。


沖田は唇をぎゅっと噛んで、空になったガチャガチャの本体をジッと睨みつけている。


あぁ、こんなはずじゃなかったのに。沖田に楽しんでもらいたくて、ありったけのお札を小銭に変えたのに。沖田の喜ぶ顔が見たくて、金色クワガタ取ろうって提案したのに、


「………おわっちゃったね」


逆に沖田を悲しませちゃってる。空回りだ、沖田は金色クワガタが手に入ることをすごく楽しみにしていたのに。せっかくそのチャンスを作ったのに、沖田はいま笑ってない。


ゲームセンターの騒がしい音が、やけに虚しく私の胸に響く。沖田はガチャガチャの本体に貼られている金色クワガタの写真をじっと見つめている。あぁ、こんな顔をさせたいわけじゃなかったのに…


「沖田、他にガチャガチャあるとこ探そう。金色クワガタ取ろう」


「…え?」


落ち込む沖田の頭にポンっと手をおく。


「欲しいでしょ?金色クワガタ」


「………」


別にヤケクソになったわけじゃない、沖田に金色クワガタをあげたいっていう気持ちがより強くなっただけだ。


「…もういいよ、ぼく」


「えっ?」


1人気合いを入れる私に、沖田が顔をあげてそう言った。さっきまで悔しそうにしていたのに、やけにスッキリした表情だ。


「何で?あんなに欲しがってたじゃん、金色クワガタ欲しくて屯所抜け出したじゃん」


何だか沖田の方が大人に見えて、私だけがムキになってるようで。言葉を発すれば発するだけ自分がちっぽけに感じた。


「なんか、ちがうんだ」


「違う?」


私を見上げる沖田の顔は無表情だったけれど、決して冷たく感じるものではなくて。


「めすぶたの家でごはん食べて、お風呂はいって、寝て、起きてごはん食べて、どうぶつえんいった。そうしたら、なんか…金色クワガタほしいってきもちがすこしなくなった」


「………それは、私と一緒にいるのが楽しいってこと?」


私の問いかけに沖田は答えなかった。静かな無表情はどこか微笑ましくて、それでいて大人っぽくて、それは初めて見る沖田の表情だった。私と一緒にいて、気持ちが変わったって…例えそれがガチャガチャ一個に対する気持ちでも、今の私の心を震えさせるにはじゅうぶんだった。沖田と過ごした1日で、私がたくさんのことを思うのと同じくらい沖田も何かを感じて思っていたんだね。


「それに、近藤さんとやくそくしてたじゃん。外にいれるのは夕方までって」


「………ハッ!しまったそうだった!今何時!?」


自分よりずっと小さい子どもに急かされるとは、何と情けない。沖田にそう言われるまで近藤さんとの約束の時間を忘れていた。時間を確認すれば約束の時間まであと一時間だった。残り1時間はここから屯所に向かう移動でほとんど潰れてしまう。沖田と一緒にいられるのもあと少しだ。


「…沖田、またあそぼうね」


「?めすぶた、なきそうな顔してる」


「抱きしめてくれてもいいよ」


「その巨体じゃ、ぼくの両手でたりない」


「…じゃああたしが抱きしめて背骨ボキボキに折ってやろうか」


ギャーギャー騒いでばっかりだったけれど、私の知っている沖田ではないけど、沖田総悟と過ごしたこの時間は本当に楽しかった。幸せだった。半年間の修行を終えて戻ってきて、沖田がいなくなっていた。子どもの姿になって私との記憶をなくしていた。それでもこの時間は、あの頃に戻ったような温かさが流れていた。沖田が隣にいることの、嬉しさを久しぶりにひしひしと感じた。


「ちゃんと良い子にしてたら、近藤さんたちも外で遊ぶの許してくれるよ。きっと」


「…うん。めすぶたは、屯所にくる用事ないの?」


「その”めすぶた”って呼び方やめてくれるなら行ってあげてもいいよ」


「あっそ。じゃあべつにいい」


「キィイイ!やっぱムカつくなお前!」


平然とした表情でシラーッとそう答える沖田と、顔を真っ赤にさせて地団駄踏む私は周囲からどう見えているのだろう。さすがに親子には見えないだろうけど(ていうか見えてたら私いくつのときの子?)年の離れた兄弟か、親戚辺りが妥当だと思う。


誰も、私たちが思い合ってる関係なんて思わないんだろうな。実際問題、私たちって言ったけど思ってるのは私だけだし。沖田は私のことをどういう存在として見ているんだろう。


「ねぇねぇ、かえりみちにアイスたべたい」


沖田が私の裾を摘んでクイッと少し引っ張った。


「ダーメ。屯所帰ってご飯入らなくなったらどうするの」


「はいるよー。ねぇねぇ、おねがい。屯所だとあんぱんかバナナしかおやつないんだもん」


珍しく駄々をこねる沖田。私の裾をさっきよりも強めに引っ張るその姿は年相応で、沖田の子供っぽいところを見ると心があったかくなるのが分かった。私と出会うずっとずっと前、沖田もこんな時期があったんだなって。今でこそ性格がグニャグニャにひん曲がってるけど、子供の頃は屈託のない笑顔で笑ったのかなとか、あまり喜怒哀楽を見せてくれないけど大声をあげてわんわん泣いたのかなとか、いつも一人でフラフラしてイマイチ何を考えてるか分からないけど…


「ねぇーアイスたべようよぉー」


…誰かに甘えていた頃もあったのかな、って。


私の知らない頃の沖田を想像すると、たちまち愛しさで胸は溢れた。時の流れを逆らって私と出会う前の沖田を知ることはできないけれど、今、私はそれができている。


「ねぇ、聞いてるの?めーすーぶーたー」


「はいはい、じゃあ近藤さんたちには内緒だからね」


ため息まじりに、微笑んで見せると沖田は目をまん丸にして表情がぱあっと明るくなった。


「(…かわいいなぁ、もう)」


まるで花が咲いたみたいに、愛しくて。太陽がさしたみたいに、眩しくて。


「その代わり、私と半分こね!パピコか雪見だいふくどっちがいい?」


「ぱぴこ!!めすぶたはあのちぎれるふたのとこね」


「言うと思った!それ絶対言うと思った!!ってこら、待てェエ!」


一発頭を叩いてやろうと構えると、沖田がすかさず逃げ出したので私もすかさず追いかけた。


「ぎゃはは!ぶーたさんこちら、手のなる方へ……ぶべしっ」


ゲームセンターを出て、すぐ沖田はでこぼこ道の出っ張りに躓いて地面にダイブするように転倒。その勢いを後ろからしっかり見ていた私は慌てて沖田に駆け寄る。


「沖田!大丈夫!?」


駆け寄ったところで、カエルのように地面に突っ伏していた沖田はゆっくりと起き上がった。転倒の様子からして大怪我してたらどうしよう、顔も打ってたから歯折れてたらどうしよう、と思っていたけど目立った傷はなく、腕に擦り傷があるくらいだった。これなら絆創膏を貼るくらいの処置で大丈夫だろう、とひとまず安堵。


「…大丈夫?痛かった?」


怪我が酷くないことを確認したところで、起き上がった沖田を見ると顔をうつむかせていた。顔や服には土がついていて、顔を覗き込むとさっきまでの意気揚々とした表情はどこにもない。きっと痛いのと、恥ずかしい気持ちでいっぱいなんだろうな。


「…いたくない。ぜんぜんいたくない」


沖田が小さな声でボソッとつぶやいた。痛くないと言ったその口はすぐに紡がれて、目には今にも溢れそうなほど涙が溜まっている。


「…そっか」


沖田の強がりに「強がらなくていいよ」と否定するのも「痛くないなんて偉いね」と褒めるのも違う気がして、でもどうするのが正解なのかも分からなくて。でも目の前の沖田が愛おしい気持ちは確かにあって、


「…おいで、沖田」


私は沖田と同じ目線になるようしゃがみこんだ。そして柔らかくて細い沖田の手をとって、自分の方へ沖田を引き寄せた。軽い子どもの体はいとも簡単に私に抱き寄せられた。


「………っ、いたくないからな」


初めて触れた沖田の体は熱くて、小さくて、柔らかかった。私の耳元で聞こえる強がりは強く聞こえなかったけど、私は頷いて沖田の頭を撫でた。


私の胸の中でおとなしくしている沖田に、胸の奥がきゅーんと疼く。トクン、トクンと伝わる小さな心臓の音に当たり前のことを考えた、


(沖田は生きてるんだなあ、)って。


いつの日か、沖田の胸の中で泣いたことがあった。お母さんが倒れて辛かったとき、強がる私をあたたかく溶かしてくれた。不器用でも大きな優しさに涙が止まらなかった。あの時聞こえた心臓の音が、また聞こえる。ちゃんと、沖田はここにいる。


あの日、沖田が私にしてくれたように沖田の強がりは溶けているかな。いざとなるとどうすればいいか分からなくて抱き締めることしかできなかったけど、沖田の心が少しでもあったかくなれば。あの日の私と同じ気持ちになってくれたら。


そんなことを思いながら、沖田の小さな頭を撫で続けた。視線のずっと先で夕焼けが見えた。あの日の沖田の温もりを思い出して、泣きそうになるのをあの眩しい夕焼けのせいにしてしまおうと考える私も、強がりだと思った。


でも、今はそれでいい気がした。


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