ごめんなさいと言える人になりましょう
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「わぁ、あのゴリラ近藤さんにそっくりだ」


「ははは!近藤さんに怒られるよ」


沖田と1日遊べる今日、まずやってきたのは大江戸動物園。小さな頃にお母さんと来たくらいで、最近は来ていなかった動物園だけど沖田みたいな子どもにはピッタリな場所だろう。現に沖田は楽しそうに様々な動物を眺めている。


「あのサイ、めすぶたににてるね」


「あはは!本当だね〜…ってじゃかあしいわ!お前、ライオンの檻に放り込んだろか!」


怒る私を見てギャハハと笑いながら逃げる沖田、何でそんな楽しそうな表情ができるんだよ。人のことおちょくって得られる快感をそんな年で覚えてちゃダメだからね。つーかサイなのか豚なのかどっちかに統一しろ。妖怪じゃあるまいし。


「(まぁ、だからと言ってどっちかに統一されてもムカつくけど!)」


次から次へと動物を楽しそうに見る沖田の隣で、私は携帯電話で写真撮影(沖田)。


「むぅ…!しゃしん勝手にとるのやだ!」


しばらくしてから無垢な表情の沖田が何度も鳴るシャッター音に痺れを切らしたように、頬を膨らませた。あ、その表情もゲーット。


「またとった!事務所通してからにしてください」


「な、何その流暢な話し方!お前は芸能人か!」


写真を撮られるのが嫌らしい沖田だけど、私は無視。だって、こんな可愛らしい表情するの子どものときだけじゃん!今より態度も図体もデカくなったらそんなキラキラした目でゴリラ見ないでしょ?豚見てキャッキャしてくれないでしょ?


沖田が子どもの姿になってしまったことで、落ち込んでばかりいられない。


今この時を生きる沖田を忘れないように、いつか沖田が元の姿に戻ったたしても今隣で見ている可愛い表情を思い出せるように。


「だから笑って〜ニコニコおきたく〜ん」


携帯のカメラに沖田を映して、シャッターを押そうとした瞬間だった。画面の向こうに映る沖田がこちらを向いたかと思えば、画面が真っ暗になる。沖田が伸ばしてきた手が携帯のレンズを覆うように携帯電話を握りしめたのだ。


そして、


パキッ…!


「っぎあぁああぁあああああぁああ!!!!!!」


沖田の握った携帯電話の画面の部分が根元から後ろへ反れるように折れた。というか沖田が折った。迷いのないその動きに私の二つ折り携帯は華麗なイナバウアー状態。そんな折れ曲がった携帯電話を見てデジャブを感じる。


「それ以上言ってみろィ、そのきったねぇ中指へし折る」


「フンッ、してみろってんだバーカ」


バキッ、


「え、」



沖田に出会ったばかり、指を折られた日のこと。


「…って、バカか!何で折るのォオォオオ!!携帯死んでるんだけど!再起不可能だよ!パックリいってるよ!真っ二つなんて…し、進撃の巨人でもこんな酷い殺し方しないわ!何しとんじゃあテメェエエ!!」


「…写真ばっかとっても、いまが楽しくなきゃいみないじゃん」


沖田のまあるい目と目があってハッとする。でも私は沖田の写真を撮ってる今が楽しいんだよ、沖田は気にくわないみたいだけどさ。でも少し寂しそうな表情の沖田を見たら、言えなくて。


「とりあえずこの携帯直しに行きたいんだけど、」


「えぇー動物園来たばっかじゃぁん」


「誰のせいだと思ってんだ」


もうきっとこの壊れ方じゃ、データは吹っ飛んでるだろうけど。ぶらーんとギリギリ繋がっている携帯に、頬の表情筋がヒクつく。はーあ、昨日撮った沖田の写真も消えてるんだろうなぁ。何かこの可哀想な姿の携帯を見ていたらもう沖田にキレる気力もなくなっていた。キレたって死んだ携帯は返ってこないし。


「………」


怒りが出てこないと、代わりに出てくるのは喪失感。とくに携帯に依存してたわけじゃないけど、写真やメールが消えるのは気分が落ちる。大江戸商店街の夏祭り写真コンテストで賞をとったのり子さんと沖田と三人で撮った写真や、遠距離中に沖田と交わした何気ないメールもこの携帯には入っていたから。


チャリン、と寂しげに鳴ったのは沖田がポン・デ・ライ温泉でくれたご当地キャラのネーム入りキーホルダー。まるで私の心情を表すかのようにだらんと携帯にぶら下がっている。壊れたのは携帯だけだったので一緒に付いていたズッコケ三人組がくれた金色クワガタのキーホルダーと一緒に携帯から外して失くさぬようかばんへ。この際スマホに変えるかなぁなんてぼーっと考えていたときだった。


「…んなさ、い」


沖田が何か声を発した。よく聞こえなくて、沖田を見れば私を見上げながら口をへの字にしていた。でもいつもの憎たらしいへの字じゃなくて、眉間にシワが入った深刻そうな表情。


「…ごめ、んなさ、い」


「えっ」


聞こえなかった私に、もう一度沖田が口を開く。小さなその声は周りの声や音にかき消されてしまいそうで。でもちゃんと聞こえた謝罪に私は驚いた。


「反省、してるの?」


沖田と同じ目線になるようにしゃがみこむと、沖田は母親に怒られた子どものように顔を少し俯かせながら頷いた。口をつむるその顔に、メスブタとからかうヤンチャな表情はない。


みなさん、あの沖田が。沖田総悟が今謝っています。反省しています、何ということでしょう(劇的ビフォーアフター風に)。これこそ写真に撮らねば…っていかんいかん、携帯使えないんだった。


「沖田が反省して、もう同じことしないって約束するなら、私は携帯のこと、もう怒らないよ」


自ら反省して謝ったことに私は少なからず満足感を感じていた。こういう状況だったら沖田は携帯が壊れて落ち込む私を嘲笑うような、人間としての大事な部分がぶっ壊れたやつだ。そのまま壊れた携帯を動物の檻に投げつけるようなやつだ。本当にそうするのかは分からないけど、私の中の沖田総悟はそういう人間なのだ。その沖田が私へごめんなさいと言ったんだ、あの沖田が。


沖田の顔を覗き込むように話しかけると、沖田はこちらを伺うように視線だけ私を向いてからゆっくりと顔を上げた。少し怯えたような表情、沖田がこんな顔をして反省するなんて…私ってば余程ショックそうに見えたのかな?今の沖田は相当堪えてるように見える。


「…もうしない、」


沖田が小さな返事をする。反省してるはずなのに、私の目を見れないのは沖田が恥ずかしがり屋で意地っ張りだからだね。フフッと笑いながら沖田の小さな頭をポンポンと撫でた。


「よし!じゃあ、あそこの売店でインスタントカメラ買ってツーショット撮るよ!」


「えぇ!しゃしん!?」


ガバッと立ち上がった私に沖田の嫌そうな声が被さる。いい加減懲りろよ、みたいな表情を隠しきれない沖田。


「沖田は今日屯所に帰るんだよ?せっかくお出かけできてるんだから、思い出は写真に撮っておきたくない?しかもこんな可愛いお姉さんと写真撮れるなんて幸せ者だよ」


「べつに」


「沢尻エ◯カか」


ふいっとそっぽを向く沖田のさっきとは違う嫌がり方に私は嬉しくなって、


「素直じゃないなぁ」


沖田の手を引っ張って歩き出す。売店で買ったインスタントカメラはすぐ開けて店員さんに一枚目を撮ってもらった。


「はい、沖田〜!笑って〜」


「なんでだっこするんだ!」


沖田をひょいっと持ち上げて、お母さんとお母さんに抱っこされる赤ちゃんのようなポーズで撮られた写真。


「現像するの楽しみだね!」


フィルムが一枚減ったインスタントカメラを片手に、沖田に微笑む。


沖田は少し呆れ顔のまま返事をすることなく、少し先にあるキリンの檻目指して歩き始めた。


デートほどロマンチックじゃないし朝っぱらから携帯は壊れたけど、私すごく楽しいよ沖田。


てくてく歩く沖田の元へ小走りするとかばんの奥で、さっき外したキーホルダーの鈴が小さくなった。


軽くて少しくすぐったい音がした。



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