寂しがりやの強がり >「………」 ふかしたジャガイモをボウルのなかで潰しながら、ため息をはいた。 「好きだよ、沖田…っ」 お風呂で堪えきれずに泣いてしまったことを私は激しく後悔していた。何で沖田の前で…しかもよりによって記憶がない沖田!しかも好きって!今は沖田に何言っても無駄なのに、それに今は一喜一憂してる場合じゃないんだって言ってんだろ自分馬鹿か! ぐちゃ、ぐちゃ、とジャガイモが潰れていくのを私は手で感じながらそれでもなお潰し続けた。沖田をお風呂に入れ終えて今は夕飯の支度中。あれから何だか沖田を見れなくて、お風呂上がりの沖田にすごく素っ気ない態度でタオルを渡して、私が小さい頃使っていた寝間着を着させた。今は居間でテレビを見ている。 「ねぇ、ご飯まだ?ケツでか星人」 「ぎゃあ!い、いっ、いきなり来ないでよビックリする!」 無心でジャガイモを潰し終え、コーンを入れてさらに混ぜているとお尻の辺りに人肌を感じて、驚いて振り向くと沖田が調理台を見上げていた。ていうか、 「ケツでか星人って何だこの野郎」 汚れた手で頭を叩くのは可哀想なので、ありったけの眼力で沖田を見下ろす。まだ10代なんですけど!ケツにクソでかい蒙古斑あるやつに言われたくねーんだよ、写メっておけばよかった。それでも沖田は私の睨みに臆病になるわけでも反省するわけでもなく、自分より高い調理台の上に何があるのか、夕飯の支度はどんな風なのか気になるようで背伸びをして何とか見ようとしていた。 ハァ…私はこんなやつに好きって…泣いてまで…くっそォ!しかも沖田は私が泣いたことをこれっぽっちも気にしていない。大丈夫?とかどうしたの?とか聞くわけでもなく、いたって普通。スルースキルが半端ない。まぁ心配されても嬉しかないけどな!! 私がそんなことを考えている間に沖田がコロッケのタネが入っているボウルに手を伸ばそうとしたのでペチッと細く小さい手を叩いた。 「油使うから向こうでテレビ見てて」 「やだ。たいくつだもん、寒いし」 沖田がフンッと顔を背けた。寒いって…そう思って沖田をよく見ると沖田の髪はお風呂から上がったままだった。しまった、お風呂上がって気まずさゆえに早くこの状況から逃げたくて髪乾かすの忘れてた! 「ごめん、髪乾かすの忘れてた…悪いけど洗面所からドライヤー持ってきて」 沖田の髪を乾かそうと私は沖田がドライヤーを取りに行っている間に手を洗い、居間へ移動した。すぐにドライヤーを持った沖田がテケテケと歩いてきたので、ドライヤーを受け取りコンセントに繋いだ。 「沖田、こっちきて」 「うん」 沖田は素直に私の目の前でちょこんと腰を下ろすと私が髪を乾かしやすいようにか、少し俯いた。何だかその姿がとても可愛くてふふっと笑みがこぼれた。 ブォオオ… 温風が沖田の髪を靡かせる。細く柔らかい髪は私とは全く違って、それは小さい頃遊んだ人形の髪に似ていた。人の髪を乾かすことなんて普段ないし、ましてや子供の頭にこんなにも触れることもない。私よりうんと小さいその頭を包む髪はすぐ乾いた。その間沖田は大人しくしていたので、てっきり温風に刺激されて寝てしまったのかとも思ったけれど、ドライヤーを切るとゆっくり顔を上げた。少し乱れた前髪から私を見上げる赤い瞳に少し驚いた。 「…どうしたの?」 あまりにもじっと見上げるので、気になって問いかけると沖田は真顔でぽつり、こう言った。 「おかあさんって、こんなふうなのかな」 「え?」 何を言うのかと思えば、お、お母さん?意外な言葉にわたしは何を言えば良いか分からなくて、でもその言葉の意味を沖田にどう聞き返せばいいかも分からなくて。どうしてだろう、沖田の瞳はとても寂しげで濡れているように見えたんだ。 私は沖田から彼の家族の話を聞いたことがない。だから沖田のお母さんがどんな人か知らない、沖田が今言った”おかあさんって、こんなふうなのかな”という言葉にどんな意味が含まれているのか分からない。 でも、沖田の瞳を見ていたら、なぜか言葉が出てこなかった。喉まで込み上げてくる何かはあるのに、たしかにここに存在するのに、 「お、きた…」 その寂しげな瞳に、全て吸い込まれるように消えていった。 「…なんでもない。ごはん、あとどれくらいでできるの?」 沖田から目を離せないでいると、パッと沖田が立ち上がって乱れた前髪を整えながら台所の方を見た。まるで今自分が言った言葉と私を見上げたその表情を隠すように、仮面を被ったように。だから私は沖田のその一連の流れを目で追いながら探していた。あの寂しげな瞳を。沖田がそっと隠したであろう寂しげな表情を。 沖田みたいな子どもが強がって、隠さなくたっていいよ。そんなの沖田らしくない。子どもらしくない。もし元の姿に戻ったらまた憎たらしくなるんなら…今のうちだけでも甘えておきなよ。私もまだ子どもだけど、でも沖田よりは少しお姉さんだから。 でも、その気持ちは言えなかった。沖田に拒否されることや、理由を知ることに躊躇したんじゃなく、 「好きだよ、沖田…っ」 さっきの私と同じなんじゃないかって思ったから。私にしか分からない孤独や悲しさがあるように、沖田は沖田で何か抱えているのかもしれない。できることなら、私はその抱えているものを知りたいし、包んであげたい。 でもそれができなかったのは、言えなかったのは、私自身の孤独と沖田のそれを重ねてしまったからだ。 ”今のあなたに私の孤独は分からない” そう、思ってしまったから。少しでも沖田と近づきたくて、知りたくて。でも実際は自分の中で境界線を決めていて、目の前に広がるそれに手を触れない私は、 「オイ、メス豚何やってんでぃ」 目の前の沖田総悟を、信じきれていないのかもしれない。私の知っている沖田総悟はもういないって、心のどこかで思ってしまってるのかもしれない。 そう思ったら、とてつもない寂しさが押し寄せてきた。自分で思ったことなのに、すごく傷ついたような、悲しい気持ちになって、自分自身をつくづく勝手だと思った。 前へ 次へ back |