嵐の夜にはご注意を >「なんか、しってる」 帰り道にレンタルビデオ屋に行き戦隊もののDVDを借りた。家に着いたときはもう辺りは暗く、ただ雨はまだ降っていた。家を出るときはまさか沖田と会って沖田がうちへ来るなんて考えてもいなかったから散らかってなかったかな、と家の中の散らかり具合を想像しながら家の鍵を差し込んだとき、後ろにいた沖田がぽつり呟いた。 「ここ、なんかしってる」 暗がりに聞こえる沖田の声に、鍵を回す手が止まった。沖田は傘のなかで”あいうえお弁当”と書かれた看板を見上げていた。その表情はどうして自分がここを知っている気がするのか分からないように見えた。心臓がどくんと動いたのがわかったと同時に沖田とこの店て過ごした記憶が降ってくる。 何で、わたしのことも、真選組のことも何ひとつ覚えてないのに。 「…ここ、来たことある」 沖田のその小さな頭の中にこのお店があったとして、それにわたしのことやここで過ごした記憶まではなくとも、それは沖田の意思に関係なくあるものだとしたら。 沖田の中で”あいうえお弁当”は特別なものだということだ。こみ上げる何かが喉を詰まらせる、口角が自然と弧を描く。 今、沖田の中で私と過ごした弁当屋が浮かんでいるという事実がとてつもなく嬉しい。沖田、一回もあんたの口からは聞いたことないけど…”あいうえお弁当”が好きなんだね!そんな小さくなっても覚えてるなんて、本当にバカ可愛いなクソッタレ! 「うん、そうかもね。ここお弁当屋さんだから誰かと一緒に来たのかもね」 知ってる、私は全部知ってるけど今は言えない。でも今の沖田が知っているその記憶を消してしまいたくはないから。嬉しいと同時に切ない気分になりながら、沖田の記憶に否定はしなかった。 鍵の開く音がいつもより手に響くのを感じながら静かな店内から住居への階段を上がった。沖田は辺りを不思議そうに見渡しながらも私のあとを着いて来る。階段を上がる二人分の足音は何だかとても心地よかった。 「よし、じゃあご飯作るから…沖田は先にお風呂入る?結構雨濡れてるね」 居間の明かりをつけると沖田が眩しそうに目を細めた。栗色の髪は少し濡れていて捨てられた子犬のようだ。改めてこうして見ると本当に小さいな、何才くらいなんだろう? 「アンパンマンのシャンプーある?」 「ウチはメリ○ト。喜べ、弱酸性だ」 「じゃあミッキーのは?」 「…メリ○トだっつってんだろ」 「マツキヨってちかくにある?」 「どんだけメリ○ト嫌なんだよ!子どもはメリ○トで十分なんだよ!!」 そんなにシャンプーこだわってたっけ!?と思いながら不服そうな沖田を置いてお風呂をために浴室へ向かう。 「お風呂たまるまで何か飲む?」 お風呂掃除をしてからお湯を流し込む。アンパンマンとかディズニーのシャンプーはないけど入浴剤くらいは入れてやろう、たしかに棚の奥に貰い物のバブがあったはずだ。そんなことを考えながら居間へ戻ると沖田は居間にちょこんと座っていた。 「おによめ」 心なしか少し元気がなさそうな沖田がこちらを見て一言。 「お、によめ…ってアホか!あれお酒だから!!」 あまりにも普通に出てきたお酒の名前に一瞬マジで何言ってるか分からなかったじゃねぇか!てかお前自分のこと分かってる!?未成年とかそういうレベルじゃないからね?幼児だからねェエ!? 「はい、お茶ね」 私が子どもの頃に使っていたオレンジ色のプラスチック製のコップにお茶を注ぎ沖田へ渡した。沖田は素直にそれを受け取りゴクゴクと飲み始めた。上から沖田を見ると両手でコップを手に持っている姿だけではなく、アヒルのように唇を尖らせながら飲む顔が見えて微笑ましかった。黙ってると可愛いんだよなぁ、 ゴオォオォ… 静かな室内。外では雨と風が強く窓を打ち付ける。帰ってきてからより一層強くなった天候にわくわくしている自分がいる。 前もこんなこと…あったな。沖田がいきなり家に泊まるって言い出して朝起きたら同じ布団で寝てて、金成木さんの猫ちゃんもいて… 遠く感じる思い出に映る沖田は、やっぱり憎たらしい。 「うわ、台風来てるじゃん」 天候が気になってテレビを付けるとどのチャンネルも台風情報が流れているではないか。台風は今晩、江戸に直撃するようで大雨と強風に注意した方がいいらしい。ライブへ出掛けたお母さんたちが心配になって携帯を開くと、電車が止まって帰れないからホテルで泊まるとメールが入っていた。 あの日と同じ、沖田と二人きりの夜。あ、今のは別に卑猥な意味じゃないから、そういう意味の夜じゃないから。 「台風きてるってしらないの?今日のよるから天気ひどくなるからそとでちゃだめだって朝からテレビで言ってたよ」 隣にちょこんと座る沖田が私を見上げた。 「お前それ知っててよく屯所飛び出したな」 「ワイルドだろォ?」 「どっちかって言ったらチャイルドだろ」 ザーザー雨の音とテレビから流れるアナウンサーの声。沖田がお笑い芸人のギャグを出してきたので冷静に返してやると、ワイルドさを出していた(っぽい)ニヤつき顔から表情が消えた。そして私の袖をくいっと引っ張り、 「山田くん、座布団」 と部屋の端にある座布団を指差した。 「は!?自分で取りに行くの?何そのセルフサービス!面白かったなら素直に認めてお前が山田くん役やれよ、ほら2枚くらい持ってきて」 チャンネルを適当に変えながら沖田をあしらう。沖田はブーっと口を尖らせて空になったコップを机に置くと座布団のある方へ向かった。やけに素直じゃないの?と思いながらその小さな後ろ姿を見ていると、沖田は積んである座布団(5枚ほど)を全て持ってくるつもりなのか、一番下に敷いてある座布団を両手でぐいぐい引っ張り始めた。 「(チャイルドだろ、ってどんだけ面白かったんだよ!全然笑ってなかったけどおもしろかったの!?つか座布団あれ全部くれんの!?山田くん越えたよ!?)」 あまりにも重そうなので手伝おうか迷ったけど、何だか可愛かったのでテレビを見るフリをして沖田と座布団の格闘を横目で見守った。 そして沖田が座布団をズルズル押しながら私の横へやってきた。私の身長からして座布団はひじ掛けにちょうどいいくらいの高さだけど、沖田の身長に比べると座布団はかなり高く見える。 「えっ、」 そして私にくれると思った座布団の上に沖田が登り、ちょこんっと座った。一気に高さが増した沖田がこちらを向いてニヤリと笑った。 「ワイルドだろォ」 「…………」 その笑顔になぜかドキッとしてしまったのは、沖田が大きくなって目線が近かったからじゃない。ましてや本当にワイルドさがあったわけじゃない。 沖田の、笑顔がとても懐かしかったから。いつもウザくて仕方なかった、ウザいはずなのにいつの間にか愛しくなっていた”あの笑顔”にとても似ていたからだよ。久しく見ていないその笑顔に、ずっと隣で見たかった笑顔に会えたからだよ。 沖田が記憶喪失になって、子どもの姿になってしまって。せっかく江戸に帰ってきたのに良いことなんかひとつもなくて。どうすればいいか分からなくて。 それでも沖田が大切で。忘れたくない沖田との思い出が手のひらから零れてしまいそうな不安の中で、その笑顔に会えるとは思っていなくて。 「?」 何も反応しない私を不思議がって沖田が笑顔から無表情に変わる。驚いたように目をパチクリさせてこちらを見るその目は、やっぱり沖田だ。 「なんで、泣いてる?」 沖田が少し強い口調で尋ねた。状況が飲み込めないような、焦っているような表情。 「え、泣いてる…?」 沖田に言われて初めて気づいた。頬が濡れて顎まで涙が伝っていたことに。いつの間にか、自然と零れていた涙の意味は何だろう。 「…ごめん、なんでもないよ」 慌てて袖で涙を拭い、笑う。沖田の懐かしい笑顔を見ただけで泣いちゃうなんてダサい。そんなに沖田の笑顔が好きだったっけ?いや、別に普通だし!久々に見たから懐かしくなっちゃっただけだし!! そう自分に言い聞かせるけれど、やっぱり嬉しくて切なくて、嬉しい。 沖田が相変わらず不思議そうな目で私を見ている視線を感じながら、幸せな気分に浸った。 前へ 次へ back |