相合傘、濡れてる方が、惚れている
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「ねぇ、沖田は何が好き?」


沖田の歩幅に合わせながら雨の中をゆっくり歩く。通行人はあまりいなくて、私の歩く音と、沖田の軽い足音が雨音に混じってなんだか心地いい。


「べつになにも、好きじゃない」


沖田はまだ完全に私に心を開いていないのか、それとも子供のくせして本当に性格が腐ってるか、おそらくどっちもだろうけどせっかく沖田と仲良くなるチャンスだ。たくさん話してたくさん沖田を知ろう。


「なにもって、そんなわけないでしょ?なんとかレンジャーが好きとか、美味しいハンバーグが好きとか、ないの?」


「ない。でもじょしぷろれすはたのしい」


「…………」


ぼんやり歩く沖田が一瞬だけ顔を綻ばせる。でもそれは子供の可愛らしさではなく、ただのドS、沖田総悟そのものだ。目の下の筋肉がヒクつくのを感じながら沖田を見る。おいィイイイ!記憶ないのに何で女子プロレスのこと知ってんだよ!誰か見せただろ絶対!大変な時に何やってんだよ!


「好きなアニメとかないの?虎江門とかクレヨンちんちゃんとか」

どうにか子供らしい方向へもって行こうと今日の朝見た新聞の番組欄にあったアニメを提案する。いくら沖田が子供の姿でも身の危険がないわけではないので遠出はできない。もうすぐ夜だし雨も降ってるから、家でアニメでも見ようというのが私の考え。


「アニメじゃなくて、ドラマがいい」


相変わらず仏頂面の沖田が眉をひそめながら答えた。


「ドラマ、何がいいの?」


それでもさっきよりは前進してると思い、話題を広げる。この先にレンタルショップがあるから見たいドラマがあるなら借りて帰ろう。なんだかんだ言って沖田とゆっくり過ごしたことなんてないから楽しみだ。


「おまえみたいなざっそうの話」


「…おいそれ花男か。おまえみたいな雑草ってなんだ、つーかお前本当に記憶ないの!?前と何も変わらないじゃん!相変わらずの崩壊して粉々になった性格だけど!?」


「おまえ、俺に惚れてるだろ」


「な、」


沖田がふと顔をあげてそう言った。それはただのクソガキな表情ではなく、ずいぶんと余裕があって私の知っている沖田が脳裏にちらつくような、憎たらしくも懐かしい表情だった。惚れてるだろ、って何でそんなことあんたに言われなくちゃいけ「うわーほんきにしてる、今のどうみょうじのセリフなのに」


「お、おおおまえなぁ…!大人をバカにすんなバカ!」


「かおあかいぜ、まきの」


沖田がはじめて、はじめて私に歯を見せてニヤリと笑った。憎たらしい、のに何でこんなに心があったかいんだろう。少し嬉しくなってるんだろう。まるで私の知っている、私を知っている沖田総悟と喋っているみたいだ。


「道明寺っていつもつくしに殴られるよね、喧嘩ばっかりしてるよね。道明寺、記憶なくなっちゃうじゃん。アメリカ行っちゃうよね」


言葉にして思った、まるで私たちみたいだなって。切なくて悲しい気持ちが私に広がっていく。


ドラマでは道明寺が子どもになるシーンはなかったけど、でも私つくしの気持ちが分かるよ。あぁこんなこと言うつもりなかったのに、せっかくできた沖田との大事な時間にしんみりしてるのはもったいの「でもさいごには、けっこんするよ」


「えっ?」


雨の音の中、その声はなぜかとてもあたたかい光のように私の沈んだ心に刺さった。沖田は珍しく年相応の幼ない笑顔で私を見上げている。私は大きく目を見開いて沖田の口から出た言葉の意味を考えた。


「喧嘩するし、くっついたとおもったらはなれちゃうし、ライバルもいっぱいいるし、牧野いっぱい泣くけど、でもさいごはわらってるよ。けっこんもするよ、でしょ?」


「…う、ん」


心が震えた。沖田の言葉が、私の心を涙に染める。力強い沖田の声はまるで大丈夫だと言われているような気がして、もしかしたら本当の沖田が私に言ってくれてる…かもって。素直じゃない沖田がそんなこと言うはずないことは分かってるけど、でもそんな気がしたんだよ。


唇をぎゅっと噛んでこみ上げる感情をどうにかして溢れさせないよう自分を落ち着かせた。


「めすぶたは花男のどのシーンがすき?」


「…ちょっと待て。この流れでめすぶたはないだろ。感動シーンがたった四文字で終了してんだけど」


「ぼく、つくしが生ゴミかけられるとこがすき!」


「…あ、そう」


記憶喪失は、決して人格が変わることではない。とくに沖田の場合はただミニサイズになっただけだと思う、てか絶対そう。


小雨へと変わった空の下、ひとつの傘の中で繋がれた手の温もりがゆっくりとやってくる夜に混ざっていく。


「沖田、何のコロッケが食べたい?」


「とうもーこし」


ケッ、とうもろこしって言えてないし。クッソ…可愛いじゃないかァア!何?とうもーこしって!突然の可愛いポイントに無性に叫びたくなる。


「よし、じゃあいっぱい揚げてあげるよ」


沖田が不思議そうに私を見上げる。そして楽しそう、とだけ呟いた。楽しいよ、楽しいに決まってるじゃん。沖田と一緒にいられるんだから。そんで、沖田が元の姿に戻ったら、もう一回聞こう。好きなコロッケは何?って。


「めすぶた、カレシいないでしょ」


「っは!?」


コーンコロッケの作り方を思い出していたら沖田がそう言ってニヤリと笑った。いや…いないでしょ、って…いいいい一応お前なんだけど!?記憶ないから言っても無駄だけどさ!ん?でもちょっと待てよ、私と沖田って本当に恋人…なのか?京へ行く前になんだかんだでお互いの気持ちを伝え合ったけど、付き合おうとか好きだと言われたわけじゃない。え、これってどうなの?マトモに彼氏という存在ができたことがないから付き合うことの基準が分からない。


「………」


不穏な空気が私を包む。聞きたい人はいま隣にいるのに、聞きたい人の気持ちはどこか遠くにあって。あの日から半年間、沖田を思って、沖田に支えられて過ごしてきた自分の消えていた不安が一気に押し寄せる。


昔の、沖田をうっとおしく思っていた頃なら何も気にしない。でも今はちがう、私は自分でも悔しいくらい…沖田のことを思ってる。きっと沖田もそうだと思っている。でもいざ、私たちの関係を聞かれると分からなくなった。しかも、記憶のない沖田によって。バカ沖田、なんで面倒ごとを増やすんだ。


「カレシはむりだから、せめてやさしい飼い主がみつかるといいな」


「誰が家畜だボケェ!」


はやく、沖田に会いたい。私の知っている、沖田に。隣の沖田を見ながら心を締め付けられる痛みが表情に出てしまいそうで、咄嗟に上を見上げる。視界に映った傘の赤色は、いつの日か二人で相合い傘をしたときの記憶を呼び覚ました。


ああ、私はどこへいても沖田から逃げられないんだ。どんな些細なことも沖田を思うきっかけになってしまう、隣に、いちばん近くにいるのに。沖田はこの赤色を見ても、あの日のことはおろか、私のことすら思い出さないんだろう。


そう思うと、心にぽっかり穴があく。降り続ける雨がその穴にしとしと溜まっていった。


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