ドSは一生もの
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桜の花も散って新緑の葉が太陽の光を吸い込み青々しい輝きを放つ季節。眩しいあたたかさと青空がどこまでも続いている今日この頃。


毎日がお出掛け日和のような陽気さが続くこの季節だけれど、犯罪に引っ掛かるレベルの露出狂がぐんと増えるのもたしかで。俺は見たくもない半裸のオッサンを逮捕したり、不審者がいると通報があった現場へ向かわされることが多くなった。ちょうど長期間に渡る密偵の任務が終わったばかりだっていうのに、精神的にも肉体的にも休めたもんじゃない。


あ、申し遅れました。俺は山崎退です。何で第一話からお前なんだよとかいう批判的な意見はあんことパン生地に包んで焼くんで。地味な男がモッサモッサ食うんで。ついでに言っておくと沖田隊長のときみたいに冒頭に"山崎視点"と書かなかったのは、もし書いたら読んでくれる人がいなくなると思ったからだ。沖田隊長のお話読みに来たのにパン祭りかよてめぇと言われるのは想像で「おい、いつまで喋ってんでィ」


「あ、すいません」


無意識に謝ったあと声がした方へ顔をあげると目の前いつもと変わらぬ沖田隊長が無表情でこちらを見ていた。込み合う昼休みの時間、周りでは談笑をしながら昼食を食らう隊士たち。いつもの昼休みの光景だ。だがしかし沖田隊長は違った。昼休みだというのに、いま食堂にいるのに、隊長の座る席には昼食が並んでいない。俺が食べているカレーうどんを羨ましがっているようにも見えない。もうどこかで食べて来たんだろうか。


「これから隊長会議があんでィ」


「あ、なるほど」


カレーうどんを食べる手を止めてあれこれ考えていたら沖田隊長が先に答えを言ってくれた。そうだ、朝礼で今日は昼過ぎから隊長会議があると言っていた。うんうん、と思い出した俺を見て沖田隊長は机に肘をついてそのまま手を顎に乗せたまま携帯をいじりだした。たしか会議はあと1時間後だ。どうやら隊長会議が始まるまでここにいるらしい、ピピピと聞こえる電子音を聞きながら俺はカレーうどんを食べるのを再開する。


「‥‥‥」


沖田隊長は隊長会議がある日は昼食を食堂で食べない。というか食べなくなった。どうしてかというと隊長会議の日は局長が必ずあいうえお弁当の宅配サービスを使うから。いつもフラフラと仕事を真面目にしていない沖田隊長だけど、隊長会議のある日だけは規則正しい生活をしている‥気がする。今までの沖田隊長では考えられないことだ。


「マナちゃん元気にしてるんですか?」


そして沖田隊長は以前より携帯を触る時間が多くなった。今までは土方さんを罠に陥れたときにパシャリと写真を撮るときくらいしか携帯を触っているイメージがなかったけど、ここ半年は色んなところでカチカチ何かを打ったり携帯を気にするところを見かける。その理由はあいうえお弁当の娘、マナちゃんからの連絡を待っているから、だと思う。


「‥知らね。豚小屋放り込まれてんじゃねぇのか」


さらに言うと沖田隊長はマナちゃんのことを何一つ他言しない。今みたいに彼女が元気かという何とない質問でさえも答えずに濁してしまう。ふて腐れたように目をそらして携帯をしまう隊長は俺の知っている隊長とは少し違う。それが可笑しくて新鮮で、それでいて微笑ましい。隊内で一番剣が立つと言われても、ドSで腹黒く常に誰か(主に土方さんや俺)を陥れることばかり考えていても、沖田隊長はどこにでもいる普通の18歳なんだと思わされる。


こんなこと、本人には口が裂けても言えないけど。


マナちゃんは半年前、料理の勉強をするために江戸を離れて京での生活を始めた。お父さんが大きなお弁当屋を経営していて彼女は見習いという形で頑張っているらしい。数ヵ月前、弁当の宅配をしに来たゆみさん(マナちゃんの母親)が微笑ましい表情で言っていた。ちょうど居合わせていた俺はマナちゃんの京での話を聞いて彼女の姿を思い出しながら懐かしんだ。いつも重いだの疲れただのだるそうに弁当を宅配に来て沖田隊長とは会う度言い合いをしていて、俺はなめられているのか暴言や舌打ちばかりされてたっけ。


マナちゃんの凄いところは、沖田隊長に歯向かえるところだと俺は思う。沖田隊長とはとても女の子とは思えない言動で喧嘩ばかりしているけど、そこには愛がある。いや、出会った頃はただの罵り合いだったけど。でもそれは少しずつ、本当に少しずつ違う方へと変わっていった。ただの言い合いかと思えば泣きながら相手に自分の気持ちを知ってほしくて伝えようとしているときや、照れながら素直な気持ちを言葉にしているときだってある。沖田隊長もそんな彼女に一喜一憂するようになったのだ、あんなにポーカーフェイスで何を考えているか分からないような人が。


さらに彼女の凄いところは沖田隊長を置いて京へ行ったことだ。彼らの年頃といえばもう青春真っ盛りで両思いの相手がいようものならそれはなんとも輝かしい生活であるはず。マナちゃんが京へ行くまでに二人は無事結ばれたようだけれど、それでもマナちゃんは京行きを止めなかった。実際、京行きを迷ったかもしれないけど。超短時間で女の子を絶対服従の下僕にできる沖田隊長が、唯一自分の思い通りにできなかった女の子。


それがマナちゃんだ。


「そういえば、マナちゃん来月に帰ってくるらしいですね」


「‥‥‥」


カレーうどんを食べ終えて口の回りをティッシュで拭きながら、相変わらず俺の目の前に座る沖田隊長に話しかけると沖田隊長のふたつの目だけがこちらを見据えた。その動きが怖くて思わず固まってしまう。え、何かマズイこと言った!?


「誰から聞いたんでィ」


「え、っと…先週お店に行ったときにゆみさんが言ってました」


「‥ふーん」


威圧感マックスの目が俺からそらされる。安心したのもつかの間、沖田隊長は全然納得していないようだ。"ふーん"に全然感情がこもってない。マナちゃんと何かあったのか…?


「んなことより、カレー味のうんこはどうでさァ?」


「…は、」


沖田隊長の顔色を伺いながらあれこれ考えていると、彼は切り替えたように俺の平らげたカレーうどんのどんぶりに視線を落とした。


「昨日しょっぴいた攘夷浪士が持ってた薬が面白そうでねィ、野良犬のうんこにこの粉かけるとカレー味になるんでさァ」


そう言って白い粉が入った小さな透明の小袋を懐から出した沖田隊長。え、え、う、うんこ?カレー味?野良犬の…うんこ?


「俺が意味もなくずっとお前の食事見てるわけねェだろィ」


口パクで"うんこ"と笑う沖田隊長の黒い笑みを最後に俺はすさまじい吐き気に襲われ、


「……ウゴェギュガァアオォロボォアア!」


その後の展開は皆さんにお任せします。あ、一言だけ‥食事中だったらごめんなさい。あいうえお弁当380円続編、こんな感じで始まります。


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