ちいさなこいびと
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「あ、近藤さんですか?藤堂ですけど」


本屋の前で屯所に電話をかける。案の定、沖田がいなくなったことで屯所はパニックになっているらしく電話に出た近藤さんからも焦りが伝わってきた。


「実は沖田に偶然出くわして‥はい、無事です」


沖田と本屋で出会ったこと、そして沖田が私のことをぶただと言う余裕があり無事であることも伝えたあと、私は言おうと考えていたことを近藤さんに提案する。


「それで、あの‥今日沖田を家で預かっても良いですか?」


『‥えっ?』


案の定、近藤さんはビックリしていた。電話の向こうでどんな表情をしているか想像がつく。そして私の電話を静かに聞いていた沖田も大きな目で私を見上げた。


「いや、沖田を心配して屯所で生活させてるのは分かるんですけど‥屯所に閉じ籠りっぱなしじゃ沖田も退屈じゃないかなって。屯所を抜け出しちゃうのも外で遊びたいからなんじゃないかなって、思うんですけど」


『‥‥たしかに、そうかもしれんな』


近藤さんは静かに頷くように私の提案を聞いてくれた。きっと沖田の気持ちになって考えてあげてるんだろう、しばらく無言が続いて。その間、沖田は返答が気になるのか少し眉をひそませてずっと私を見上げていた。そんな沖田が可愛くて、私はふわり微笑んでみせる。


『分かった、マナちゃんになら預けようかな』


「‥えっ、マジですか」


『その代わり、総悟の保護者‥いや恋人としてきちんと総悟を預かることに責任を持ってくれ』


「こっ‥いびと、って」


近藤さんの言葉はこちらが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐで、熱くて。私は思わず返す言葉をなくす。


『いや‥総悟には悪いとは思っていたんだが事情が事情なだけに屯所以外の人間は誰も知らなかったからな、マナちゃんナイスアイディアだ!』


真剣なトーンから一転、近藤さんがおおらかに電話の向こうで笑っている。雨が降る中、その笑い声は異質で、とても耳に残るものだった。


「はい、じゃあ失礼します」


結果、沖田を明日の夕方までに屯所へ帰らせる、という条件つきで沖田を預かることができた。静かに電話を切るとどっと力が抜けて深く息を吸い込む。沖田を預けてほしいだなんて無謀なお願いが通る自信があまりなかったので、ホッとした。


これで沖田と仲良くなれるチャンスが出来た。そう思うと胸が少し跳ねて、口角も上がる。


「ねぇ、どうだった?」


余韻に浸る私の着物の袖をつまみ、引っ張った沖田が探るように私の顔を覗き込む。けっ、そんな弱々しい顔できるならもっと早くから見せろってんだバカ沖田め。私は得意気に携帯を閉じてその場にしゃがみこむ。


「明日の夕方まで屯所には帰らなくてもいいって」


「‥え、ほんと?」


大きな目をまんまるく開く沖田が信じられないといったような小さな声で私に確認。その表情はとても子供らしくて、沖田が子供の頃はまだこの可愛げがあったのかなぁなんて考えたら頭を撫でたくなった。


「本当!明日まで私と一緒だよ」


「えぇー」


せっかく一緒にいられるなら早く行こう、と立ち上がる私に沖田がムスッとした表情をみせる。何よ、本当は嬉しいくせに。子供のくせにそんな意地張るなよ沖田。


「沖田、コロッケ好き?」


「‥うん」


もう一度しゃがんで沖田にそう尋ねると素直にコクリと頷く沖田。私は安心して、今日のご飯はコロッケを出そうと決めた。姿は違うけど、記憶がないけど、明日まで沖田といられることはこんなにも私を満足にさせる。


「よし、行こっか」


雨は少し弱まったものの、まだ降り続けている。傘を持っていないからコンビニでも寄ろうかと灰色の空を眺めていると手に何かが当たった。


「ん、これ」


見れば沖田が屯所から持ってきたであろう大人用の傘を私に持たせようとしていた。私より背が高くて手も大きいはずの沖田が傘を持ったまま私を見上げているのがすごく愛しくて、いつもの沖田になら恥ずかしくて言えないことも素直に言えてしまう。


「ありがとう。相合傘だね」


「‥そういうこというの、女子っぽい」


「女子だけど!?」


子供らしい表情から変わって皮肉めいた彼の表情が私の知っている沖田と重なって、胸がざわつく。あぁ、やっぱり沖田なんだって。今この状況が良いこととは言えないかもしれないけど、私は懐かしくてあったかい気持ちだよって、子供の沖田の向こう側にいるもう一人の沖田へ届けと笑ってみせた。


「何わらってんの、きもちわるい」


「ふふ、子供には内緒」


相手が子供となると沖田に抱いていた恥ずかしさや緊張感は不思議となくなるもので、私は沖田の小さな手をとって歩き出す。その手は思っていたよりも小さくてあたたかい。


「やめろ、ばいきんがうつる!」


「はいはい、照れ隠しはもういいよ〜」


「てれかくしじゃない!」


沖田が子供になって嫌なことや辛いことばかりな気がしていたけど、何のためらいもなくできることもある。それはきっと本当の沖田であれば、したくてもできないことだから。


「出発進行ー!」


「ぶたのくせにこどもみたい」


冷たい雨の中、私の鼻唄が街に色を染めていく。


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