たかが虫、されど虫
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「きんいろ、くわがた‥」


沖田のハッとした表情に思わず私も固まってしまった。そして沖田の後ろに構えるガチャガチャには"虫王(ムシキング)"のイラストが描かれている。まさか、と思い地面に落ちているカプセルに目をやるとそこには茶色やら黒色やら普通のクワガタやカブトムシのストラップが転がっている。


「なんで、おまえ‥それもってるんだ」


確定だ、沖田はこの金色クワガタが欲しくて有り金をガチャガチャに注ぎ込んでいたんだ。三人がくれた虫のストラップがこんなところで大事なアイテムになるとは。


「沖田、これほしいの?」


私は携帯を耳から離してストラップをつまみ沖田に見せる。本物を初めて見たのか、沖田は口をつぐんで目をギラギラさせて私のつまむそれをじっと無言で見つめていた。もう答えは聞かなくても丸分かりである、


「ぎゃははは!沖田これ欲しくてずっとガチャガチャ回してたんか!プグフフフ‥そんなに回しても出ないなんてついてないねぇあんた〜まぁ日頃の行いが悪いから仕方ないかぁ〜プフフ」


「〜っ!」


わざとらしく口に手をあてて肩を揺らせながら笑う。バーカバーカ!自分がほしかった金色クワガタを私(めすぶた)が持ってるなんて悔しいよね〜欲しいよね〜!沖田の悔しそうな表情は私の心を満たしていく。ヒャッヒャッヒャッ、今まで沖田にナメられてたからこそこの状況はもう最高だった。さっきまで沖田を心配して不安になっていた人間とは思えぬ態度だけど、これくらいしてもバチは当たらないだろう。あーさすが金色!さすがレアキャラ!


「おまえ、ずるいぞ!どこで手にいれた!」


一方、素直に欲しいと言えない沖田は私‥ではなく私の金色クワガタを見ながら大きな声をあげた。


「ノンノン、甘いな。そんな大声出したって怖くないよーだっ!金色クワガタの黄金の輝きで跳ね返しちゃうもんねー!角でひと突きだもんねー!」


「う‥ぅ!」


我ながら子供だと思う、なんて考えは今の私の中にどこにもない。とりあえず沖田の悔しがる顔が見たいのだ、私はわざとにっこり笑って金色クワガタをよしよしと撫でるように触る。そんな私を見て沖田の顔が歪む、小さな手がぎゅっと丸くなる。オーッホッホッ滑稽、滑稽。


「おまえせいかくわるい!ばかやろう!」


「性格悪くてもばか野郎でも金色クワガタは私のもの〜♪それに比べてあんたは汚い色のダンゴムシ〜♪」


即興で作ったメロディも調子がいい。言われっぱなしの沖田も負けじと落ちているガラクタたちを寄せ集めて見せてくる。


「ダンゴムシじゃない!カブトムシとクワガタだ!」


「ふーん、でも色が地味だわ〜全然かっこよくぬわぁーい」


鼻をほじりながら沖田の手のひらいっぱいに乗った虫たちを眺める。さっきまで沖田を怒らせないようにと慎重に言葉を選んでいた私が、鼻をほじりながら沖田のプライドをみじん切りにしてしまうなんて、誰が想像しただろうか。


「‥っ、」


子供の流行りのアイテムで形勢逆転できるなんて、誰が想像しただろうか。


沖田は体をふるふる震わせながらこちらを睨むように見ている。よほど悔しいらしい、そしてよほど欲しいらしい。怒りと悲しさが入り交じった表情はとても子供らしかった。


「‥ねぇ沖田」


「ふんっだ!」


沖田が口をへの字にしてそっぽを向く。沖田の弱味を見つけてちょっと調子に乗ったから本来の目的を忘れていた。


「沖田がこれを欲しいことは分かったよ、でも金色クワガタが欲しくて屯所を逃げ出したのはダメなことだって分かるよね?」


「‥‥‥だって、」


しゃがんだまま沖田の顔を覗き込むと沖田はうつむいたままそう言った。周りの雨の音が沖田の心情を映しているようだった。


「帰ろう?送ってあげるから」


「やだ!」


差し出した手を払うように沖田が顔をそむける。


「なんで言うこと聞けないの?そんなわがままばっかり言ってたら駄目でしょ!」


少し強い口調になってしまったのは、沖田に私の気持ちが伝わっていないから。誰よりも心配している気持ちを分かってほしかったから。でもそんな私を見上げた沖田は涙目だった。手をぎゅっと握りしめて私を見上げる沖田は震えている。


「じゃあなんで、そとにでちゃいけないの!?なんでぼくだけ、なかまはずれなの!」


「っ、それは…」


沖田の泣きそうな表情が心を揺さぶる。その表情でどうして自分が屯所の外に出ちゃいけないか分からないのか、今まで我慢していたことも、それでも諦められなかったことも、全て見えた気がした。子どもになった沖田は何も知らないゆえに疑問がたくさんあっただろう。私を含めた周りは沖田の安全を第一に考えていたつもりだけど、同時にそれは沖田の自由を奪っていたんだ。


「沖田、よく聞いて…」


私は溢れそうな涙をこらえ、沖田の前にしゃがみ込んだ。沖田への罪悪感が声に出て震えてしまってるけど気にしない。沖田のこと全然考えてなかった、大事なこと忘れてたよね、


「沖田、ごめんね。私沖田の気持ちに気づかなかった。あのね…沖田はまだ小さいからひとりで外に出ると危なくて怖い目にあうかもしれない。だから真選組の人たちは沖田が大切だから外に出ちゃ駄目って言うの。でも沖田は外で遊びたいしいろんなところに行きたい、でしょう?」


沖田が小さく頷く。私が真剣に話しているからか、ふざけたり怒る様子もなく静かに私を見つめている。何だかそんな純情な姿が新鮮で変な感じで、でも子どもらしくて可愛くて。


「沖田さ、私と友達になろうよ」


少し落ち着いた私は沖田に微笑む、そっと手を差し伸べて。友達なら一緒に外でも遊べるかもしれないし、沖田と仲良くなれるきっかけになるか「いい。ともだちはじぶんでえらべる」


沖田がまたも顔をそむける。ふんがァアァアア!!なっにが友達は自分で選べるだこのヤロー!お前はハリーポッターか!賢者の石のハリーの台詞そのまんまじゃねーか!私はマルフォイじゃないんだけど!


なんでこう良い雰囲気のときも、関係なしにこのガキはふざけるかな!こんなんじゃ仲良くなれる機会すらないじゃ「なまえは、なんて言うの?」


「え?」


沖田への怒りが心の中にふつふつと湧いてくるのを感じていると、沖田がうつ向いたまま小さな声でそう聞いてきた。こうなったらコロッケで釣ろうかなんて考えていた私はその言葉の意味がすぐには理解できなくて。


「なまえ!」


「え、あ‥藤堂マナ」


私の名前を聞いた沖田がこちらを見たかと思えば、私の差し出したままの手に自分の小さな手をぱしっと合わせてきた。


「しかたないから、ともだちになってやる。ぶさいく」


「‥ツンデレ!?つーか名前教えた矢先にぶさいくってどういうことだコルァア!」


せっかく差し出してくれたその手を握るのを忘れてしまったけど、私の心はあったかくて明るくて。


「だってぶさいくだもん、おまえ」


「キィィイイ!」


こんなチビッコに一喜一憂してしまう私もまだまだチビッコなのかもしれない。


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