ガチャガチャの正式名称はカプセルトイ
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「は!?またライブ行くの!?」


その日、朝からお店の台所でお母さんとのり子さんが忙しく料理をしていた。まだ開店前、しかも今日はとくに宅配も入っていないのに何をそんなバタバタしてるんだろうと聞けば二人は笑顔で、


「水川きよしの追加公演があるのよ」


と聞き覚えのある演歌歌手の名前を出した。つ、追加公演って‥


「だから早めに料理作っておかなきゃマナが大変だろう」


「いや私今日休みなんだけど!」


台所にあるラジカセからは水川きよしの演歌が結構なボリュームで流れていて、鼻唄混じりにおにぎりを握ったり具材を切ったりすでにノリノリの二人。私のシフトは無視らしい。


「どうせ予定ないんだろう?」


「部屋でだらだらしてるなら、店番してちょうだいよ」


「っぐ‥!うっさいな!すればいいんでしょ!」


ったく‥!お母さんが働けるまで元気になってのり子さんの負担も軽くなって、前よりお店が活気づいているのは良いことだけど、これはどうなのか。元気が違う方向に行っている気がする。おばさんは一家に一人でいい。


「夕方で閉めていいから、それまで頼むよ」


「はいは‥バタンッ!


結局、お母さんとのり子さんは昼過ぎにやたらとおめかしをして、ライブ会場へ向かった。私の返事もせずに扉を閉めて、どんだけ楽しみなんだよ、どんだけ好きなんだよ水川きよし。


昼過ぎとなると混雑のピークは過ぎているので、私はパイプ椅子に腰かけて携帯をいじりながら店番。夕方に閉めれるならちょっと出掛けようかな、ととくに当てもなくブラブラすることに決めた私は静かな店内で夕方が来るのを待った。


‥‥‥


‥‥





そして夕方、少し薄暗い町を歩きやって来たのは大きな本屋さん。料理本でも買おうかな、と店内を回ったはいいけどこれといって良いものがなかったのでしばらく立ち読みをして過ごした。途中、医学書のコーナーに行って江戸川粉のことについて載っている本を探してみたりもしたけど、違法薬物の症状について取り扱っている本はなくて。


「(‥このまま本当に戻らなかったらどうしよう)」


沖田がいない生活は遠距離だった京のときよりも辛かった。心に穴が開いた、とかいうよりももう私の心はないんじゃないかというくらい感情が空っぽで、毎日がただ過ぎていくのを感じるだけ。


近藤さんや土方さんはいつでも会いに来て良い、と言ってくれたけど沖田本人に拒絶されて気にせずまた会いに行くことは難しい。ミツさんにべったりの沖田を見るのも心が窮屈になる。結果、あれから私は一度も沖田に会っていない。


そして時間が過ぎていく度、私はもうこのまま沖田に会えないんじゃないかってとんでもない不安に駈られる。私を受け入れてくれた沖田は、もういないんだと思うとこの大きな世界に埋もれてしまいそうになる。


「はぁ‥‥って、げ!」


沖田のことを考え出すとだめだなぁと思いながら外へ出るととんでもない量の雨が降っていた。予想外の景色に沈んでいた気分が吹っ飛んで、景色が霞むほどの強い雨が地面に落ちて雨粒が足元に跳ね返る。な、何で?さっきまで普通に晴れてたじゃん!傘持ってない!自動ドアの前で突っ立ったままどうしようか考えていると、


ガチャ、ガチャガチャ、


「‥おおお沖田!?」


すぐ隣で物音がしたので見てみれば、本屋の入り口に設置してあるガチャガチャの前で見覚えのある蜂蜜色の小さな頭の少年がいるではないか。え、え、嘘ォォオォオオ!?何で沖田が!?もはや豪雨や帰宅手段どころではない、何でお前こんなところにいるんだよ!


「お、沖田‥?」


あの日気まずい雰囲気で別れた私だけど、今はそんなこと気にしている場合じゃない。沖田は今、本来の姿じゃないし記憶もないから外出は禁止されていたはず。しかも見た限り真選組の人は周りにいない。


まさか、沖田勝手に屯所抜け出してきた感じ‥?


そういえば少年沖田に出会ったときも、近藤さんがパトカーに乗せていた。「総悟が見つかったぞ」って、あのときと同じじゃないのこれ?


沖田はというと私に気づかないまましゃがみこんで真剣にガチャガチャを回している。しかも沖田の周りにはすでに開けたガチャガチャのカプセルが散乱していた。お前どんだけガチャガチャやってんだよ、いくら貢いだァ!?


「ゴホンッ‥沖田くーん?」


とりあえず沖田は屯所を飛び出してきた可能性がある+何かあってはいけないので確保しようと沖田に近づきしゃがみこんだ。相変わらず小さな手がガチャガチャを回している。


「‥あ、めすぶた」


私の呼び掛けに気づいた沖田が動きを止めてこちらを見た。大きな目を見開くこともせず感情のないめすぶた発言。ほんっとこいつムカつくな!どこがメス豚なんだよ畜生!


「‥な、何してるのかなぁこんなところで」


だがここでキレてはまた喧嘩になって、最悪逃げ出してしまうかもしれないと予測した私はできるだけ穏やかな口調で沖田に問いかけた。


「ガチャガチャ。みてわかるでしょ」


「(‥キィィィイイィイイ!)」


見下したようにそう言って沖田はまたガチャガチャへ視線を戻す。片手に握りしめた何枚もの百円玉を入れては回し、中身を確認してはその場に散らかすように捨てる。何がしたいんだこのガキは。


「近藤さんたちはここにいること知ってるの?」


「しらないよ。やまざきくんとおにごっこしてるすきに来た」


ガチャガチャが設置してあるこの場所は本屋の屋根から少しはみ出ている。すでに私の左肩は雨で濡れている。そして沖田の履いている下駄はどう見ても大人用で、私の手よりも小さそうなその足でここまで来たのかと思うと少し胸が痛んだ。


「‥‥‥」


きっと今ごろ、近藤さんたちは必死に沖田を探しているだろう。山崎さんは土方さんに怒られているかもしれない。あいつは今外出禁止なんだぞ!って。


「あぁ!おまえ近藤さんにでんわするな‥あ!」


携帯を取り出した私に気づき、携帯を取ろうと手を伸ばしてきた沖田。しかし何かに気づきハッとした表情でその手を止めた。私は大きく目を見開き驚いている沖田に眉をひそませる。な、なに?


「きんいろ、くわがた‥だ」


沖田の小さな口が動く。豪雨の中に消えそうなその言葉の意味と耳に当てた携帯にぶら下がるあのストラップが重なったとき、遠くで雷が鳴った。


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