「くっそー思いっきりつかみやがって‥」

もし私が今、ツイッターに呟くとしたら『左手がやたらと痛むなう』だと思う。あのあと土方先輩は何も言わず途中で手を離した。いや何か言えよ、と思ったけどもちろん言えないので仕方なく自分のデスクに戻った。

「サチコ、どうしたの?」

書類とパソコンとにらめっこしていると向かいのデスクから退の声が聞こえた。顔を上げると眉をくいっと上げた退がこちらを見ていた。

「朝からバイオレンスー退たすけてー」

山崎退は、三年前一緒に入社した同期で何をとっても普通な同じ事務職の男である。昇進や売上ばかり考える他の同期(営業)とは違って、愚痴や他愛もない話や仕事以外のことでも盛り上がれるので私にとってはとても貴重な存在なのだ。ちなみに彼の私に対する呼び捨ては坂田さんとは違って公認である。

「サチコも大変だね」

土方さん絡みだと退は激しく同情してくれる。それは彼が三年前から私とともに土方先輩の餌食になっているから。私たち二人の教育係であった土方先輩からどれだけ怒鳴られ泣かされたか。今でもミスして怒られることもあるので、退は土方先輩の怒りマスィーン第1号なのだ。今朝エレベーターでも言ったけど私は2号。

「今日の土方先輩のシャツ見てみ?あの青ストライプ。LAWSONの店員みたいじゃね、一番くじ売ってんのかって感じだよね」

「サチコ、土方さんこっち来るけど」

「え、うそ」

慌てて二人ともそれぞれ作業に戻った。オフィスでお喋りができない空気ではないけど、土方先輩がいるなら別だ。ただでさえ怒りマスィーンが2台揃っているんだ、慎重にいかねば。三年目になって怒鳴られるのはいやだ。

後ろから足音がする、私は書類を見ながらパソコンを打つ。向かいの退の席からもタイピングの音がする。お互い不自然なほど静かだった。

「鈴木、」

「(チッ、また私かよ!)‥はい」

返事と同時に顔を上げると土方先輩は私の腕を見ていた。

「腕痛むなら湿布張ってこい」

「え、あ‥はい」

意外や意外。仕事の話しかしない土方先輩が私の腕を心配している。こうなった元凶は彼だけど、謝ることなんてないだろうし私も期待していない。ていうか退との会話聞こえてた‥わけじゃないよね?

正直、湿布を張るほど痛むわけではなかった。ただムカついていただけです、あなたと坂田さんに。

土方先輩の用はそれだけだったらしい。さっさと席へ戻って行ってしまった。それを見届けた私は椅子をくるりと元の位置へ戻して、そのまま向かいの退を見た。

「‥鬼の土方係長が人の心配したよ、聞いてた?」

「うん。どうしたんだろう、土方さん」

「LAWSONの店員になっておかしくなったんじゃない?」

「サチコが言うほどLAWSONじゃなかったけど」

「そう?あのストライプはからあげくん売ってそうだけど」

「すごい想像力だね、ていうかこれ」

退は苦笑いしてから、白いものを差し出してきた。紙?と思って受け取ったそれは湿布だった。え、何で持ってんの?

「デスクワークに肩凝りは付きものだろう?」

「あぁ、なるほど。ありがとう」

退って修正ペンとかクリップとか私が必要なものいつも持ってるけど、まさか湿布が出てくるとは思わなかった。せっかくだし張っておこう。


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