「おはようございまーす」
事務職の私は出社してすぐ自分のデスクに着く。服装はオフィスカジュアルなのでロッカーで着替える必要がない。ちなみに今日は金曜日だからどこか出掛けるかもしれないとお気に入りのヒールを履いてきた。
「鈴木さん、合コン?」
パソコンを立ち上げ、デスクに置かれていたメモ付きの書類(字からして土方先輩)に目を通していると上から声が聞こえてきた。
「いや、その予定はないです」
視線を上げると猿飛先輩が私の服装を見て気に入らねぇみたいな表情を浮かべて立っていた。
事務職の割には女子率が低いこの職場で女という生き物はマドンナ的存在らしく(猿飛先輩に入社挨拶で言われた)彼女は私の服装やら髪型やらをチェックしてくる。しかも私をライバル視するので(仕事ではなく女として)三年経った今もなかなか仲良くなれない。
まぁ、いじめとか陰口を叩くわけじゃないから普通にしてれば良い先輩なんだけど。
「鈴木、」
髪の手入れについてのうんちくを聞かされていると遠くから私を呼ぶ声がした。土方先輩だ。
「はい」
すぐにその場から立ち上がり返事をすると、係長の席に座る土方先輩が小さく頷いた。あれは来いの合図だ。もしかしたらこの書類の話か?と思い、読んでいた書類を片手に土方先輩の元へ向かった。先を考えて行動しろというのが土方先輩の口癖だし。
「おはようございます」
さっきエレベーターで会ったけどな、と心の中で付け加えて頭を軽く下げた。土方先輩は青いストライプのカッターシャツに紺色のネクタイ姿だった。さっきはジャケットを羽織っていたからよく見えなかった。
「机に置いておいた書類は読んだか?」
綺麗に挨拶をスルーし仕事の話を始めた土方先輩にはい、と頷いた。見ろ、やっぱりこの書類の話だった。無駄に土方先輩の下で三年も働いてない証拠さハッハッハッ。
「山崎と手分けしてその4つのデータまとめてから前年比の数字が載ってる書類と合わせて3時までに提出」
「はい」
用件は手短に分かりやすく、これも土方先輩の口癖だ。土方先輩はいつものように淡々と言ったけど、そして私も返事しちゃったけど、頼まれたデータ&書類整理はかなりハードになりそうだ。山崎だけで足りるかなぁ。ていうか読んだとか言ったけど軽く見ただけなんだけど。
「それと、11時に応接室に茶、三人分」
「はい」
女子率が低いのでお茶だしはほぼ私。ったくデータの書類3時に提出でただでさえハードなのにお茶くみも頼むなんて、ただのパシリじゃねーか!
「それとこの書類、営業事務の坂田に届けてきてくれ」
「‥今ですか?」
まだあんのかよォオ!私はパシリでも宅急便でもないのに!嫌々、という感情は仕草に見せずに土方先輩からファイルを受け取る。
「あぁ」
坂田もとい坂田さんは土方先輩と同じくらい仕事ができる営業のトップ。だがしかしお互い仲が悪い、良い年こいて。坂田さんは土方先輩と同期のくせに営業トップで部下や営業先からも好かれているのが土方先輩は気にくわないんじゃないかと私は思っている。さっきも言ったけど土方先輩は無愛想だから誰かに慕われてるとかそういう感じじゃなさそうだし。
「渡したらすぐ帰ってこいよ」
営業部へ行こうと土方先輩のデスクを離れると後ろか聞こえた声。私はなんとなく、シカトした。だってその言い方‥私が寄り道するみたいだし、ていうか仕事があるからそんなことしてる時間はない。
小さい声だったし聞こえなかったことにして営業部へ向かった。普段挨拶しないお返しだ、ミスター無愛想め。