「待てやお前らァアア、」


タクシーに乗ろうとロビーを出たところで、ロビーの中、いや奥のエレベーターから物凄い形相の土方さんと坂田さんが、こちらをめがけて走ってきた。お互い、相手より早く走ろうと必死である。仕事が終わったからって子どもすぎる。


すでに停まっているタクシーには、沖田くん、猿飛先輩、退が乗り込んでおり、後部座席にはまだ一人分座れるスペースがあった。必死に走っている二人には申し訳ないけどさっさと乗ってしまおう。


そう思って、二人に背を向けたところで、まだ寒さが抜け切れていない夜風がぶわぁっと私のおりている髪をさらった。乱れた髪を直そうと正面の髪をかきあげたところで、何かが目の前を横切った。


「ギリギリセーッフ!」


「わ!坂田さん!?」


何といつのまにか坂田さんが私の乗るはずだったタクシーに乗り込んでいた。そこまで遠い距離ではないはずだけれど相当な達成感を感じているらしい、ネクタイを緩めてフゥーっと一息ついている。


「あんなニコチンとタクシー同席は勘弁だぜ。料金も大人数で割った方が安いしな」


「あんたそれでも営業のトップですかィ?ウチの課長と変わらないでさァ」


タクシー奥から少しあきれた声の沖田くんと、そのセリフに反応したのは少し遅れて到着した土方さんだ。


「沖田てめェ、こんなカスと一緒にすんじゃねぇ…!」


持久走でもしてきたのかというくらい苦しそうな土方さんは下を向いて膝に手を当てている。本当何やってんだ、ウチの上司たちは。


「本当はサチコちゃんと同席して〜割り勘なんかせずパパッと俺がタクシー代出してあげたいところだけど、そこの童貞課長クンの方が女の子に慣れてないからサチコちゃん一緒に乗ってあげてくんない?」


「…えぇっ!?」


ドヤ顔で坂田さんが私の後ろの土方さんを指さした。よく見れば坂田さんの後ろから、坂田さんと同じ表情で沖田くんがこちらを見ている。そろそろ土方さんに殺されるよ。


「誰が童貞だクソ天パァ!沖田も笑ってんじゃねェ!お前らちょっと降りろ、殴らせろ!!」


「鈴木先輩、土方さんがタクシーの中で変な気起こしたら殴ってやんなせェ。主に金玉袋」


「そのとき、給料袋かっぱらうのも忘れずにな!」


沖田くんと坂田さんは懲りずにそれぞれ言いたいことを言って親指を立てキラッと笑って見せた。ん?よく見れば沖田くんは親指じゃなくて中指だ。


「ちなみに私は近々銀さんの金玉袋と胃袋と給料袋を掴んで寿退社する予定で…バタンッ!


袋ネタに便乗した助手席の猿飛先輩の声は閉まったドアに遮られてしまった。まぁほぼ聞こえてたけど。大声で何言ってんだあの人。


「…ってちょっと!」


待って、なんて無意味な抵抗も虚しく四人を乗せたタクシーが会社を出て消えていった。


騒いでいた9割がいなくなった会社前で立ち尽くす私、と


「あいつらふざけんな、本気で行きやがった」


チッと舌打ちをする土方さん。呼吸は落ち着いたらしい、胸ポケットからタバコを取り出して慣れた手つきで火を付けた。フゥーっと上に吐き出した煙が蒼い夜空にゆらゆらと舞う。


途端に気まずくなる空気(個人的感覚)。この状態でもれなく土方さんとニコチンに二人でタクシーという密室に閉じ込められると考えただけで嫌な汗が背中を伝う。


「シルバーカンパニー前にタクシー1台、なるべく早く頼む」


早速隣で土方さんがタクシー会社に連絡。しまった、こういうのは私がやらなくちゃいけなかったよね!
淡々と電話で話す土方さんの声を聞きながら心の中で頭を下げた。


「近くを走ってるタクシーをこっちに向かわせるらしい」


「ありがとうございます」


「…………」


「…………」


また、沈黙がやってきた。

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