「残業上がって携帯見たら土方さんから着信入っててさ。だからサチコにコピー頼んで俺オフィス出たでしょ?そのときにオフィスの外にいた土方さんたちに食事に誘われたんだよ、だから俺もご飯のこと聞いたのは本当にさっき」
本当に土方さんと坂田さんを置いてエレベーターに乗り込んだ私と沖田くんと退と猿飛先輩。あの二人がいないととても静かなのでこの食事のことについてゆっくり聞くことができた。退は坂田さんたちと合流してから、土方さんが私を食事に誘うまで休憩室にいたらしい。
「…そんなサプライズみたいにしなくても普通に誘ってくれれば良かったのに」
私が土方さんに誘われたことによってどれだけ驚いてドキドキしたと思ってるんだ。この空振り感は虚しい。
「まぁまぁ。土方さんと少しでも話しとかねェと飯のとき気まずいでしょ?」
後ろで聞いていた沖田くんが付け加えるようにそう答えた。うん…まぁたしかにそうかもしれないけど…給湯室でミスの謝罪はしてくれたからめちゃくちゃ気まずくなることはないと思うけど。いや、土方さんとご飯を食べに行くってことがまず気まずいかもしれないな。
でも私が元気なさそうだとこうやってみんなを集めてくれた坂田さんに今度ちゃんとお礼言わないと。
沖田くんや猿飛先輩もそうだ、予定がなかったとしても私のために開けてくれてありがとう。退なんて最後の最後まで残業してくれてありがとう。
土方さんも、あんなに毛嫌いしてるはずの坂田さんと一緒にご飯に誘ってくれて、ジュースをくれて、
「…ありがとう」
呟くように出た言葉に隣に立っていた退だけが気付いてこちらを向いたけれど、私はあえて気づかないフリをしてエレベーターのボタンを見上げた。でもやっぱり少し恥ずかしくて、でも退の方は見ないまま微笑んだ。
「…さぁ、今日はいっぱい飲むか」
エレベーターが一階に着き、扉が開くとともに退がぐーっと両腕を上に伸ばしながら歩き出す。その楽しそうな横顔に私もつられて並んで歩き出す。思えば、退は同期だけど二人で飲みに出かけたことはない。新歓とか忘年会とかオフィス全体の飲み会では何回もあるから気づかなかったけど。それに、私はいつも退に(主に土方さんに対する)愚痴や不満を聞いてもらってるのに、聞き役になったことはない。新入社員時代に土方さんにこっぴどく怒られた退を励ましたくらいで、個人的に話を聞いたり相談に乗ったことはない。
同期という立場の退に甘えていたな、と今さら痛感して。退はきっとそんなこと気にしなくていいよ、と言うだろう。でも退だって苛立つことや嫌なことがあるはずだ。
「退、私がいるからね」
「は?」
横を歩いていた退が不思議そうにこちらを見て立ち止まった。少し後ろを歩いていた沖田くんと猿飛先輩の足音も消える。
「…いや、私って退に愚痴とか悩みとかすっごい言ってるけど、退のそういう話ちゃんと聞いたことないなって。だから、あの…同期なんだし…もっと頼ってねっていう…頼み?」
自分でも動揺しているのが分かる、言いたいことを伝えるのはこんなにも難しかったかと思うくらい言葉がスラスラと出てこないくせに、言いたいことはたくさんある。そんな矛盾に退は優しく笑った。
「ハハッ、頼ってって頼まれた」
その笑顔はいつもの退で、でもなぜかすごく新鮮で。私は退のこういうところが好きだ。こういうところってどういうところ?って聞かれればこれまたうまく言えないんだけど。
「…じゃあ遠慮なく。毎朝起きるの辛いんでモーニングコールしてくだせェ」
「頼るのはあなたじゃないわよ」
後ろの沖田くんと猿飛先輩がさりげなく漫才のようなやりとりをしているのを聞きながら退に微笑んだ。
「……じゃあとりあえずタクシー拾ってきてくだせェ、猿飛先輩」
そんな私を見て沖田くんが入り口の方を指差す。
「だから頼るのはあなたじゃないって言ってるでしょ。しかもそれ頼るっていうよりパシリじゃない」
「良いから早く行きやしょう、トランクぶち込まれたくなかったらな」
「………」
沖田くんが猿飛先輩の背中をトンッと押して私たちより先に歩き出した。沖田くん気遣ってくれたのかな。ていうか猿飛先輩?トランクにぶち込まれること否定しないの!?
需要と供給成り立っちゃってるんだけど、あの二人!!
「…サチコ」
二人の怪しい後ろ姿を見ていたらふと退に名前を呼ばれた。退は私を見ている。
「ん?」
「ありがとう。サチコが頼ってって言ってくれたこと嬉しいよ」
「あ、うん」
「もし俺が弱ったら、ディズニーランド付き合ってよ」
「…結局ディズニーランドかい」
考えとくよ、と少し遠くの方を見ながら答えた。愚痴や相談をされたわけでもないのに、ディズニーランドなんて今日も誘われたのに、何だかすごく嬉しいのはきっと私の気持ちに退が応えてくれたからだ。
「やっぱり退が同期でよかった」
「どうも」
「そこは、俺もサチコと同期でよかったとか言ってよ」
少し頬を膨らませながら退を見れば退がニッコリ微笑む。
「俺もサチコが同期でよかったー」
「ちょ、棒読み!!」
退の背中を少し強めに叩くと、退がいったァ!と大袈裟に声を出した。私は知らんと言わんばかりにカツカツと歩き出す。先に出て行った沖田くんたちがタクシーを捕まえたらしく、入り口の向こうで黄色いタクシーが止まっている。