残業を終えて、帰り支度をしようと自分のデスクで片付けをしていると土方さんが近づいてきた。さっきのことがあってまだもらった紅茶の存在が信じられない私だけど、でも嬉しい気持ちでいっぱいだった。あの、鬼係長として有名で人を気遣うとか優しくするとかそういう部分がない(あったとしたも見せない)土方さんが私に、私のためにくれたもの。チョイスも紅茶という辺りが微笑ましい。私のために買ってくれたという事実がとんでもない勢いで私の心を満たす。ペットボトルの飲み物一本でここまで人を満たせるのはある意味土方さんしかいないかもしれない。いや、土方さんならガム1個でも、絆創膏一枚でも、それはたちまち凄まじい威力を発揮するだろう。


何より、土方さんの優しい部分を見れてとても幸せだった。


「…鈴木」


土方さんも今日の仕事を終えたらしく、ジャケットとカバンを持っている。もしかしてこれは一緒にオフィスを出る感じか?エレベーターも一緒に乗る感じか?土方さん電車通勤だったよな、何線だっけ?まさか私と一緒?もしかしたら帰り道、結構な距離を土方さんと帰るのかもしれないと思ったら少し疲れ…ゴホンッ…アレだよアレ…気遣うな〜と思った。


「はい」


さっきもらった紅茶と携帯を手に席を立ちながら土方さんを見ると、土方さんに目を逸らされた。は?何で今逸らした?自分で呼んでおいて何ですかコノヤロー。土方さんと同じタイミングで仕事を切り上げるのは珍しいし、私がオフィスに最後まで残ることも滅多にない。戸締まりとか部屋の電気の消し忘れとかそういうことを言いたいのかと予想しながら土方さんの言葉を待つ。


「いや、あの…あれだ…このあと…予定とかあるのか」


「…予定、はとくにないです、けど…」


そう言ってから今さらっと私の悲しい金曜日(ノープラン)が土方さんに知られたと気づいた。しまった、嘘でも予定ありますって言えばよかった。ていうかなんで土方さんそんなこと聞くの?と先ずの疑問にたどり着いた私はそろーり土方さんを見た。


すると土方さんは目線を下に向けつつ、いつも誰かを怒鳴り散らかしているときの150分の1くらいの小さな声で、


「じゃあ、飯…とか…食いに、行くか…」


と言った。あり得ないくらい小さい声のくせにちゃんと聞こえた自分が何だか嫌だった。でも理解はできない。


…は!?は!?ハァアァアァアアァ!?…ごめん、もう一回言わせて?ハァアァアァアアァ!?今土方さん、あたしのこと食事に…誘った!?いやいや、ナイナイナイナイ!天地がひっくり返っても、夏に雪が降っても、EXILEが50人くらいに増えてもあり得ないよ!これ夢じゃなかったらイカついグラサンしてチューチュートレイン踊るわ。アンコールも行くわ。


「何固まってんだよ、腹減ってねェのか」


「……っえ?あっ…えぇ…あぁ」


いきなりすぎる誘いに私はどこがどうなってこうなったか、いま自分が何をしてどうなっているか、全く分からなくなった。どうやら冗談でも夢でもないらしい。私の動揺はいたって真面目な土方さんにどんどん消されていく。でもだからといって、「仕方ないなジョニー、一杯だけなら付き合うぜ。ただメアリーには内緒にしておいてくれよ、彼女最近イライラしてるから」みたいな返事ができるわけなく。言葉にならないものがただ口から流れる。腹は減ってます、でもEXILEの数とメアリーのイライラは日に日に増えています、はい。


「……な、何だその返事は。アレか、あのジブリの…黒い…あの、アーアー言う…手から色んなモン出す…あの…「カオナシですか」


私の答えにあぁそれだ、と頷く土方さんになぜか私が恥ずかしくなった。土方さんこんなこと言うのもアレですけど…ツッコミ下手か!歯切れ悪すぎか!ただでさえ土方さんに食事に誘われるっていう非日常な状況なんですよ!上乗せで面倒くさいこと増やさないでェエ!


「…で?腹減ってんのか、減ってねェのか」


そして土方さんはまた真面目にそう聞いてきた。さっきまでモゴモゴ話してたくせに今は吹っ切れたかのように誘い方が軽い。腹は減っていますとも。でも違くね?さっきまではご飯に行くか行かないかの話だったじゃん。それが空腹か空腹じゃないかって、これお腹空いてますって言ったら連れて行かれるパターンでしょ、パターンBの方でしょ?こんなにもちゃんとご飯に誘われるなんて誰が想像しただろう。


「…えっと、お腹は空いてます…けど」


私の返事を待っている土方さんとの空気が気まずすぎて、でもお腹は減っているのに嘘はつけない私は土方さんを見れずに少し俯いたまま返事をした。土方さんとご飯…考えただけで怖い。どんな話で盛り上がるのかとか土方さんは何を飲むんだろうかとか、しかも二人きりって仕事以上に神経すり減らしそうじゃないか。


「(ヤ、ヤダァァア!帰りたいィイイ!帰ってドラえもんとクレヨンしんちゃん見たいィイイ!こんな金曜日ヤダァァア!)」


「じゃあ行くか、」


心なしか胃がキリキリしてきたな、とお腹辺りを摩ろうとしたら土方さんがオフィスの扉の方へ歩き始めた。えっ、待っ…は!?マジで行くんですか!?じゃあ行くかって…そんな、毎週ご飯行ってるようなノリですけど!?何でだ、何でこんなことになってるの?
今日のことか?今日のこと気にしてるのか?それなら私は全く気にしていないのでそんな食事とか柄にもないことしなくて良い「鈴木?」


1人歩き始めた土方さんがこちらを振り向く。いつもと同じ無愛想な表情で私を見ていた。そんな土方さんに私は疑いと不安しかない。ごめんなさい、例えあなたの本心で私を食事に誘ってくれていたとしてもそれはビックバンより衝撃的なんです。


「…行きたくねェのか」


「えっ」


未だにこの状況と土方さんの本心が謎のまま、突っ立っていると土方さんは少し声のトーンを下げてそう聞いてきた。心なしか元気がない土方さんに心臓がドクンッとざわつく。


行きたいか行きたくないか。正直言うとあまり行きたくはない。入社して土方さんとの絡みで楽しいと思ったことはほとんどない。毎回神経をすり減らしながら仕事をして、それでもミスしたときは泣きそうになるくらい怒られて。そんな人とご飯なんて…行ってない身で言うのもアレだけど楽しさを見出せない。


でも、何でだろう…


「お前、入社したときからずっと俺のこといつも怯えた目で見るのな」


「……っ、」


私を見つめる土方さんの悲しげに少し微笑むその表情に、私の心が小さく揺れているんだ。







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