土方さんと沖田くんと自分の分のお茶を持ってオフィスに戻ると何やらみんなの視線がこちらに集まった。なんだろうと思いながらも電話中の土方さんのデスクに向かうと、土方さんが私に気づきデスク上にコップを置くスペースを作ってくれた。今までそんなことされたことがなかったので、そのさりげない気遣いが嬉しくて控えめに頭を下げた。


コト、


さっきのことがあって少し気恥ずかしさを感じながら乱雑にどかされたスペースにお茶を置いた。いつも整理整頓されている彼のデスクも最近は書類などで溢れ返っていて、来週の営業会議用の書類作成の大変さがよく分かる。


土方さんの次は沖田くんのデスクへ。彼も彼で珍しくパソコンと向き合いカタカタとデータを入力していた。後ろからそっとパソコンの右側に沖田くんの赤いコップを置くと動いていた手が止まり、沖田くんがこちらを見上げた。


「どうも‥って茶菓子はねェんですかィ?」


お茶に続けて何かが出ると思っていたらしい、私は頬をひくつかせながらキョトンとしている沖田くんを見下ろす。


「‥あのねぇ、3時のおやつじゃないんだから」


「猿飛先輩のお土産のしょうゆ煎餅、もうなかったでしたっけ?」


「おい聞けよ」


沖田くんはそのままズズッと私が淹れたお茶を飲むと、またパソコンへと向かい手を動かし始めた。どうやらそれは私への戻れサインなのか、こちらを向く気配はない。


「(ありがとうございましたとかないのかよ!)」


恩着せがましいかもしれないけどそう思った。だってこれじゃあ本当にただのお茶くみ女じゃんか。沖田くんはたしかに仕事ができるかもしれないし、そこらの若者とは違うモン持ってるかもしれないけどさ!礼儀とか言葉遣いとかそういう社会人としての基本がなってないよね!


「(‥フンッ)」


そういう部分の教育もしていかないと、と先輩らしく頭のなかで教育プランを思い浮かべながら自分のデスクに戻った。


「サチコ、すごかったね」


「え、何が?」


席に座るや否や、退が少しこちらに身を乗せて小声で話しかけてきた。自分用のお茶に口をつける寸前だったけど、退の話が気になるので彼へ視線を移しながら口元からコップを離した。


「自ら残業宣言したやつ。オフィス丸聞こえだったよ」


「…う、嘘ォ!」


笑いを堪えながら小声で話す退とは裏腹に、驚きで声が大きくなる私。幸い、電話をとっている人が多かったので私の声は電話の呼び出し音や話し声に埋もれて目立たなかった。


「な、なんで…そんな聞こえてた?」


「うん、バッチリ。考えてみなよ、ここから遠くないじゃん給湯室」


「えぇー‥みんな聞いてた?」


ここにいる全員に聞こえてたのかと考えたらどんどん肩身が狭くなると同時に恥ずかしくなる私に退はしっかりと笑顔で頷く。マジか、丸聞こえか。何言ってたっけ私、変なこと言ってないよね!?いや…社内で大声出す時点で変だけども!


「沖田くんが鼻ほじりながら「どう思いやす?今の」って聞いてきたくらいでみんなスルーしてた」


「それはそれで恥ずかしいじゃん!」


さっきオフィスに入ってきたとき、やたらと視線を感じたのはこれか…たしかに良い意味の視線ではなかった気がする。つーか沖田てめぇ何で鼻ほじってんだよ。


「そのあと入ってきた土方さんは、少し笑ってたよ」


「え」


楽しそうに思い出す退の表情は無邪気で一瞬かわいく見えた、一瞬。でもすぐに土方さんが笑ったということに対しての疑問が押し寄せてきて目の前の微笑みは霞む。


「な、なんで?」


「嬉しかったんじゃないのかなぁ、サチコがああやって言ってくれたこと」


「私何て言ってた?」


「覚えてないの?」


「覚えてないっていうか…」


みんなに聞こえてたって知ってあまりの衝撃に忘れたんだよ!


「土方さん、やっと部下が育ったって顔してたよ」


「‥あんたもその部下でしょうが。何で土方さん目線で私を分析するわけ?」


「いや嬉しいんだよ、同期として」


そう言って笑った退はやっぱり一瞬かわいく見えた、一瞬。


「‥あっそ」


でも悔しいから本人にはかわいいなんて言ってやらない。

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