ガチャリ。今まで何度も聞いてきたオフィスの扉が開く音がやけに大きく聞こえて、まさかと扉の方を見れば土方さんが入ってくるところだった。


「(うわ!)」


咄嗟に元の姿勢に戻したおかげで彼に気づかれて目が合うことを避けられた。必死にデータの入力を再開しようとキーボードに手を乗せる。でも気になる。後ろが、係長の席がとんでもなく気になる!振り返ってもとくに話すこともないし、まして話しかけられても困るだけだけど、でもこのオフィス内に土方さんがいると思うと緊張が走る、背筋が伸びる。ひゃーどうしよう。


相変わらず沖田くんは気だるそうにパソコンをいじってるし(何か動画見てるんだけど会社のパソコンで何やってんのあの子)、退は真面目に仕事中でどこかと電話しながらメモをとっている。


時間は16時すぎ、定時まで1時間。でも仕事量はそれ以上。確実に定時で終われる量じゃない。


「(いやでも土方さんが定時まで提出伸ばしてくれたんだからやらないと‥!)」


私は考え事を振り切り、仕事のことだけに集中するため気づかれないようぺちぺち頬を叩いた。今日は金曜日、待ちに待った金曜日!定時には帰られなくとも早めには帰りたい。ドラえもんかクレヨンしんちゃん見ながらご飯食べたい。


よし、と頷き私はデータの入力を再開。パソコンに小さく表示されている時間を気にしながらミスしないようキーボードを打っていく。いざ仕事に集中しだしたら土方さんのことはデータや計算式、グラフなどを考えることに消されていった。


「鈴木先輩」


ふわり、と誰かの声が頭上から落ちてきて久しぶりにパソコン画面から目を離した。見上げた先にはにっこり笑う沖田くん。動画見終わったのか。


「その書類貸してくだせェ、」


「え、これ?」


何の用かと思えば沖田くんは私が今取りかかっている書類を指差した。何でだろうと疑問の意を込めて見上げれば沖田くんもきょとんとした顔をしていた。


「自分の業務終わったんで。山崎さんと三人でやっても誰も文句言わんでしょう」


「え、手伝ってくれるの?」


まさか沖田くんがそんな。意外すぎる提案に快くありがとうと言えずにいるとしびれをきかしたのか沖田くんは私のデスクから書類を半分ほどとった。


「難しそうですねィ、この前教えてくれたファイル使うやつですかィ?」


「うん。このデータを引用して今年度の分を出すの」


一週間ほど前に教えたことを沖田くんは覚えていた。しかも書類を見てその教えたことを使うことまで。いや新人なら教えてもらったこと忘れちゃダメだけど、あのときメモすらとってなかったから絶対忘れてるって思ってたのに。まさかの天才肌?なんて思いながら書類を見つめる沖田くんをそろーり覗いた。


「あ、あとひとつ頼みてぇことがあるんですが」


「なに?」


「お茶当番、サチコ先輩でしたよねィ?」


コト、とデスクに置かれたのは赤いマグカップ。紙やらペンしかない地味なデスクにその色はとても映えてパソコンで疲れた私の目には少々刺激的だった。


「お茶当番って‥」


私は自然とそんな立ち位置になってるかもしれないけど、そんな当番ないからな!たまたま私が新人時代にやらされてただけで、女の子の後輩が入ってこなかったから今日まで続いてるだけだからな!ていうか男もお茶当番すればいいのに、男女差別だ。


「茶柱立ててくだせェ」


「できるか!」


ひらりと書類を持った片手をあげて自分のデスクに戻る沖田くん。いつもは自動販売機で飲み物買うくせに何でこんなときに限って私に頼むのよ。手伝うのか邪魔してるのかどっち?


まぁ自分のコーヒーもないしついでに淹れてこようとマグカップをふたつ持って席を立つ。久しぶりに立ったのでお尻と背中の解放感が半端ない。


給湯室へ向かう途中、坂田さんと廊下で出くわした。そういえば彼にお礼きちんと言えてなかったから言おうと思ったけど、坂田さんは営業に出るのか電話を肩に、小脇にはかばんとジャケット挟みながら歩いていた。うん、かなり忙しそうだ。ハハハと乾いた坂田さんの笑い声が近づく。お礼はまた今度言おうと頭を下げると、彼は私に気づいて携帯を持っていない方の手をひらりと振りながら微笑んだ。


その不意打ちな微笑みに驚いて私は一瞬立ち止まってしまって。あんな表情、初めて見た。チャラチャラしている普段からは想像がつかないほど優しい笑顔。さすが営業マン…って違うか。


すれ違い、私の来た方へ去っていく彼の後ろ姿を見ようと振り返れば彼はもう曲がり角を曲がってしまったのか廊下にはいなくて。


彼の乾いた笑い声と優しい笑顔が廊下にしばらくふわふわと浮いていた。

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