「ねぇ‥そろそろ戻らない?」

オフィスを出て30分、数時間前に沖田くんを捕獲した休憩室に私たちはいた。沖田くんはコーラを片手に私と椅子2つ分を開けて腰かけている。

「先輩、空気読みなせェ」

「空気?」

「今戻ってもあのプライドの塊の係長が居心地悪くなるだけでしょう。プライドをズタズタにされた今戻ったって係長は謝りやせんぜ」

「ズタズタにしたの沖田くんじゃん」

沖田くんがグビッとコーラを一口を飲んだ。それを見ていたら私も何か飲みたくなって後ろの自販機を見る。たしかに沖田くんの言う通り今戻っても気まずいだけかもしれない、土方さんだって頭冷やしてるかもしれないし。私は沖田くんの言葉に頷きながら席を立った。もう少しここにいるなら何か飲もう、コーヒーとかがいいな。

「(‥そういえば、財布ない)」

お目当てのブラックコーヒーがあることを確認した自販機の目の前、自分が手ぶらだということに気づいた。しまった‥

「鈴木先輩、何飲むんですかィ」

諦めて席へ戻ろうとしたとき後ろの沖田くんが立ち上がる気配がした。そして私の隣に並んだかと思えばポケットから小銭を出して自販機に投入。自販機のボタンが一斉に緑色に光る。

「‥え、いいの?」

「落ち込んでるときぐらい奢りまさァ」

「へ?落ち込んでないよ」

「カルピスでいいですかィ」

「えっ、ブラックがいい」

ピッと沖田くんがブラックコーヒーのボタンを押す。ガコンと缶の落ちる音がして沖田くんが私にコーヒーを差し出した。ありがと、と言いながら私は冷たいそれを受け取った。さっさと席に戻る沖田くん。

あぁ、何だか私の中で沖田くんの見る目が変わった。私は色んな意味で恐ろしい新人を部下に持っていたらしい。彼は自分勝手に見えて周りをよく見てる、きっと誰よりも。土方さんのこと陥れる気満々だと思ってたのに、ちゃんとフォローしてるし。男としての意見も的確だ、女の私からは考えられない。そう思ったら私は入社して土方さんの近くで一体何を学んでいたんだろうと悲しくなった。

「男ってのは女の前でかっこつけていたいモンなんでさァ、」

「え?」

プルタブを起こした音と沖田くんの声が重なった。

「先輩は今、係長のかっこ悪いところ見て落ち込んでんでしょう。私の上司がこんなはずねぇって」

「まぁ‥あんなミスするのは意外だったけど、落ち込んでるわけじゃないよ?」

「いや。あんたがそう思ってても本心はどこか幻滅してるはずでィ、いつもクールで仕事ができる男のくせにって」

「‥ねぇ。今さらっとあんたって言ったよね」

沖田くんが残りのコーラを飲み干して空になった缶をテーブルの上に置いた。軽いその音が休憩室にやけに響く。私そんな幻滅してないよ、驚いただけだよ。

「でもあんたより、数倍も係長は落ち込んでますぜ」

「いやだからあんた呼ばわり止めなさい」

「何で係長があんたばっかに仕事押し付けるか、書類からお茶くみまで頼むか分かってやすか?」

「‥‥さぁ?」

もうあんた呼ばわりは止めそうにないのでスルーしながら沖田くんの話に耳を傾ける。チラリと見た沖田くんの横顔は少し楽しそうだった。

「鈴木先輩を信頼してるからでさァ」

その言葉にゴクゴク流し込んだコーヒーを吹き出しそうになった。慌てて口の中のコーヒーを飲み込む。な、何言ってるの沖田くん。バッと彼の方を見れば沖田くんは何とも優しい目をしていた。何だかすごく緊張する‥何これ。

「坂田さんとか高杉さんが同期で社内じゃトップ争い、同じ大学の坂本さんは違う会社の社長でついに世界進出‥言ってること分かりやす?」

急に何でそんな話?とわけがわからない私は首を横に振った。でも沖田くんは私が分からないということが想定内だったのか、驚きも呆れも表情に出なかった。出さなかっただけかもしれないけど。

「毎日、売り上げやら昇進やら競争社会で生活してる係長にとって鈴木先輩が落ち着く場所なんです」

「はっ?」

「まぁ係長はそんなつもりないかもしれないですけど、見てれば分かりまさァ。ありゃ自然と表情に出てやす」

「ど、どういうこと?」

私が土方さんを癒していると?表情って‥怖い表情しか見たことないんですけど。彼の怒りマスィーン第2号なのに癒しって‥真逆じゃないか。

「係長は鈴木先輩が癒しなんですよ、まぁこれも先輩は癒してるつもりないでしょうけど」

「‥‥‥」

「先輩に仕事を頼むのもあんたの力を認めてるからだと思いやすぜ」

「今でも怒られるのに?」

「自分の部下に厳しく当たるのは上司として当然。まぁ仕事ができない鈴木先輩なら尚更でさァ」

「ちょっと!」

机をパンと叩くと沖田くんがまぁまぁと宥めた。いやあんたのせいだからな!部下のくせして生意気、私の知らないことばっか知ってるなんて。私ってこんな部下の教育係してたの?この一日で確実に沖田くんのイメージが変わった。能ある鷹は爪を隠す的なアレだと思う、うん。

「まぁ俺は有能な部下なんで、係長の苦労を先輩が知るこたァないでしょうけど」

「沖田ァア!」

ニヤリと笑って空になった缶をゴミ箱に投げる沖田くん。ゴミ箱に吸い込まれるようなフォームだったがシュートならず。カンッと軽い音を立てて床に落ちた空き缶。プッ、かっこよく見せようとしちゃって。カッコ悪〜。

「俺ァ、ペットボトル投げる方が上手いんで」

「いや聞いてないから」

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