土方さんはすぐに私たちの視線に気づいてこちらを見た。しかも坂田さんを見た瞬間、眉がピクリと動いたのを私は確認。みるみるうちに「何でお前がこんなところにいるんだ」とでも言うような機嫌の悪い表情になっていく。まだ書類が見つかったことも、坂田さんが届けてくれたことも知らない彼は自分のデスクではなくこちらへ自ら足を進めてきた。あぁ終わりだ、また言い合いが始まる。しかも朝や昼繰り広げたようレベルのものじゃないはず、あぁ逃げたい。近づく足音に思わず目をそらした。

「ヤッホー土方くん」

「何でてめぇがいる」

坂田さんはすべて状況を把握しているのでいつにも増して余裕だった。手をひらひら振って怪しい笑みを浮かべて土方さんをお出迎え。案の定、土方さんはチッと舌打ちをしながら坂田さんをギロリと睨み付ける。

「いやァ、サチコちゃんが探してた書類が土方くんからもらった書類に入っててさ。この書類、土方くんが今朝、サチコちゃんに頼んだものらしいじゃん?」

どういうこと?とニヤリ笑いながら坂田さんが沖田くんから書類をとって土方さんに見せつけた。つ、ついに来た‥嫌な瞬間が!土方さんを目の前に私は彼を直視できない。もういいよ土方さんのミスでもいいよ、揉め事だけは勘弁して。そう思ってるのに、

「今回のことは係長、いや事務課の信用を失う事態ですが部下を疑う前に自分の行動を振り返らなかったんですかィ?」

沖田くんが記者のようにボイスレコーダーを土方さんの口元に近づけている。お前、何しとんじゃァアア!ふざけてる!一人だけ超ふざけてるんですけど!良く見たらアレ、ボイスレコーダーじゃなくてフリスクだし!何考えてるんだ!新人社員の恐ろしさを目の当たりにする中、土方さんは状況が分かってきたのか眉間のシワが深くなっていた。坂田さんから書類を乱暴にとって確認。本当に土方さんのミスなのか、書類を確認するため伏し目になっている土方さんの顔をチラリと見る。

「‥鈴木、」

「は、はいっ!」

そして顔をあげた土方さんは真っ先に私を見た。何で私!?思わず肩がビクつく、視線が鋭い怖い助けて。震えた私の返事に沖田くんがこちらを見た。

「本当か、これは」

「‥えっと」

土方さんが書類をこちらに見せてそう聞いた。いやだから何で私!?坂田さんや沖田くんが冗談で言ってると思ってるのか。

「この書類が今朝、坂田に渡した書類に入っていたのか」

「‥‥みたいです」

「‥‥‥」

私の小さな返事に土方さんが少しうつむいた。そして書類をもう一度見て薄い唇を噛んだ。その姿を見ていたら何だかとても胸が締め付けられた。

「す、すみません‥あの、私が坂田さんにお渡しする前に中身を確認しなかったので、気づかず渡してしまいました」

土方さんのミスであることはほぼ確定だった。本人が認めなくてもその表情を見ればもう分かる。本来ならとっくに坂田さんに噛みついているもの。でも上司のそんな姿はずっと下についている部下としていたたまれなくて、庇うまではいかなくてもフォローはしようと思った。入社して3年、土方さんがこういう逆境に立たされるのを見るのは初めてだけどこれが嫌いだと言うことは嫌でも分かる。いや、こんな状況好きな人いないか。

「何で鈴木先輩が謝るんですかィ。悪いのは係長でしょう」

「そうだよサチコちゃん、かわいそうにー震えちゃってんじゃん。普段どんな教育してんのかねぇ」

訂正、こんな状況だからこそ喜ぶ人たちがいた。しかも目の前に二人も。二人とも私のフォローを根こそぎ抜いてゴミ箱に投げつけるように否定した。

「さァ、謝ってもらいやしょうかねぇ係長」

「俺、謝罪の王様みたいなフォームでやってほしいわ。あれ何だっけ、ど‥ど‥」

「土下座でさァ」

「あーそうそう、土下座。せっかくだからジャパニーズスタイルでやってほしいよね」

坂田さんと沖田くんはニタァと笑いながらポケットからそれぞれ携帯を取り出した。本当に何やってんだあんたらァアア!いい加減にしろ!

「ふざけんな!書類があったらさっさと仕事に戻れ、いちいち大袈裟に言うな」

するとそれまで黙っていた土方さんがキレた。まぁ当たり前だ、こんなふざけた人間に謝罪を強要されたら間違いなくキレる。が、そこで引き下がらないのがバカ二人(坂田&沖田)だった。

「係長、自分のミスを認めないんですかィ。このミスのおかげで鈴木先輩や周りの人間がどれだけ自分の仕事を返上したか分かってるんですかィ。朝鈴木先輩に指示した3時までに提出の書類を鈴木先輩は手付かずのまま。山崎先輩がほとんど一人でやってるんでさァ、鈴木先輩も山崎先輩も他に仕事があるってェのに係長のミスでほぼ残業ですよ。それなのに謝罪もなしで大袈裟扱いたァ見損ないやした、更に」

沖田くんの声が真剣だった。さっきのニセ記者とは違い、怒っているような表情だった。またふざけて土方さんをおちょくるかと思っていたので、驚いた。しかも結構正しいこと言ってる。残業なのは受け止めたくないから自分でも考えないようにしてたけど。バカなんて言ったけど訂正しよう。

「へぇ、さすが大型新人。エリート‥まぁ俺のエリートさには及ばねぇけど、上司にここまで言うたァ気持ちいいねぇ」

坂田さんも沖田くんに感心している。こんなこと大型新人でも言えない、沖田くんだから言えるんだ。

「‥‥‥」

私は恥ずかしかった。土方さんの顔色のことばかり考えて本当は悪くないのに自分が謝ったことを。教育係でありながら部下である沖田くんにこんなこと言わせてしまったことを。そして沖田くんが言うまで自分が間違っていることに気づかなかったことを。

日々社会人として生活していくうちに、社会とは理不尽なことばかりだと正しいことが分からなくなっていた。そしてそれが当たり前になっていた。あぁ、だから‥私みたいなのがいっぱいいるから、沖田くんが本社勤務になったのかもしれない。

「行きやしょう、先輩」

入社以来ナンバーワンであろう空気の重さの中、沖田くんが私を見てそう言った。行くってどこに?と思いながらもこの状況から抜けたい願望がハンパじゃない私はオフィスを出ていく沖田くんに続いた。心なしかその後ろ姿はたくましい。

「‥失礼します」

もちろん土方さんへの挨拶は忘れずに。とてもじゃにけど表情は見れなかった。

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