「サチコちゃ〜ん、いるぅ?」
坂田さんの甘ったるい声が私を呼んだとき、私はオフィスの端にあるゴミ箱の中に書類がないか確認していた。
「‥いつの間に清掃業者に転職したの」
そんな私に近づいてくる坂田さん。忙しいときに絡みが面倒くさい人が来たもんだ、それにこの状況で土方さんが帰ってきたりでもしたら最悪だ。何でこんなところに、しかも私に?
「どうしたんですか、わざわざ事務課まで」
ゴミ箱を置いて坂田さんと向き合う。私の問いに坂田さんは眉を上にくいっと上げて微笑む。私‥どや顔してなんて言ってないんですけど。
「これ、届けに来たんだよ」
そう言って坂田さんが差し出したモノは、
「こ‥これ!何で坂田さんが‥?」
なんと私が必死で探している紛失中の書類だった。困惑する私を見てさっきよりも笑顔になる坂田さん。
「朝、サチコちゃん書類渡しに来てくれたじゃん?そん中に挟まってた」
「‥え‥そうなんですか」
坂田さんから受け取った書類を見ながら今日の朝のことを思い出す。書類は土方さんから受け取って‥私が坂田さんに渡したよね?私は書類の中身を見ていないし、途中で散らばったとかそういうこともない。
「(‥土方さんのミス?)」
一瞬そんなことが頭を過った。土方さんが坂田さん宛の書類に入ってることに気づかないまま‥。いやでも土方さんだよ?そんな私でもしないようなミスしないよね。
「あ、ありがとうございます。これ探してたんです」
どんな経緯でこうなったかは知らないけど、とりあえず書類はあった。しかも坂田さんがわざわざ届けてくれるなんてビックリだ。
「そうなの?サチコちゃんが間違えて入れたのかなって思ってさ。届けたのがどこぞの係長だったらシュレッダーにかけてたわ」
「えぇっ!それは困りますよ」
坂田さんの言葉に本気で焦る私を見てケラケラ笑う坂田さん。笑ってるけど坂田さんと土方さんの関係ならやりかねない。冷や汗が背中を伝う、朝パシられて良かった。本当良かったァア!
「お忙しいのに、わざわざありがとうございます。助かりました」
「そんな畏まっちゃってー‥もしかして俺、サチコちゃんの救世主ってワケ?」
普段はチャラい坂田さんだけど、今回は本当に助かったのでもう一度お礼を言って頭を下げると、やっぱりいつものチャラい坂田さんだった。
「いやァ照れるなー、今夜ご飯でもどう?」
「‥話題が変わりすぎです」
「学生みたいにHKとかつければ良かった?」
「何ですかその一昔前の流行」
急に凛々しい表情を作り私を見る坂田さん。今さらそんな格好つけても遅いのに。
「あり。あったんですかィ書類」
そこへやって来たのは沖田くん。坂田さんにペコリと頭を下げると私の書類を覗き込む沖田くん。もうちょっと喜んだり安心してもいいんじゃないの?ビビってたの私だけ?
「沖田も探してたの、これ」
坂田さんが書類を見ながら沖田くんに尋ねる。
「係長が探せってうるせーんでさァ」
「…またアイツか。大変だねぇきみたちも」
「本当でさぁ、鈴木先輩言ったでしょう、俺は出したって」
やれやれ、みたいな表情の二人。何で意気投合してるの?
「何?土方くんがミスしたの?係長が?ヤバくない?あり得なくない?格好悪くない?ぐふふふ〜」
ここぞとばかりに土方さんを馬鹿にする坂田さん。ほんっと子供だな!これが営業のトップなんて、私は悲しいよ。
「‥‥‥」
本当に土方さんのミスなんだろうか。土方さんがミス‥少なくとも私がここに入社して一度もそんな土方さんを見たことがないので、全く想像がつかない。でも今朝のことを考えると土方さんなのかな?と考えてしまう自分もいる。戻ってきた書類を見つめながら私はしばらく考えていた。
「さっさと土方さんに渡しやしょう」
二人を放置して考え込む私の手から沖田くんが書類を取り上げる。
「謝罪もしてもらわねーとなァ」
そしてニヤリと笑う沖田くん。さわやかな顔には似合わないどす黒い笑み。謝罪って‥まさか、
「土方さんに謝らせるつもり!?」
「当たり前でィ。楽しい金曜日でさァ」
「俺も見てー!あの土方くんが頭下げるとこ見てー!何なら写真撮りてー!」
悪魔の計画に凍りつく私をよそに楽しそうだと勝手に話題に入ってきた坂田さん。あんたら何言ってんの?上司(坂田さんは同期だけど)に謝らせるなんて馬鹿じゃないの?しかもまだ土方さんのミスって決まったわけじゃないのに。第一、土方さんはそんなに簡単に謝らないよ、とくにあんたたち二人には尚更だ。
「い、いいじゃん!書類は見つかったんだし、土方さんのせいじゃないかもだし」
「あり?鈴木先輩だって本当は見たいんじゃないんですかィ?係長の土・下・座」
「(どっ、土下座ァア!?何考えてんだ新人!)」
「あの土方くんが謝罪なんてオリンピックより珍しいんだぜ?想像しただけで金メダルだわ、ぐふふふ」
「(とりあえずアンタは営業部に帰れ)」
全く何なのこの二人。書類が見つかって嬉しいはずなのに疲れてる、せっかくの金曜日なのに。はぁと小さくついたため息は二人の会話に消えていく。
――ガチャリ
そんなときだった、
「(‥げ!げ!げぇえぇええ!)」
土方さんがオフィスへ戻ってきたのは。
「鈴木先輩、ゲゲゲの鬼太郎ですかィ」