糖度は6% | ナノ

高杉 晋助


ザシュッ‥

後ろから聞こえた人の斬れる音。もう聞き慣れたはずのその音に反応してしまったのは、

「ぐっ、あぁ‥」

斬られたのがちよこだと分かったからだった。

「ちよこ!」

さらに倒れ込む音がして、俺の焦りは増して。目の前の敵へ思いっきり刀を振りかざす。今はてめェら雑魚とやりあってる暇はねぇ。早く、早く‥

「ちよこ!」

立っているのが自分だけになるのには時間はかからなかった。息を整えることもせず、ちよこに駆け寄る。

「‥‥ん、すけ」

俺の声にうっすら目を開けるちよこの顔は血まみれで、それが浴びた血なのかてめぇの血なのか分からなかった。でもそっと頬の血を拭った。

「優し、いね‥めずらし‥く」

数ミリ上がった口角、微かな声。お前だっていつも触るなとか憎たらしいくせに、珍しく弱気じゃねぇか。

「帰るぞ、もう用は終わった」

「かえり‥たい、けど‥むり」

馬鹿か、何が無理だ。お前が無理でも俺はぜってぇお前を連れて帰る、だから目閉じんじゃねぇ。

「仕方ねぇから担いでやる」

「‥おひめさ、まだっこ‥がいい」

「‥生意気なんだよ」

まだ体温のあるちよこを両手で抱えた。担ぐよりちよこの顔が見えるが、銀時たちに見られたらからかわれるだろうな。チッ、めんどくせぇ。

「しんすけ‥の鼻の穴、ちっさい‥ね」

「どこ見てんだ、馬鹿女」

死にかけの状態でも馬鹿は変わんねぇ。しかも何で笑ってんだよ、

「しんすけ、」

「‥何だ、」

「これ、あげる」

震える手で俺に差し出したものは赤い包み。きれいに包まれたそれは大きく破れていた。

「何だこれ」

「チョコだよ‥刺されたけど‥中身は、だいじょ、ぶだと思う‥」

「馬鹿か、何で今渡すんだ」

まるで最後に渡しておこうと言っているようなモンじゃねぇか。馬鹿は余計なことせずに運ばれときゃいいんだ。そんなの、最後に滑り込みで渡すようなモン、俺ァ受けとらねぇぞ。

「だって、バレンタインじゃ‥ん」

「んなの、あとからでいいだろう」

帰れねぇ可能性なんか考えるな。刺されたからって何だ、お前は俺の‥仲間だろう。こんなところで死ぬな。

「今じゃなきゃ、銀時たちには‥ないから」

「‥‥‥」

微笑んだちよこを見たら自然に足が止まった。そんな表情があること知らなかった。そして今知りたくなかった。

「晋助、ずる‥いとか、思わないでね」

「許さねぇ」

「しんす‥けがいけないっ‥んだよ、こんな‥ときにしか、やさしくしてくれない…から」

「てめぇもチョコなんか柄にもねぇことしてんじゃねーか」

「私は‥いつもと同じ‥ずっと、晋介が‥す‥」

振り絞るような声は途中で消えた。だらんと力が抜ける細い腕、閉じられた瞼。

「おい、ふざけんな‥」

「‥‥‥」

「ちよこ、目ェ開けろ!」

その場で大声を張り上げても、動かないちよこ。赤い包みを持った手も胸元に添えられたままで、

「‥っ、ふざけんな」

頬を熱いものが伝ってちよこが持つ赤い包みに斑点をつくっていった。何年ぶりに泣いただろう、涙は止まらなかった。

「俺は、お前も‥奪われんのか」

俺だけが生きる音がした。ざわざわと遠くで吹く風が、澄んだ夜空に浮かぶ月が、憎い。

支えているはずのちよこが消えていく、温もりも全部全部。

コトン、

屍の上に落ちた赤い包み。受けとれないまま、こぼれていったちよこの気持ち。

今拾ったってもう遅い。赤い包みは血に染まる景色に消えていった。




「‥って言う夢を見たから先に渡しておく」

「‥‥‥」

戦いの朝、真剣な顔で目覚め悪いよね、と俺にチョコを渡してきたちよこ。目覚め悪いだァ?こっちの台詞だ馬鹿女。

「私的には、晋助が泣くだけじゃなくて好きの一言でも言ってほしかったんだけど」

「夢に文句つけんな。俺はお前なんかのために泣かねぇ」

「うっわー冷たぁ、チョコもカチカチに固まるわ、ついでにそのかったいチョコで歯折れろ」

「そんなくだらねぇ夢忘れてさっさと準備しろ」

くだらねぇ?正夢になったらどうすんのよ!と一人騒ぐちよこを無視して俺は自分の準備をするために自室へ向かう。後ろから薄情者ー!と野次が飛んできたがこれも無視。

「‥俺がお前を死なせるかっつーの」

懐に入れた赤い包みに、笑みがこぼれた。



夢の中でさえ、素直になれない
(それでも背中を預けて)
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