糖度は6% | ナノ

桂 小太郎


「390円になります」

「ちよこ、今夜(バレンタイン)の予定は入っているか」

「390円になります」

「そうか、ならば俺と食事にでも行かないか?」

「‥520円になります」

「なぜ値上げしたのだ、箸代か?おしぼり代か?」

はぁ、とため息をついてこちらを見たちよこは呆れた表情をしていた。呆れ顔にため息とは‥接客に携わる者にあるまじき態度だぞ。

「‥指名手配とこんなところで仲良く会話なんかできるわけないでしょ、さっさとお金払ってよ」

辺りを警戒しながら小声でそう言うちよこ。貴様も元攘夷浪士であろう、コンビニ店員に転職してから俺を厄介者扱いするなど「さんびゃくきゅうじゅうえん、はやく」

「‥良かろう」

「何様?」

懐から出した小銭をちよこに渡すと、ピッピッと手早く会計をしてお釣りを俺に差し出した。

「ヅラには捕まってほしくないの、分かってよ」

ちよこがもう一度ため息をはいた。だがそれはさっきの呆れたため息とは意味が違う気がした。

「ヅラじゃない桂だ。それに俺は容易く捕まりはせん、だからこのコンビニに週5通うことも平気だ」

「こっちが迷惑だっつってんだろ。しかもバレンタインなんて浮かれてる場合じゃないよ」

「俺はちよことバレンタインを過ごしたいだけだ」

「‥だからそれが浮かれてんの、ホント馬鹿だな」

三度目のため息をはいたちよこ。後ろから客が来たのか、しっしっと追い払うジェスチャーをされたので仕方なく俺はコンビニを出た。

「ありがとうございましたー、」

背中で受けたその声もまた心はこもっていなかった。ちよこはやはり接客業は向いていない。



"桂さんおかえりなさい"

しばらく潜伏先として使っている空き家へ帰ってくるとエリザベスが出迎えた。

「やはり外は冷えるな。エリザベス、湯を沸かしてくれ」

"はい"

笠を外し部屋へあがる。コンビニの袋からさっき買ったインスタントのそばを2つ出して机におきながら、ちよこを思い出した。

いつもああやって素っ気ない態度ばかりだが、何だかんだ俺を心配してくれている。本音を言えばちよこも攘夷浪士として俺と一緒にいてほしい。あのときのように、昔のように。

ちよこは知らぬだろう、俺があのコンビニに通い続ける理由を。攘夷浪士として生きながら、追われいつ死ぬか分からぬ身でありながら、ちよこを護りたいと思っていることなど。

刀を握るこの手で護ることは出来ぬとも、遠くから見守り彼女の平穏な生活を祈っていることなど、

「‥知らぬであろう、」

"ちよこさんは、桂さんに愛されていますね"

エリザベスがやかんを持ちながらこちらへやって来てインスタントのそばに熱湯を注いでいく。

「愛など綺麗なものではない、これは俺のただの一方的な感情だ」

本当に彼女の幸せを祈っているなら、彼女には近づきやしない。会いに行ってわざわざ心配をかけたりはしない。

「結局は俺のわがままなのだ、彼女の生活を優先させることより、自分の感情を優先している」

"ちよこさんも桂さんのことを思っています"

そう言ってゴソゴソ、コンビニの袋に手を突っ込むエリザベス。

「エリザベス、箸ならあるものを使え。ほら台所にある‥」

エリザベスが手に持っていたのは箸でもおしぼりでもなかった。

「こ、これは」

コンビニスイーツの大福だった。俺がいつも買うスイーツではないか。だが今日は売り切れていて買えなかった。なぜ入っている?

大福には『捕まんなよハゲの小太郎』と書かれたメモが添えられていた。まさかちよこが予め買って会計のときに入れてくれたのか‥?

「‥ハゲじゃない。逃げの小太郎だ」

綺麗とは言えぬ殴り書きのような字には、ちよこの不器用な気持ちが素直に現れていた。

"桂さん、良い表情してます"

エリザベスのパネルを見て、初めて自分が微笑んでいたことに気づいた。

バレンタインなどに浮かれるなと言っておきながら、ちよこは俺のために‥。
駄目だ、こんなことをされてはまたコンビニへ会いに行ってしまうではないか。

"普段から会いに行ってるじゃないですか桂さん"

期待してしまうではないか、ちよこが俺のためにしてくれたと思うと。国を変えねばならぬのに、ちよこのことばかり考えてしまうではないか。
複雑な思いが絡み合うが、それでも心の奥はあたたかかった。

「‥エリザベス、今日は良い日だな」

"桂さん、これ賞味期限過ぎてます"



甘く溶けそうな恋よりも
(僕らにはこれくらいが合っている)
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