糖度は6% | ナノ

服部 全蔵


「ラブラブピッツァお願いしたいんですけど」

俺の職場で1日限定でバレンタインというイベントに便乗してハート型のピザを限定販売することになった。このラブラブピッツァは恋人だけではなく友人や会社の集まりでも人気なようで俺は朝から何枚もそれをあちこちに宅配していた。

最近は忍の仕事は無いに等しく、フリーターとして生活することが当たり前になりつつあった。だからといって恋人ができたわけではないので、バレンタインデーは無関係だが。つーかチョコよりボラギノールの方がありがたい。

「服部くん、宅配入ったよ」

ラブラブピッ‥以下略のおかげか店は1日中忙しかった。久々に疲れたな、なんて思いながら宅配から帰ってくると休む間もなく次の宅配が入っていた。時間的におそらく今日最後の宅配になるであろうラブラ‥以下略の届け先には見覚えがあった。

―ピンポ「忍忍!」

「いや意味分かんねぇから。何その挨拶引くんだけど」

チャイムを鳴らした瞬間、開いた玄関で手裏剣持っていたこの女は元お庭番州のちよこである。ぜってーこいつスタンバってたな、何してんだよ。スタンバってたの想像したら俺が悲しくなってきたわ。

「お主、忍であることを忘れたか‥!」

「何だよそのキャラうぜーよ、お前が忍を語るな」

「全蔵こそ、痔んじゃのくせして生意気」

「忍者だァア!痔とくっつけんじゃねぇ!」

へへへと笑うちよこ。いつ見てもこいつは変わらない。忍術が失敗したときも反省せずにそうやって笑って怒られてた。

「ハートピッツァ人気なんでしょ?」

「あぁ、まぁな‥って何勝手に開けてんだよ!」

一人、昔のことを思い出していたらちよこは勝手にフタを開けて中身の匂いを嗅いでいた。

「はひょー!いい匂い!全蔵が作ったの?」

「俺は宅配専門だ」

「ホッ。じゃあ痔は移らないね」

「移るかァア!何で胸撫で下ろしてんの!?」

相変わらずデリケートな部分グサグサ攻撃しやがって。こういうところも本当変わんねぇなこいつ。

「全蔵も食べようよ一緒に」

「アホか、仕事中だから俺」

さっさと金出せ、と手を出せばラッピングされたチョコレートを渡された。

「ハッピーバレンタイン♪」

「‥‥‥」

「全蔵って不細工好きだけど、そろそろ誰かと付き合った方がいいよ。私とか」

「あー、そうだな」

「えっ‥嬉しくない」

「何だよそれェエ!お前自分の言ったこと分かってる!?」

「だってそれ、私が不細工ってことじゃん」

「‥‥‥」

不細工じゃねーよちよこは。いつもヘラヘラ笑って俺の後ろについてくるちよこが可愛くねぇはずねぇだろ。でも、言えるかよ。

「好きなの?私のこと‥」

「さァな」

「全蔵の考えてること、全然分かんない‥あと目も見してくれないし」

「‥目は関係ねぇだろ」

急に重くなる玄関先。これが嫌だったんだよ俺は。仕事仲間かつ幼馴染みに想いを打ち明けたって待ち受けてんのはこういう現実。言わなきゃ良かったって後悔だけが残るんだろ、最悪。

「全蔵、」

「こっち見んな‥」

「嫌だ」

「‥‥‥」

「私、全蔵のこと好きだよ?だから、太るけどよくピザ頼むんじゃん、今日だってチョコ‥作ったんじゃん」

消え入りそうな声、泣きそうなちよこの表情に胸が押し潰される。好きとか簡単に言うなよ、俺がずっと圧し殺してきた感情をスラスラ言いやがって。

俺の理性ぶっ壊しやがって。

「‥っ」

目に涙を浮かべるちよこを見たら我慢できなくてぎゅっと抱き締めた。バサッとピザが落ちた音がしたけど知るもんか。チョコレートを片手に持ったまま、できるだけ強くちよこを抱き締めた。1日中駆け回って冷えた体に別の体温がじんわり伝わって、それがさっきまでの後悔と混ざりあって苦しくなった。

「全蔵、好きって言って」

「んなこと言えるか」

「‥私、言ったじゃん」

「‥‥‥‥、き‥だ」

振り絞って出した声は自分が驚くほど小さかったが、ちよこにはちゃんと聞こえたらしい。

へへへとあの笑い声が俺の胸の中で聞こえた。それは今まで一番近く、愛しい笑い声で。

「‥同僚も、幼馴染みにも戻れねぇぞ」

「いいよ。隣に全蔵がいればいいもん」

あたたかい吐息が服越しに伝わる。それが愛しくて、でも好きな女抱き締めながら気の利いたカッコいい台詞を考える余裕なんてなくて。

「(‥逆に何でこいつはそんな台詞言えんだよ)」

言葉にできない感情を、できるだけ抱き締める力に込めた。



不器用な愛と共に溺れて
(変わらぬ心で溶かすから)
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