近藤 勲
「近藤さん、」
いつものようにお妙さんから愛情(人は暴力と言う)を受けて屯所に帰ってくると、ちよこちゃんが出迎えてくれた。呆れを通り越してもはやスルーしていく隊士とは逆に、彼女はボコボコにされた俺を見ていつも苦しそうに笑う。眉が下がって困ったような表情で。
「今日はバレンタインだからスーツとか着たのにさ‥お妙さん恥ずかしかったのかなぁ」
俺の手当てをしてくれるのはいつもちよこちゃん。彼女は女中として働く傍ら、自ら俺の手当てをしてくれている。今までは適当にしていたからちよこちゃんが丁寧に優しく手当てしてくれるのは、とてもありがたかった。
「近藤さんのスーツ姿、素敵ですよ」
お妙さんとのことを話すときちよこちゃんはいつも目を細めて笑ってくれる。誰よりも俺の話を楽しそうに聞いてくれるのが俺は嬉しかった。お妙さんもちよこちゃんくらい温厚になってくれればなぁ‥いや、でもお妙さんはアレだから良いんだよな。全部引っくるめて魅力なんだ、うん。
「ちよこちゃんは、誰かにチョコ渡したのかい?」
「えっ」
一瞬、彼女の手が止まった。しかも目を見開いて俺をじっと見ている。マズイこと聞いちゃったか、と思っているとちよこちゃんは数回瞬きしたあとニッコリ笑って、
「皆さんにチョコケーキを焼きました」
と言った。たくさん焼いたんですけどあっという間になくなっちゃって。皆さん本当食いしん坊ですね、と嬉しそうに笑うちよこちゃんに俺の目尻も自然とさがる。
「でも近藤さんには特別に、用意してありますよ」
最後の傷口に包帯を巻き終えて、ちよこちゃんが懐から小さな箱を俺に差し出した。黒い箱に黄色いリボンでラッピングされていて、真選組カラーじゃん!と喜ぶ俺にクスクス笑うちよこちゃん。ていうか俺チョコもらえるの!?ゴリラとかおっさんとかけなされてるのに、こんな若くて良い子から個別でもらっていいのォオ!?
「近藤さんは大人な男性だから何を作るか悩みました」
嬉しくて泣きそうになりながら、不器用に包みを開けるとそこには生チョコがいくつか入っていた。
「別名ゴリラの鼻くそです」
「鼻くそが美味しそうだと思ったの初めてだなぁ!」
うわ、これ例え鼻くそでも嬉しいよ。俺の‥俺のためにちよこちゃんが作ってくれたんでしょ!?イケメン揃いの真選組の中で俺を選んでくれる女の子がいるなんて‥もうちよこちゃん人間国宝!決定!
「もったいなくて食えないなぁ、ちよこちゃん何で俺なかのために?」
「近藤さんのことが、好きだからです」
「‥‥‥え」
好きすきスキ?ちよこちゃんの言った言葉が理解できなかった。え、これギャルゲーじゃないよね、現実だよね?お妙さんにフラれて都合の良い夢見てるとかじゃないよねェエ!?
「え、ちよこちゃん‥えぇ?」
「近藤さんがお妙さん以外の人をすきになることはないって分かってます。だから、ここ(屯所)にいるときだけは近藤さんの近くにいたいんです。どんなひどい怪我をしてきても、私は待ってます」
ちよこちゃんが俺をまっすぐ見ている。その目はいつものように優しくもあり、強くもあり、悲しくもあった。ギャルゲーでも夢でもあり得なかったことが現実で起きている。
「ちよこちゃん‥あの‥」
「本当は言いたくなかったんですよ?近藤さん気にしちゃって逆に気まずくなるかなって。でも近藤さん私の気持ちに全然気づいてくれないから‥ちょっと悔しくて、」
口を尖らせてそう言うちよこちゃんの顔は真っ赤で、いつもの母性溢れる表情とはまた違う女らしい表情だった。そんな彼女を見て俺の中の血流が目まぐるしく回り始めた気がした。や、やべーよ!鼻血、鼻血出るゥウ!
「大丈夫です、近藤さんとこうしてお話したりできれば幸せなんで」
「ちよこちゃん‥!」
「何で泣いてるんですか、ほら傷口に沁みますよ」
「うぅっ、勲‥幸せ‥っ!」
「お妙さんに懲りたら、いつでもウェルカムです」
「‥え‥そ、それは‥」
「ふふ‥冗談ですよ、近藤さん真に受けすぎです」
「いや、でも第二婦人なら‥」
「近藤さん欲張りはいけません」
頬を膨らませて怒った表情を見せてから、くしゃっと笑うちよこちゃんに、マジで一瞬ドキッとしたのと鼻から流血したのは同じタイミングだった。
それぞれのバレンタイン(ここで一緒に笑えたなら)