糖度は6% | ナノ

山崎 退


「うわぁあぁぁあん!」

10分前、好きな人にチョコを渡してくると意気込んで走っていったちよこちゃんは泣き叫びながら帰ってきた。

せっかく化粧も着物も気合い入れてたのに、フラれたらしい。俺は良いと思うよ。かわいいよちよこちゃん。その一言が言えない俺はちよこちゃんの背中を擦りながら歩く。

お願いだからそんなに泣かないで、抱き締めたくなるだろう。きみのために抑えていた感情が溢れてしまうだろう。でもそんなことしたらきっときみを、ちよこちゃんを困らせてしまうだろう。

‥片想いって、辛いね。

「山崎、私諦めるよ」

「そっか」

歩きながら、やっと言葉を発したちよこちゃんはまだ泣いていた。俺はただ頷いた。嬉しくもなれなかった。だって俺のことを好きになる日はきっと来ないだろう?俺はずっとちよこちゃんの恋愛相談役というポジションから動くことはないのだ。悲しきかな、これが叶わぬ恋をした俺の運命。いっそのこと彼女を放って他の女を好きになれればどれだけ楽か。でもそれが出来ないのはちよこちゃんの隣にいたいから。恋人としてじゃなくてもいい、きみの隣にいれるなら叶わなくたって良いと思ってしまうんだ。末期だな俺。

「次は山崎みたい優しい人がいい」

「‥うん」

「そうやって話を聞いてくれて、いつもニコニコしてくれるの」

「うん、」

彼女は失恋する度に、同じことを言う。俺みたいな人が良いと。でもそれは決して俺ではない。あくまで"俺みたいな人"だ。これほど打ちのめされることはない。彼女の最大の罪である、その甘い毒が‥俺をどれだけ苦しめるか。

それでも俺はただ頷くしかない。俺にしておけよなんて言う勇気は持ち合わせていないから。

「これ、食べよっか」

ちよこちゃんが開けたチョコは大きなハート型。今時こんな形で渡す人いたのか、と少々驚いた。

「失恋に乾‥ぱい、っ」

「無理矢理明るくしなくてもいいって」

パキン、ハートをまっぷたつに割った音がやけに胸に響いた。ちよこちゃんもフラれたとき同じ音がしたのかななんて他人事のように考えながらチョコを受け取った。

「うー甘‥」

「牛乳ほしくなるね」

どろどろした甘ったるさが喉を下りていく。他人のために作ったチョコを食べる俺ってバカだな。美味しいなんて思うはずないのに。

「山崎、いつもありがとう」

「‥え」

頬の涙を拭きながらちよこちゃんがこちらを見た。ありがとう?

「山崎がいなきゃ私頑張れなかった」

「‥うん」

じゃあ俺がいなかったら頑張らないのか?俺は自分で自分の首を絞めてるってのか?

「山崎も素直になりなよ」

「‥は」

やけにスッキリ笑うちよこちゃんに呆気にとられた。素直って、そんなのなれたらとっくになってるよ。できないからこうしてウジウジしてるんじゃないか。

「山崎の気持ち、気づいてるんだ」

「‥えっ、」

俺の中で動いてるもの、全部が一瞬止まった、気がした。俺の気持ちに気づいてる?

「ごめんね、気づかないフリしてた。自分のことばっか考えて山崎が辛いこと分かってあげられなかった」

「‥何、言ってるんだよ」

何でそんな悲しそうに、申し訳なさそうに笑うんだよ。俺はこんなの望んでないよ、もっとキラキラした笑顔が見たいのに。俺のためなんかにそんな笑顔見せないでくれ。

「わたし、山崎のこと‥好きになる気がする」

「何それ」

「何だかんだ山崎といる時間が一番多いし、楽しいから。山崎の気持ちには気づいてたけど、そういう‥山崎といるときの自分の気持ちには気づかなかったんだよね」

そのチョコはフライングだね、口角をキュッと上げたちよこちゃんの可愛さったらない。

「だから、時間がかかるかもしれないけど待ってて」

「今さら急かすつもりはないよ」

だっていつか好きになってくれるんだろう?そんなの待つに決まってるじゃないか。

「ふふ、急に得意気ね。山崎見てたら失恋、乗り越えられそう」

「乗り越えた先で待ってるよ」



そして一番に抱き締めさせて
(俺はおかえりと微笑むだろう)
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