土方 十四郎
バレンタインデー。その浮わついたイベントに屯所は朝からいつもより増してうるさかった。
「モテる男は余裕ですねィ」
「うるせぇ、お前もじゃねぇか」
「俺ァ期日前投票だけで去年の数越したんでさァ」
「選挙かよ」
総悟が口の横にチョコをつけながら余裕の笑みを浮かべている。こいつ世の中のモテない男を敵に回したぞ、
「ちよこからは貰ったんですかィ」
毎年、懲りずに俺のために手作りチョコを持ってくるちよこ。自惚れるわけではないが、俺に好意があると誰が見ても分かるほどの肉食系女子で、例えるなら女版近藤さんだ。
女中という職業を利用し俺の部屋に出入りし、頼んでいない身の回りの世話までするちよこの存在は鬱陶しいこと山のごとし。だがちよこは俺が止めろとキレてもニコニコしている、何を言っても"土方さんのためです"とあっけらかんと言うので最近はもう俺も半分諦めているが。
「あ、土方さんおはようございます」
その日、食堂でちよこと初めて会った。カウンターの奥でせっせと働いていたので挨拶しか交わさなかった。
「土方さん、見廻りお気をつけて」
午後、見廻りに行く途中に庭の掃除をしているちよこに出くわした。いつもと変わらないその言葉、だが俺は少し気になっていた。
「(今日バレンタインデーだぞ)」
自分から言うのはアレだが、ちよこはここで働き始めてから毎年欠かさずチョコを俺に渡していた。目覚ましの隣に置いてあったり、食堂のカウンター越しから渡してきたり、しかも朝イチで。
もう昼過ぎてるぞ、忘れてるわけじゃないよなコイツ。いや別に期待してるわけじゃねぇよ俺甘いモンそんなに好きじゃねーしバレンタインなんてアホらしいイベントに舞い上がる歳でもねーし。
「♪〜♪」
でもいつもと変わらない様子で庭の掃除をするちよこを見たら何だかイライラして、少し焦る自分にもまたイライラした。ちよこだぞ、馬鹿と書いてちよこと読むような女のチョコひとつが何だよ、関係ねーし。
「(まだ半日あるか‥期待なんかしてねぇけど)」
1時間の見廻りだけで定食屋の女から寺子屋のガキにまで計12個チョコを貰ったが手放しに喜べなかった。隣の近藤さんに泣かれたから1個やったらもっと泣かれた。
「‥‥‥」
時刻は夜9時、バレンタインデーの男たちの醜い争いも落ち着き屯所にはいつもの夜が流れていた。
ちよこは未だにチョコを渡しに来ない。夕方、茶を汲みに来たときも夕食のときも、風呂上がりに廊下ですれ違ったときも。
「お疲れ様です」
いつものようにニッコリ笑うだけで、チョコを出す素振りすら見せない。時間が過ぎる度に俺のイライラはぐんぐん上がっていた。もうタバコ何本目だよ、畜生。
「土方さん、失礼します」
だから部屋にちよこがやって来たとき、俺は胸を撫で下ろした。やっと来たか‥別に待ってねぇけど!安堵を悟られぬよういつも通り書類整理をしながらちよこが部屋に入るのを確認した。
「これ、近藤さんから預かりました」
ちよこが差し出したのは1枚の紙。それを受けとるも、ちよこが次に何か出すような様子はない。それどころか、よいしょと立ち上がった。オイ、まさかこれだけか?紙切れ渡しに来ただけか?焦りは確信に変わっていく、
「ちよこ、今日何日だっけか」
「14日です、どうしたんですかいきなり」
「‥いや。何か忘れてねぇかお前」
「はっ!しゃべくり録画するの忘れたァア!」
青ざめた顔で部屋を出ていこうとするちよこ。いや違ェエ!
「土方さん‥?」
俺は反射的にちよこの腕をつかんでいた。
「‥忘れてんだろ、アレ」
「しゃべく「違ェよ、カタカナのほら‥甘いやつ」
自分からチョコくれなんて口が裂けても言えない。ていうか俺何でこんなに必死になってんだ。たかがチョコだろ‥ちよこなんて鬱陶しいんじゃねぇのかよ。
「カタカナで甘い‥?パルスウィート?」
「違ェ」
「ワンナイトラブ?」
「甘いかそれ」
「えぇー何ですか?しゃべくり終わっちゃう」
考えることが面倒になってきたらしい、お前俺のこと好きなんじゃねーのかよ。
「ヒント2ください」
「今日、何の日か忘れたのか」
「‥あ、バレンタイン?」
当たりともはずれとも言えない俺を見て、何だぁバレンタインですかなんてケロッとしているちよこ。もう渡し終えましたよみたいなその表情に嫌な汗が出る。まさか俺以外のヤツに渡したのか?
「正解ですよね?」
「‥あぁ、」
「よっし。じゃあしゃべくり見てきます」
「オィイイ!」
「まだあるんですか」
「いや、その‥今年は作らねぇのかよ」
「‥ふふっ」
ちよこは一瞬ポカンとしてから意味が分かったのか笑いながら自分の左胸をぽんぽんっと叩いた。
「土方さんと私、両思いだったんですね」
そして結局チョコは渡さないまま、満足げに出ていったちよこ。俺はわけが分からない状態。何で左胸叩いてんだよ、意味わかんねぇ。
愛はもう貴方の胸の中(私が忘れると思って?)