糖度は6% | ナノ

志村 新八


「好きな人が出来たの」

「え‥」

幼馴染みのちよこちゃんが恋をした。僕の知らない誰かに、頬を赤く染めて幸せそうに微笑んでいる。

「そうなんだ、相手は‥誰なの」

そんな彼女とは裏腹に、僕の中の何かがサァアッと冷たくなっていくのを感じた。目の前に座るちよこちゃんが、今までずっと当たり前に近くにいたちよこちゃんが、途端に遠い存在へと変わっていくような気がして、ざわざわと胸騒ぎが収まらない。

「‥‥‥」

何で?今までこんなことなかったのに。幼馴染みの恋は応援するものだろう?なのに、何で‥?

「(‥あぁ、そうか)」

ちよこちゃんが恋をして分かった、僕はちよこちゃんのことが好きだったんだって。渦巻いていく黒いものは彼女に好かれたいとか独り占めしたいとかその目を僕に向けてほしいとか、自分の自己中心的な感情ばかりで。冷静に受け止めたはずなのにそんなことしか出てこない。悲しきかな、そんな自分の気持ちに気づかされたのはちよこちゃんが僕じゃない誰かに恋をしてしまったから。

ちよこちゃんに好きな人ができなくて、僕もこの気持ちに気づかないままだったら幸せだったかな、幼馴染みの関係からは抜け出せないけど僕がこんなに苦しむことはないはず。

今までお通ちゃんやギャルゲーばっかりでまともに恋なんてしたかったことなんてない僕は、恋はおろか片思いなんて怖くてできそうにもない。

僕はいつまで経っても臆病者だ、こんなときでさえ自分のことしか考えられないし。

「新八、」

「‥ん」

「私ね、新八のことが‥好きなの」

「‥うん‥‥‥‥」

え、

「ぼく‥」

「うん」

‥ハァアァァアアアァア!?
受け止める気も応援する気もまだ起きないけど、やっぱりちよこちゃんの好きな人は知っておきたい。そう思って構えてたのに、何言ってるんだ。頭でも打った?

「私の好きな人は、新八です」

「え‥ぼく!?」

ついていかない頭の叫びにおかしくなりそうになりながら、自分を指差した。そして目の前の彼女はさっきのように顔を真っ赤にさせながら頷いた。えぇ、ちょ‥はぁああ!?

何で!何で僕!?ちよこちゃんの好きな人が僕だとォオオ!?

「ちよこちゃん‥なん、で」

「ごめん!困っちゃうよね、今までずっと幼馴染みだったのにこんなこと‥」

「いや、なんで…」

焦って目を泳がせる彼女と同じくらい僕も焦って困惑していた。こんな状況、誰が想像した?バレンタインだからって何か起きればいいとは思っていたけど、ちょ‥すげぇこと起きちゃったんですけどォオオオ!

「もしかしてずっと好きだったの?」

漫画とかによくある、本人は気づいてないけど実はずっと好きでしたパターンかなと一瞬考えた。

「ううん、違う」

「あ、違うんだ」

でも躊躇わず横に首を振ったちよこちゃん。そうだよね、彼女の好きな相手が自分だと分かったからって今のはちょっと調子に乗ってしまった。

「私、この間見たの」

こちらを見たちよこちゃんの目は潤んでいた。恋する乙女は美しいとは言うが、マジでその通りじゃねぇえかァア!ちょ、ホントに今日何なんだよ!

「‥な、何を?」

今まで何百回合わせてきたはずの目すらまともに見れなくて、耳がカァアと熱くなっていくのが分かった。心臓がうるさい、気持ちが抑えられない。

「映画」

「え、映画?」

「そう。完結編見たの」

思い出したようにキャーと手で顔を覆うちよこ。か、完結編?

「もう新八かっこよすぎるんだもん!登場して手当たり次第倒していったり、あの眼鏡あげるシーンとか台詞もいちいちかっこよかった!服も髪型も顔も違うから別人だったけど、あのツンツンキャラな感じすっごいタイプなんだー私!」

「‥‥‥」

アレ、何だろうこの冷めていく感じ。

「いまはいつもの新八だからあんまりドキドキ‥ていうか全然ドキドキしないんだけど、5年後はああなるんでしょ?先行投資だよねこれ」

「帰れェエエエエ!」

人の気持ち散々もてあそんどいてオチがこれ!?いやいやいや、ないでしょ!?しかも完結編の僕は僕であって僕じゃないようなモンだからねあれ!何が先行投資だよねこれ、だよ!ニヤニヤすんな!

「ねぇ、"貴様"とか"江戸に万事屋は二つもいらん"とか言ってよー」

「言うかァア!」



いつも通り、これからもきっと
(だからチョコなんてなくても)
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