もう誰にも邪魔させない
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「ど、どうしよう‥やっぱり行けない」


「えぇ、何で?」


江戸に着いたのは翌日の昼前。早くお母さんに会いたくて足取りが軽い私とは逆に、お父さんは病院前で一人あたふたしている。


「だって、18年ぶりに会うんだぞ。本当に新しい恋人とかいないんだよね、シワとかシミ増えてる?若い頃のナイスバディー面影なくなるくらい太ったりしてない?ちゃんとボンキュッボ「うるさいな!後半何気にしてんの?お母さんのどこに惚れてたの、見た目?」


気づかなかったけど、お父さんは意外と小心者だった。パトカーの中で色々話してくれたときは何て家族思いの強い男の人だろうって尊敬してたのに、今その尊敬してたはずの人は私の腕をつかんで涙目で一人騒いでいるのだ。やだ何この人おネエみたいなんだけど、京に帰すか。お父さんの前じゃ口の悪いところ見せられない、と静かにしていた私の本性も出てきてしまう始末。


「ちゃ、ちゃんと病室まで着いてきてくれ!あ、でも病室一歩入ってすぐ出る〜とかナシだからな、お父さんとお母さんいきなり二人っきりにしないでよ?小学生みたいにふざけ‥「あんたが小学生みたいなんだけど!」


お母さん、この人のどこに駆け落ちする魅力あったの?


「ほらー行こう、お父さん」


「‥ぐっ、お父さんとか言われたら揺らぐ!涙腺崩壊するから止めて、マナのそういう男惑わすところ母親譲りか「早く来いっつてんだろーがァア!」


ぎゃあぎゃあ騒ぐばかりで進もうとしないお父さん(と呼ぶのが嫌になってきた)の腕を引っ張り病院に入る。これでお母さんが会いたくなかったとか言ったらどうしよう、マジで京に帰ってもらうしかないか。そんなことを思いながら病室までずるずるお父さんを引っ張っていった。


「何号室?106とか言ってたよな?ここ102だからもうすぐだろ?ちょ、ストップ!人って字、手のひらに書いて飲み込ませて、真面目に!」


「‥あのさ緊張するのは分かるけど、せっかくお母さんに会うんだからかっこいい夫として会いに行きなよ」


病室の前までやってきてお父さんに深呼吸させながらお父さんを見上げる。ダメだ、もうただの軟弱男にしか見えない。父親って‥みんなこんなもんなのかな、と半分諦めながらドアをノックした。


「ひっ!」


「ちょっと、いい加減にしてよ。何でお父さんが反応してるわけ?」


後ろで落ち着かない様子のお父さんにため息をはきながらドアを開けた。お母さん、どんな顔するかな。お父さんほどではないけどやっぱり少し私も緊張して胸が高鳴る。10年以上ぶりに家族が揃う瞬間が‥もうそこまで来てるんだ。


「お母さん、」


病室の一番奥、カーテンをめくって中を覗くとお母さんがリンゴを食べていた。少し顔が痩せた気がするけど私を見てにっこり笑ったその笑顔はいつもと同じくらい元気で、私は心底ホッとした。ドキドキ高鳴っていた胸も少し落ち着いたように鼓動が安定して、あぁ良かったと思った。一時はどうなるかと思ったけど、やっぱりお母さんはお母さんだ。


そしてお母さんのベッドの隣で腰かけて山崎さんがいた。そういえば山崎さんは京にいなかった。しかも包丁片手にお母さんが食べているリンゴを剥いているようだった。


「マナもリンゴ食べるかい?」


私が誘拐されていたことを山崎さんは知らせていないのか、お母さんはいつもの調子でリンゴを差し出してきた。チラリと山崎さんを見れば彼は小さく頷いた。お母さんを心配させないように、あえて言わないでくれていたのかな。そう思ったら京まで助けに来てくれたりお母さんの様子を見ていてくれたり今回のことは真選組に本当にお世話になったんだと改めて実感した。


「お母さん、会わせたい人がいるの」


お母さん、きっとビックリするよ。心の中でそう付け加えながらふふと微笑む。


「彼氏かい?それならいいよ総悟くんだろう、今さら挨拶は良いって」


シャキッ、とリンゴを食べながら面倒くさそうにしっしっと手を払う仕草をするお母さん。いや何で彼氏が沖田?何でお母さんはすぐ沖田に持っていくんだよ!ていうか数日前に意識なくなった人間ってこんなに回復するの早いっけ?いつも通りのお見舞いみたいなんだけど!?とキレそうになるもここはぐっと堪える。感動の再会シーンだ、娘がロマンチックに演出しないと、うん我慢だ。


「違うよ、もっともっと良い人!」


「誰よ。ハッ‥まさかAIBOの!?」


リンゴを食べる手を止めたお母さん、やっと真剣になった。残念ながらAIBO俳優じゃないけど、お母さんにとってはAIBO俳優よりも、誰よりも会いたかった人だよ。私はまだ閉まっている部分のカーテンをシャアアッと一気に開けた。いざ、再会!


「じゃーんっ、おとう‥「おい山崎、俺にもリンゴ寄越せィ」


お父さんと言い終わる前に被さった声は、お父さんではない。え?と思って後ろを振り向くと、


「やっぱり総悟くんじゃないかい。今さら交際許可なんていいのに。ていうか総悟くん、この子うるさいからどっか連れてってあげて」


お父さんがさっきまでいた場所に沖田が立っていた。あんぐり開いた口が塞がらない私の口に山崎さんからもらったリンゴを詰め込む沖田。


「ほ、ほはへはひひほんひゃァアァアァァア!(お、お前何しとんじゃァアァアァァ!)」


お母さんはがっくりしたように肩を落としている。山崎さんも苦笑いで私を見ている。ち、違うんだってば!お父さん、お父さんいるんだって!京から、色々あったけどお母さんに会いに来たんだって!今から感動の再会なんだって!ていうかあのクソ親父はどこ行ったんじゃァアアァア!


「トイレだとよ、お前の前フリが長いんでぃ」


「いやだからって何で沖田がいるわけ?」


とりあえず口の中のリンゴを食べながらお母さんに聞こえないように小声で耳打ちする、沖田がそこにいたことによって違う意味で面倒くさい状況になったでしょうが!お母さん、沖田のこと私の彼氏だと思ってるんだよ?


「ゆみ」


この状況、どこから片付けようかと思っていると背後から聞こえた声。ハッとしてその声がお父さんで、その呼ばれた名前がお母さんのことだと気づいたとき、私は固まった。


「‥ゆみ」


「‥五郎さん、っ‥?」


いつの間にか出現したお父さんが驚きのあまり震えるお母さんにゆっくり近づいて行く。お父さんは私に微笑んだようにお母さんにも優しい笑みを浮かべている。空気を読んだ山崎さんがそっと立ち上がってカーテンの外に消えた。私はその様子を固唾を飲んで見守るように見つめた、でもやっぱり緊張して心臓がバクバクうるさい。お母さんは驚きと感激ですでに涙をボロボロこぼしていて、私の視界も一瞬にしてぼやけてしまった。


「‥ゆみ、ただい、ま‥」


お母さんの近くまでやって来たお父さんは震える声でそう言うとお母さんの手をそっと握った。


「あ‥あぁ‥どうして、っ」


お母さんの泣き声がこぼれたと同時にお父さんがお母さんを抱き寄せて。二人の涙声が病室に響いた。もちろん、私も涙を流しながら二人を見つめた。こんなにも嬉しくて心が鷲掴みにされるようなことがあるだろうか。二人の抱き合う姿にどうしようもないくらい愛しさが込み上げて、そんなときだった。


「っわ!!」


隣にいた沖田が私の腕を掴んでカーテンをシャッと閉めるとそのまま病室を出たのだ。ちょ、まだ再会したばっかりじゃん、お父さんとお母さんと一緒に話したいんだけど!と思いながら声に出すのはマズイととりあえず黙って沖田にずるずる引きずられた私。


「ちょ‥沖田!」


病室を出たところで、腕をふりほどく。


「お前、あの二人の気持ちも考えろよ。十何年ぶりに会えたんだぞ、娘ならちったァ気効かせろィ」


「だ、だって!私も十何年ぶりじゃん!」


呆れ顔の沖田に返す言葉が見つからなくて子供のようなことしか言い返せない自分が情けない。


「ずっと会えなかった親御さんの気持ち、娘が分かってやれねェでどうすんでィ」


「‥それは、っ」


沖田が首もとのスカーフを緩めながらため息をはく。ムカつく‥沖田の言ってることが大人で、ごもっともで、それに何も言えない自分がムカつく。


「それにおふくろさんも言ってただろィ、お前ブサイクでうるさいからどこか連れてけって。とりあえずこれで顔拭け」


「ブサイクとは言ってねーだろ!」


私が泣くと沖田がスカーフを貸してくれる、当たり前のようになったこの行動。それを断れない私は、沖田の優しさを受けとりたいと思っていることになるの?沖田の不器用な思いやりを私は‥嬉しいと思ってるのかな?


「夫婦水入らずにさせてやれ、お前は俺が構ってやらァ」


「はぁ?子供扱いすんなバカ沖田!」


べーっと舌を出せば沖田がぷっと吹き出す。何だかバカにされているようでスカーフを握る力をぐっと込める。


何で沖田はいつもこう余裕なんだ、何で私ばっか焦ってるんだ。


「どっか飯食いに行くか、ん?」


携帯で時間を確認してこちらを見た沖田は薄く微笑んでいた。何で私ばっかり、


「‥奢ってくれるなら行ってやってもいい」


何で私ばっかり、ドキドキしてるんだ。


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