親の馴れ初め話は恥ずかしい
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「さぁ、出発しようか!」


土方さんと話し終えた近藤さんがパトカーに乗り込んできたとき、沖田も一緒でエンジンがかかると車内はたちまち賑やかになった。


さっきの沖田の捨て台詞がまだ頭を支配している私はまともに顔を上げられなくて、まだ残っているお弁当箱をぎゅっとつかむ。


何でだ、何でこんなに胸がざわつく。沖田の言葉に胸が高鳴って苦しくなる?何で、沖田なのに。何で‥


「マナ、大丈夫か」


お父さんの心配そうな声が混乱する頭に入ってきて、ハッとして顔を上げるとお父さんが私を覗き込んでいた。その表情がとても真剣なせいか、自分の考えていたことがちっぽけに見えて大丈夫と頷く。チラリと見た助手席には沖田がいて窓の外を眺めているのか顔はこちらを見ていなかった。


「お母さんに会う前に、話しておきたいんだ」


パトカーが出発するとお父さんが不安げな表情で頷きながらそう言った。話しておきたいこと、それはきっとさっき私が遮ったことだろう。


「こんな形で話すことになってしまってすまない。私はきみの父「待ってください」


お父さんとお母さんに何があったか、どうしておじいさんがこんなことをしたか。


「‥うん、」


さっきはお母さんのことが心配で、お母さんのことしか考えていなかったけど、お母さんの容態が安定していると聞いた私の心は少しだけ余裕が出来ていて、今からお父さんから聞かされる話がその余裕で全て処理出来るわけではないけれど、聞かなければいけないと思った。


自分が生まれた理由、とまではいかないかもしれない。でもきっと大きなことが待っているんでしょう?


「マナがどこまで知っているかは知らないが‥お父さんとお母さんは昔、駆け落ちしたんだ」


「‥っか、駆け落ち!?」


驚いたのは私‥ではなく、パトカーを運転していた近藤さんだった。キィィイっとパトカーが急ブレーキ‥いや何であんたが驚いてんだァ!


ブロロン‥


「す、すまない‥続けてくれ」


そう言って近藤さんがエンジンを切った。オイィイイ!近藤さん聞く気満々じゃねーかァア!


「私は、京一弁当の跡取りとして生まれ育った。お母さんも京の出身なんだよ」


「え、そうなの?」


近藤さんに触れずに話を再開させたお父さんは一語一句丁寧に話していくけど、そのどれもが衝撃的で。お母さんが京の人だなんて初めて聞いた。


「ウチは習わしやしきたりを重んじる厳格な家庭でね‥さっきの父を見れば分かると思うんだけど。裕福な家庭じゃないからって、家に嫁いでも自分達には良いことがないっていうだけの理由で、お母さんとの交際を反対した。それだけじゃなく父は私に縁談やお見合い話を持ってくるようになってね、でも私はお母さんと結婚したくて。若気の至りみたいなんだが‥お互いの少ない貯金を切り崩して江戸へ逃げたんだ」


「‥‥‥」


自分が思っていたよりもすごい展開に私は話に着いていくのが精一杯だった。駆け落ちってそんなドラマみたいなこと本当にあるの、しかもお母さんとお父さんが‥。


「あいうえお弁当には上京してすぐ出会った。店主のおじさんがいい人でね、事情を話したら俺たちを受け入れてくれた。私はそこで料理はもちろん料理以外の大切なことも学んだ」


お父さんは目を細めて微笑んだ。それに心がとてもあたたかくなって、おじさんとのことを思い出しているであろうお父さんの続きを私はじっと見つめながら待った。


「おじさんは儲けより買ってくれる人の笑顔やその人たちとの関係を大事にしていた。そんな姿を見ていたら今まで自分が生きていた世界がどんなにちっぽけで脆かったかって‥そう思ってね。おじさんの背中をみながら俺もこんな人になりたいと、料理を作る本当の理由っていうか、おじさんは私に本当の志をくれた大切な恩師さ。お母さんとの結婚の証人もそのおじさんなんだよ」


あいうえお弁当にそんな人がいたなんて知らなかった。今までお母さんの前に働いていた人がいたことは知っていたけど気になったことはなかったけどそんな素敵な人がいたんだと思ったら何かとても複雑な気持ちだった。私はその人みたいに、来てくれるお客さんに対して気持ちがあるかって。笑顔のために、あいうえお弁当の看板を背負っているかって。そんな真剣なことを考えてしまった。おじさんにとってそういう特別な場所で私は当たり前のように毎日いる、何も考えずに。そう思ったら、申し訳ない気持ちがどんどん大きくなっていく。


「マナが生まれたときもすごく喜んでくれたんだ。おじさんには子供がいなかったから私たちを我が子のように大切にしてくれたし、マナのことはもう、本当のおじいちゃんみたいに溺愛してたよ。一時期はマナをだっこ紐でおんぶしながらコロッケ揚げてたんだから」


「えぇっ…!」


まさかおじいさんと自分の間にそんなエピソードがあるとは思っていなかった私は、驚いて大きな声を出してしまった。すかさず助手席の沖田が自分の耳を塞ぐ。何だそれ、うるさいってか。


「おじさんも含め本当に幸せな家族だったよ、でも」


「‥でも?」


お父さんの話す幸せそうな笑みが消えて、胸がざわつく。そんな幸せだったのに何があったんだろう。私の脳裏に浮かぶのは私を誘拐したおじいさん、あの人とお父さんとの会話に気になる言葉がいくつもあった。きっとあのおじいさんが関係してるんだろう、


「あれはマナが一歳になる少し前のことだった、」


そう言って話し始めたお父さんは眉をひそめながら遠くを見つめていた。


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