アジフライ弁当の秘密
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京一弁当は京にある老舗の高級弁当屋(11話参照)なので、私は京まであのおじいさんに連れて来られたらしい、大きな屋敷を出て江戸へ向かうためパトカーに乗り込むときに見た京の町は現実味がないほど綺麗で圧倒された。


そしてたくさんのパトカーがある中、私とお父さんが乗り込んだのは、


「どうぞ、マナちゃん」


近藤さんが運転するらしいパトカーだった。近藤さんがドアを閉めて外にいる土方さんと何やら喋っている間、静かな車内で待たされるのは何だかとても緊張した。今まで一気にいろんなことが起きすぎてわけわかんなくなってたけど、よく考えても‥やっぱりよく分かんないや。それは隣に座るお父さんも同じらしい、いやお父さんって呼ぶのもまだ慣れないな。お父さんの明らかに緊張している表情がこちらまで伝わってきて、運転するのが近藤さんみたいに明るい人で良かった思った。


土方さんだと空気を読みすぎて静かに江戸まで突っ走りそうだし、沖田だったら何となく嫌な予感するし、山崎さんは‥普通に嫌だし。


京から江戸まで結構あるけど何時間くらいかかるんだろうとお母さんを思い浮かべながら考えていると、何やらムシャムシャと音が聞こえてきた。何だろうとふと車内を見渡すと、


「えぇ!お、沖田!?」


助手席に当たり前のように沖田が座っていた。いつからいたの!?私が乗ったときいたっけ!?あまりにも普通に座っているのでもう幽霊とか座敷わらしとかそういう怖いレベルなんだけど。しかも何やらお弁当をむしゃむしゃ食べている。あーさっきのムシャムシャって食べてる音ね、なるほど‥‥ていうかそれ絶対、京一弁当のだよね?しかも助手席って運転する気ゼロじゃねーか。何一人だけ普通に京を満喫してるんだよ、修学旅行か。


むしゃむしゃ、


「‥‥‥」


ぱくっ、んぐもぐもぐ、


「‥‥‥」


静かな車内、いつもみたいに沖田と喋れないのはお父さんがいるから。父親とはいえ初めて会ったなんて普通じゃあまりないし、どう接しればいいか分からない。よっていつもの口が悪いキャラが出せない。そんな下品なこと言う娘だったなんて‥!とか幻滅もされたくない。そう思えば思うほど空気が重く感じて、沖田がお弁当を食べる音だけが存在しているようなものだった。


いやいや‥何で親子二人で沖田の食事を見守らなくちゃいけないんだ。そしてなぜ沖田はこんな状況で普通に食事ができるんだよ!


「藤堂、」


「「はい?」」


それからしばらくしてお弁当を食べ終わったらしい沖田がこちらを見た。そして返事はふたつ、まぁ当たり前か‥今ここに藤堂はお父さんと私、二人いるんだから。


「いや、不細工な娘の方でさァ」


「…っぐ!不細工っているかな!」


あくまで口の悪い部分を出さないように、でもムカつくものはムカつくので静かにキレる。すると沖田が弁当を差し出してきた。もう食べ終わったと思っていたそのお弁当はご飯からおかずまできれいに半分ずつ残っていた。さらに初めて見た京一弁当は見るからに高級そうで、自分が普段見ている自分の家のお弁当とは比べ物にはならないものだった。いや‥老舗の高級弁当をウチのと比べちゃいけないけど。ニンジンってこんな鮮やかなオレンジ色してる?お弁当箱にこんな良い匂いする木箱使う?お弁当食べるの割り箸じゃないの?


「腹減ってるだろィ、食え」


「えっ、」


しかも沖田はこのお弁当を私にくれるらしい。だから半分残してくれたの?意外な優しさを見せられてポカーンとしているとほぼ強制的に渡されたお弁当。両手で受け取ったのは美味しそうなアジフライ弁当。え、アジフライ弁当?


「それは‥俺があいうえお弁当で働いていたとき、店主のおじさんに初めて教えてもらった弁当なんだ。思い出の弁当だから‥こっちで商品化したんだよ」


「‥え、」


お父さんがとても嬉しそうに、少し恥ずかしそうに私のお弁当を見ながら話してくれた。私はそんなお父さんの話に開いた口が塞がらない。お父さん、あいうえお弁当で働いてたの?おじさんって誰?それにこのアジフライ弁当って‥


「あーなんか2位の弁当、ここのと似てるなって思って見てやした」


「私もそれは思ったよ、なんとかなんとかっていう店のアジフライ弁当」


「たしか‥京一弁当ってとこでさァ」




あの日(11話参照)、沖田とのり子さんが話してた内容が頭にフラッシュバックして鳥肌が立った。ただのアジフライ弁当だと思ってたのに‥お父さんとお母さんの思いが詰まってたってこと?でももしそれが本当なら似てるって言われるのも納得できるかもしれない。


お父さんとお母さんに何があったかはまだ分からないけれど、このお弁当には、アジフライ弁当には特別な思いがあるってことだよね。


「い、ただきます‥」


小刻みに震える手で箸を握り、半分になったアジフライにかぶりつく。久々の食事、初めて食べるアジフライの味は、


「うっ‥ひっ、く」


涙で分からなかった。お父さんがどんな思いでこのお弁当を作ってきたか、お母さんがどんな思いでウチのアジフライ弁当を売っていたか。そう思うと感情が溢れ出してきて止まらない。


「藤堂さん、こういうときは"アジフライの味はどうだ?味だけに"って聞かねェと」


「えっ!?」


私の涙声だけが聞こえる中、助手席の沖田がぼそっと呟いた。さん付けされたのでお父さんが反応して、しかもビックリしている。そりゃそうだ、あんた何言ってんの、この状況で。何ダジャレ仕込んでんの、この状況で。でも沖田は気にせず続ける。


「…最近、こいつ泣いてばっかなんでさァ。父親なら娘のこと笑わしてくだせェ、超絶ブサイクなスマイル見られやすぜ」


「ちょ!お、きたっ‥!」


思わずお弁当を食べる手が止まる。何言ってんだァア!と口の中のアジフライでむせそうになるのを必死に抑えながら沖田の名前を口に出すけど全く反撃になっていない。だって私の中ではムカつく感情より恥ずかしい気持ちが溢れていて、沖田の台詞に不器用な優しさが溢れているのが分かったから。沖田がこっちを見ていなくてよかった、今の私はきっとブサイクよりもヒドい顔をしている。


「‥あんたの娘の笑顔、結構くせになりやすぜ」


そして沖田はちらり横顔を見せながら、そう言うとパトカーを降りてしまった。


「「‥‥‥」」


バンッとドアの閉まる音がして、またやってきた静寂。私は固まったまま。耳にまで心臓の鼓動が響くのは、箸を握る手がやたら熱いのは、沖田の横顔が薄く微笑んでいたから。


あんな優しい表情できるんだって、そう思うのが精一杯で。うつむいて残されたお弁当に視線を落とすけど、


"あんたの娘の笑顔、結構くせになりやすぜ"


その台詞がいつまでも頭で繰り返し聞こえてしまって。


「‥‥‥」


あぁ、どうやってもこの心臓の音はごまかせそうにないです。


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