強く逞しくあれ
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「ねぇねぇおかあさん、マナにはどうしておとうさんがいないの?」


「お父さんはね、マナには見えないかもしれないけど、ちゃーんとマナのこと見守ってくれてるんだよ」



幼い頃から、私の家庭に父親という存在はなかった。成長するにつれて父親は死んだとか、他の女の人と結婚したとか、色々な可能性を考えるようになったけれど幼い頃はまだ父親のいない理由が分からなかった私はしょっちゅう、お母さんにそう聞いていた。両親と手を繋いで楽しそうに歩く友人を羨むこともたくさんあった。


今思えば、他の家庭を羨ましがる私が父親のことを聞くたびお母さんは困ったような笑顔をしていた‥ような気がする。


「‥その子は、」


私を不思議そうな眼差しで見つめる男の人をお父さん、と呼ぶべきなのか。おじいさんを父上、と呼んでいるから、私たちが親子であることは分かったけれど、だからといって親子らしく振る舞えるわけがない。私はただ父親、を見つめるしかできなかった。


「五郎、お前の娘だよ」


どんな感情も出ない私とは裏腹に、おじいさんは楽しそうだった。まるで私の驚く顔が見たいというような期待を込めたその笑みに冷や汗が伝う。


「なっ‥!」


そして驚くのは私だけではない。私の父親は目をかっぴらいて驚いている。何か言いたいのか、言えないのか口がパクパク開いている。恐らく後者だろう、そんな父親と目が合って私は実に複雑な気持ちだった。聞きたいことはたくさんあった、でも今はこの人が父親だと理解するのだけで精一杯で。


「父上‥どういうことですか、どうしてマナがいるのです!縁を切れと言ったのは貴方でしょう」


お父さんはおじいさんみたいに声を荒げることはしなかったけど、声は震えていた。表情もおじいさんを睨むような怖い顔つき。静かで重い空気が流れる。


縁を切れ‥ってどういうこと?


「私だってあの女の娘なんぞを家に入れるなど真っ平御免だ‥お前がしょうもないことで怪我をするまではな。その手が料理人として使えなくなった今、京一弁当を継ぐのはこの娘しかおらんだろう」


「だからって‥この子には何も関係のないことでしょう!」


「関係ないわけなかろう!お前がしでかした罪はこういうことなのだ、どこの馬の骨かも分からん娘と関係を持ち、父親に逆らった罰だ」


私を挟んで二人の言い合いが始まった。いつのまにかお父さんも怒声を発し、おじいさんは杖を振りかざす始末。ぎゃあぎゃあ罵声が飛び交う中、私はもう限界だった。


「第一、お前が20年前「アァアアァアァア!」


布団をめくりあげて叫ぶと二人の言い合いがストップ。自分でもビックリするほど大きな声だった、と思うも私の怒りはそれ以上だった。もう我慢できない。


「大人がぎゃあぎゃあ赤ん坊みたいに喚いてうっさいわ!あんたらの事情なんて知らないよ!勝手にこんなことして、迷惑もいいとこだ!いい?私のお母さんは今‥病気で大変なの!お母さんの近くにいたいの!お店のこともあるのにこんなことに巻き込みやがって!とくにジジイ!あんたそんなに叫ぶ元気あるならお前が弁当作れよ!」


「「‥‥‥」」


一気に喋ったせいで息切れが半端ない、けど心は少しスッキリしていた。おじいさんもお父さんも唖然とした表情で私を見ている。フンッ、何だその顔は。また無礼とでも言うか、あぁん?


「‥父上、この子はまだ何も知らないんですよね」


するとお父さんがおじいさんに消え入るような声で確認するように口を開いた。


「‥母親が話していなければな」


おじいさんは目を合わさずに不満げに答えた。そのやりとりがまた鼻につく。何よ、私に何か隠し事してるの?ただでさえ父親出現で度肝抜かれてるんですけど、これ以上何を抜かれればいいんだ。


「もう話すべきでしょう、こんなに大きくなって隠していられるのも時間の問題です。きっと彼女自身も知りたいはずです」


さっきまで言い合いをしていたのに、お父さんは低姿勢でそう述べるとその場で座り直して私の方を向いた。近い距離、改めてよく見る父親の顔は緊張した。私の父親が、この人‥


「マナ、」


ふわっと微笑んだお父さんの笑みに体が震えた。目尻のシワが深くなって眉と目が寄る、とても優しい表情だった。隣のくそじじいの子供とは思えないほど‥私の父親とは思えないほど。


「こんな形で話すことになってしまってすまない。私はきみの父「待ってください」


私の言葉にお父さんが不思議そうに私を見た。きっとこの人は、お父さんは、私が18年間知りたかったことを‥18年間知らなかったことを今から話すつもりだろう。お母さんとの間に何があったか、どうして父親として傍にいなかったか。


…でも、でも今は違うんだよ。あれだけ知りたかった、羨ましいと憧れた父親の存在は今の私にとって‥大切なことじゃない。


だって、だって…そうでしょう?今の私に一番大切なことは、


「おかあさんはマナのことすき?」


「だいすきだよ、マナはお母さんのこと好きかい?」


「うん、だいだいだぁいすき!」



今まで愛情を捧げて育ててくれた、お母さんだ。お父さんにどんな事情があろうと私たちと距離を置いて暮らしていたことは事実で。それがどんな事情であろうと、今の状況でお母さんを差し置いていいものではない。


「貴方たちの事情ばっかりで振り回さないで!どうして黙って連れてくるの!?何で18年間姿も現さなかったのに急に出てきて勝手に話そうとするの!?私やお母さんのことも考えてよ!」


そう叫んで私は立ち上がった。こんなところいられない、早く早く‥お母さんに会いたい。お母さんのところに行かなくちゃ、


ジャリ、


「な、にこれ‥っ」


歩き出そうとした足が鉛のように重かった。不思議に思って下を見れば、自分の両足が鎖に繋がれている。とてもじゃないけど歩ける状態じゃない。怖くなって顔をしかめれば、おじいさんがニヤリと笑う。


「言っただろう、貴様はここから出られない。京一弁当の血を引く者の定めじゃ」


「ふざけん‥っ!」


どこまで腐りきってるんだと怒りが込み上げる中、冷たいものが足に当たった。それは鎖の冷たさではない、刀の刃。ギラリ光り足に当たるそれに思わず体が固まる。


「足を切断するのも良いな。それこそここから出られなくなるぞ」


「父上!」


刀はなんとおじいさんの杖だった。杖が鞘になっているらしい、嫌な冷たさが足から伝わる。そんな凶器を忍び込ませてたなんて‥このおじいさんの計画性が見えて怖くなり、背中に汗がツーッと伝った。そしてそんなおじいさんをお父さんが止めようとしたときだった。


スパァアンッ―!


いきなり部屋を囲む全部の襖が一斉に開いたかと思えば、そこには黒ずくめの集団が部屋を囲むように立ち塞がっていた。しかもそれは懐かしい顔ぶればかりで、


「う、そ‥」


刀をあてられている恐怖と戦いながら音のしたほうへ顔を上げると部屋を囲むように立っていたのは真選組だった。皆がこちらを見るその景色に刀を向けられている状況を忘れて鳥肌が立った。そして腰の刀に手を添える沖田が一番近い襖の前に立っていて。とても久しぶりに感じる再会。胸が高鳴る、無に近いヤツの表情にどうしてか安心して視界がぼやける。あぁ、何で‥私こんなに泣き虫じゃないのに。


彼らが、沖田が来てくれたことが嬉しくて心が震える。真選組ってこんなに、こんなにかっこよかったっけ。


「‥その女に触るんじゃねェ」


そして沖田が刀を抜く冷たい音が、静かな部屋に響いた。


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