事件は現場ではなく11話で起きている
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「‥ん、」


目を覚ますと見たことのない景色が広がっていた。どこだろう、と記憶を呼び覚ましてみるけどダメだ‥見覚えのあるものがない。


もそっ、


身動きをとればどうやら私は寝かされているようだった、体にかかっている布団はもちろん自分のものではない。ますます謎だ、私なんで寝てんの?


「藤堂、」


そのとき頭に響いた声に、ハッとした。そうだ、私‥沖田と病院にいたんだ。お母さんの意識がなくなって、それで沖田に‥


抱き締めてられたんだよ、信じられないけど。蘇ってきた記憶に恥ずかしくなりながらも頷きながら、自分の今現在の状況にどうにか結びつけようと上半身を起こして辺りを見回す。


「‥な、んですかここ」


だがそれはできそうになかった。私が寝かされているのは畳だけが永遠に広がっている部屋。運動場(部屋):石ころ(私)くらいの比率で広い‥いやそれは言い過ぎかもしれないな、でもそれくらいとにかく広い。


しかも部屋を囲むのは襖。すべて閉まりきっているので周りに他の部屋があるのかは分からないけど圧迫感がすごい。ついでに言うけどこんな場所知らない。


いやいやおかしいよ、私病院にいたはずなのに‥!こんな部屋いつの間に来たっけ?ていうか今何時?お母さんの様子見に行きたいんだけど!


溢れる疑問たちはただ広い部屋に落ちるばかりで、解決のヒントすら出てこない。必死にここまで来た記憶を辿るけど、私の記憶は沖田からもらったオレンジジュースを飲んでから眠ってしまったところでプツリと切れている。いや‥何その酔っぱらいみたいな台詞。私オレンジジュースで酔ったの?記憶なくしたの?いやいやジュースで?ないでしょ‥いや待てよ?沖田ならジュースに何か入れるとかやりかねないからな、え‥じゃあこれは沖田の仕業?


「‥おや、目覚めたのか」


あれこれ考えていると急に人の声が聞こえて、ハッとした私が顔をあげるとさっきまで閉まりきっていた襖が一部開いていて、


「‥え、誰デスカ」


知らないヨボヨボのおじいさんが立っていた。おじいさんは杖をつきながら部屋へ入ってきた。私はそのおじいさんをただ見ることしかできない。誰ですかとか失礼なこと言っちゃったけど知り合いかな?とおじいさんをよく見るけど、やっぱり知らない。


おじいさんはゆっくりと私の布団までやってきて腰を下ろした。そして顔をあげると私を見て薄く微笑んだ。


「大きくなったな、いくつだ」


「はっ?」


第一声がまるで私の幼い頃を知っているかのようだったので私は思わず食い気味で聞き返してしまった。この人誰?当たり前のように登場して喋り出したけど、私知らないんだけど。


「鼻と輪郭が父親似だな、」


「えっ、と‥あの」


もしかして私が小さい頃のお弁当屋の常連さんとかかな。それで私のこと知ってるとか?どうにかして状況に着いていこうとあらゆる選択肢を考えるけれど、


「料理はどれくらいするんだね?」


「‥‥‥」


おじいさんがどんな人なのか、どうして私を知っているのかは全く分からないままで。おじいさんの質問攻めだけが続いていた。


「不本意だがわたしたちには、お前しかおらん」


「‥は?どういうこ「このことは多言するな、家の名を汚すわけにはいかない」


「ちょ、あの‥私の話も聞いてくれま「お前の新しい人生はもう始まっている」


「‥‥‥」


オイィイイィイ!じじい、てめっ少しは話聞けよ!さっきから意味分かんないことばっかり言いやがって。歩くの遅いくせにトークはめちゃくちゃ早いじゃねーか!超ねじ込んでくるんですけど、私のこと遮ってくるんですけど!


「それにな、「あの!まずあなた誰ですか!?私なんでこんなところにいるんですか!母のところに行かせてください」


最初は私だけおじいさんのことを知らなかったら失礼だから、と遠慮していたけどこれじゃもう関係ない。ちゃんと説明してもらわないと。そう思っておじいさんより大声を出して遮れば、おじいさんが(約)5分ぶりに口を閉じた。やっぱり目には目を、歯には歯をだね。大声には大声だ。


「貴様‥っ!目上の人間になんという無礼!やはり育ての人間が腐っていると子供にも移るか!」


しかしおじいさんがキレた。私が大声を出すと思わなかったのかハッと驚いたあと、さらに上をいく大声を出した。いや、これ勝負じゃないんだけど。それに聞き捨てならないことがひとつ、


「‥人間が腐ってるって、母のこと言ってるんですか」


何でこんなヨボヨボの知らない老人にお母さんのこと、けなされなくちゃいけないの。お母さん、今苦しんでるのに、頑張ってるのに。腐ってるって何よ。


「腐ってんのはあんたのその性格でしょーが!さっきから自分の話ばっかで人のこと聞かないし、まず何で私がここにいるかとあんたの名前!」


ほら言え!と言う代わりに布団をバンと叩いた。本当はこんなことしてる場合じゃないのに、お母さんに会いたいのに。


「その度胸は母親譲りか。だが残念だったな、お前はどう足掻いてもここからは出られぬ、母親なんぞもう会えん‥いや会わせぬ。お前は今日から"京一弁当"の人間としてその身を捧げるのじゃ」


おじいさんの睨むような視線に、今度は私が口を閉ざす番だった。おじいさんが言った言葉たちは整理して理解するには、あまりにも内容が大きく重いものだった。


ここから出られない?
お母さんにも会えない?
今日から私は"京一弁当"の人間?


「京一弁当、って‥え?」


「教えてやろう。お前、藤堂マナは京一弁当八代目、藤堂五郎の娘だ。私は七代目当主、藤堂三郎」


「‥っえ、」


その瞬間、それまで私の頭の中でぐるぐる回っていた様々な問題たちが一気に消え去り、脳内が真っ白に染まった。


私が‥京一弁当の、跡取り?


いつの日か、沖田とのり子さんと一緒に京一弁当のことを話したときがあった。脳裏に浮かぶ情景、あれはずいぶん前だった気がする。まさか"その"京一弁当?


言葉すら出てこない私をおじいさんは満足げに眺めていた。このおじいさんは、私のおじいちゃんってこと?


真っ白になった頭の中でうまく考えられる自信がなかった。頭をハンマーで殴られたような、心臓をナイフでひとつきされたような衝撃がいつまでも私を襲っていた。


今までお母さんに聞いても教えてもらえなかった"父親"という存在を、こんなところで知るなんて誰が予想しただろう。


こんな、知らない場所で。こんな突然に、こんな状況で。


「父上、大声を出して何の騒ぎですか」


「(‥父上って、まさか‥)」


あぁ、誰が予想しただろう。部屋の襖が急に開いて立っていたのが18年間一度だって会ったことも、どんな人物かも分からなかった"父親"だなんて。


少なくとも私はこれっぽっちも想像なんてしていなかった。今、この状況さえ飲み込めないんだから。


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