さよなライオンなんて言わせない
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※沖田視点

心地よい夢を見ていた。白くぼんやりした世界で眩しい笑顔が見えて、その笑顔が動けば声が聞こえて。ふわり風に揺れるカーテンのように空に上がったその体は俺に背を向けて歩き出す。


「沖田、」


呼ばれた名前、振り向いた笑顔‥藤堂だ。何でィ、もう元気じゃねーか。あんだけ泣いたと思えば何にもなかったみてェに俺のこと呼びやがって。ありがとうの一言でも言えば、少し照れ臭そうにすれば、可愛げあんのにな。


‥まぁ俺はそんなことお前に望んじゃいねぇけど。


「ねぇ、沖田」


あたたかい日だまりの中にいるような眠りだった。だから分からなかったのかもしれない、気づかなかったのかもしれない。


目覚めた世界に光なんて、希望なんて差していないことに。


‥‥‥


‥‥





「‥悟、総悟!」


その眠りは俺の嫌いな野郎の声で無理矢理起こされた。肩を大きく揺さぶられ、俺の体がぐわんと動く。ゆっくりと目を覚ますとぼやける視界にこれまた野郎のムカつく表情が見えた。


「‥じかたさん、」


だんだんとしっかりとしてきた視界に映る土方さんは神妙な表情で俺を見ていて。よく見れば土方さんの後ろに近藤さんもいた。あれ、俺って病院にいたはずだよな。そう思って見渡した景色は病院の待合室。俺の記憶は間違っていない、じゃあ何で二人がいるんでィ。


「総悟、」


自分が起こしたくせに、土方さんはなぜか話したいことを躊躇っているように見えた。


「どうしたんですか、こんな朝早くから病院までお迎えたァ、とうとう余命宣告されやしたかィ、おめでとうございやす」


ソファーにだらんと預けていた上半身を起こして座り直しながら、適当に土方さんを交わす。待合室は大きな窓から朝日が差し込んでいて、眩しい。数時間前とは全く別の場所のようだった。そしてここで気づいた、藤堂がいない。左隣に違和感を覚えてふと見ればソファーの隣はぽかんと寂しげに空間があって、俺のジャケットがたたまずに置かれていた。俺よりも先に起きたのか、トイレにでも行ってんのか、それともおふくろさんのところに行ったのか、色々と考えていると土方さんが一歩近づいてきた。


じりじりと精神に迫り来るような、圧迫感を感じるようなその行為がやけに気になって俺は土方さんを見上げた、自然と眉間にシワが寄る。


「落ち着いて聞け、」


「‥何ですかィ。まさか本当に余命宣「藤堂が誘拐された」


「‥‥‥」


空気が重いと感じたのは病院という場所のせいではなかった、土方さんの口から出てきた言葉に待合室全体が黒に染まるような、体が固まるような呪いをかけられたような感覚に陥った。


あいつが‥誘拐された?


「ど、ういうことで‥さァ」


冗談には聞こえないトーン、嘘をついているようには見えない二人の表情に俺は自分が思っているよりも動揺していた。誘拐、の意味を考えたら声すらまともに出ねェ、指先は冷たい。待合室はシンとしている、それでも朝日は眩しくて身に沁みてくる。


さっきまで胸の中にいたあいつがいない、隣で眠っていたのに。俺の隣で、たしかに温もりを感じていたのに。


「巡回中の看護師が藤堂を連れ去る男たちを目撃したらしい、明け方に通報があった」


あまりにも淡々と告げられることは何一つ理解できない。できるわけねぇだろィ、あいつが誘拐されただなんて‥何でだ。俺の頭の中で必死にあいつと誘拐という言葉を結びつけようとしても無理だった。それくらい現実味のないふたつだったからだ、考える度に出口のない迷路に放り込まれたような気分に頭が痛くなる。


「あいつは‥藤堂は、」


さっきまで夢の中で柔らかい空気の中で、笑っていたあいつは。俺の名前を呼んでいたあいつは。俺の胸の中で泣いていた‥藤堂はどこだ。


「‥犯人は!手がかりはあるんですかィ!」


土方さんも近藤さんも何も答えなかった。何も分かっていない、二人の俯いた表情を見ればそんなこと簡単に分かった。でもそれじゃいけねぇだろ。自然と拳が震える。


「‥万事屋が、今こっちに向かってる」


次に土方さんが口を開いたとき、また予想外な言葉が聞こえてきた。予想外すぎて頭が真っ白になりそうなくらいだった、頼むからこれ以上俺の頭をパンクさせねぇでくれ。


「何で万事屋が、」


もっと詳しく聞かせてくれと土方さんを見上げる。


「あいつらが、誘拐犯から依頼を受けたらしい」


「‥は、まさかあいつらが誘拐したんですかィ」


「いや。あいつらは藤堂の情報を集めてくれと依頼を受けたらしい」


「誰に!」


深まる謎に苛々だけが増していく。こうしている間にもきっとあいつは、ずっと遠くへ離れて行っているんだろう。あぁ‥畜生、一晩中肩に感じていたはずの温もりが消えていく。


悲しきかな、俺が思い出すあいつはさっきまで夢の中で笑っている眩しい笑顔。柔らかい空気の中で俺を呼ぶ優しい声。いつもの騒がしいあいつじゃなくて、優しい表情。あぁ、もうやめてくれ。


「副長、万事屋連れてきました!」


それからすぐ待合室にあの面子がやって来た。その中で志村だけが焦っている。あいつはきっと今の俺の心境が分かるんだろう、旦那とチャイナは俺とあいつが一緒にいる状況で出くわしたことねぇし。きっと俺たちが知り合いだってことも知らねぇんだろう。


「旦那、あんたが知ってること全部話してくだせェ、」


呑気に頭をかく旦那に俺は向き合うように近づいた。焦っても仕方ねぇ、今は落ち着いて情報を集めねーと。そう思うのに、そう思うほど焦ってしまうのはなぜだろう。


「マナちゃんの身辺調査してほしいって依頼があったんだよ。公にはしたくねぇから極秘で調べてほしいってな」


「もうこれで私たちの報酬はナシネ、極秘どころの騒ぎじゃないアル」


「神楽ちゃん、そういうことじゃないから。もっとヤバいこと起きてるから」


三人は依頼主からの口止めをさらりと無視し、受けた依頼内容を洗いざらい話してくれたので状況の把握はすぐにできた。三人もまさか自分達が誘拐の手伝いをしていたとは思っていなかったらしく、心なしかその表情は暗い。


「‥依頼主は誰でさァ」


一通り話を聞いて、土方さんが作戦を練るために席をはずした。山崎が藤堂の知り合いや交遊関係のある人物の収集作業をしながら万事屋の情報を整理していく。少しずつだが捜査が進んでいく中、俺は万事屋に一番と言っていいほど重要な犯人についての情報を聞いた。もう聞くことはそう残っちゃいねェ。


それにもうあいつを助けに行く準備はできている。あとはもう情報だけだ、ひとつでも多く手がかりがほしい。


じっと睨むような俺の視線に旦那の視線が揺らいで、それは小さなため息と一緒に下へ向いた。


「依頼主はマナちゃんの、じいちゃんだ」


空気がまたヒヤリと凍る中、朝の日差しが待合室を包んでいた。


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