ソウショク男子の魅力が分かりません >「こんにちはマナさん」 「あ、新八くん。今日も人間似合ってるね」 秋も本格的に深まり、秋の惣菜弁当の売れ行きが好調な今日このごろ。お店にやって来たのは新八くん、前話で初来店した三人組のうちの特徴のない子である。 「人間似合ってるってどういうことだァア!眼鏡を本体扱いしないでください!」 あの日から二日に一回のペースで来店するようになったあの三人組は江戸で万事屋をやっているらしい。一番年上のお兄さんは銀さんで、どこぞのサディストと同じ匂いがする毒舌な子供は神楽ちゃんと言うらしい。彼らは三人で来たり、今日みたいに一人で来たり、とにかくよく来てくれるのであっという間に常連客の仲間入りを果たした。それに第一印象はムカッとしたことが多かったけど喋ってみると楽しくて彼らが来店するとしばらく話し込んでしまうことも多い。 「マナさんは留学してたんですよね?いつこっちに戻ってきたんですか?」 「んー春くらいに帰ってきたかな、前言ったでしょ?お母さんが入院してお店を手伝うために帰ってきたって。だからお母さんが倒れてなかったら今もオット星にいたかもね」 「最近のお母さんの体調はどうなんですか?」 いつものように神楽ちゃん用のコロッケ(15個)を包んでいると新八くんが話しかけてきた。彼らは来る度に私へいろんな質問をする。家族構成や好きなものなど、知り合ったばかりだから気になるのかななんて思いながら私は質問に答えるのだけど。会う度質問されるので、疑ってしまう。新八くん、私のこと好きなんじゃね?恋すると好きな人のこと知りたくなるよね、うん。まぁ喋る眼鏡はノーセンキューだけど。 「あれ、眼鏡じゃねーかィ」 「沖田さん!」 そこへやって来たのは沖田。新八くんと知り合いなのか、お互いビックリしている。ここが繋がってるなんて‥私が一番びっくりだわ、世の中本当狭いなぁ。ちなみに沖田と会うのはあの雨の日以来だったりする。 「傘、返しに来た」 「あ、うん」 あの日、お店まで送ってくれた沖田は私の傘をさして帰った。帰っていく後ろ姿にありがとうと高ぶる鼓動を抑えながら叫べば、背を向けたまま傘を軽く上にあげた沖田。その顔は見えなかったけど、私は自分の顔が綻ぶのを感じながら赤色が見えなくなるまでその姿を見ていた。差し出された鮮やかな傘の色に、あの日のことがフラッシュバックして胸がどくんと鳴った。 「お二人は仲良いんですか?」 「「んなわけねぇだろ、クソメガネ」」 そんな胸の高鳴りを消すように新八くんの質問を蹴り飛ばす勢いで答えると沖田もまた同じトーンでそう答えた。新八くんの顔がひきつっている。 「眼鏡こそこいつと知り合いかィ」 「い‥いえ、僕はただの客です」 ハハハと苦笑いする新八くん。なんだ、私のこと好きじゃないのか。まぁ眼鏡はノーセンキューだから気にしないけど。いや照れ隠ししてるっていう可能性もあるな、新八くん装飾系男子っぽいし。 「装飾系男子って何だよ、こっちか!草の方の草食じゃなくてこっち(眼鏡)かァア!」 「あらやだ、聞こえてた?」 眼鏡を指差す新八くんのツッコミが店内に響く。まぁまぁと宥めながら神楽ちゃんのコロッケが入った包みを新八くんに渡す。ていうかどっちにしろ、装飾(草食)男子じゃん。 「藤堂、コーンコロッケひとつ」 「はいはい」 新八くんが何か探るように私たちを見る中、沖田の注文を受けてショーケースを開ける。コーンコロッケ最近人気だなぁ。 「真選組の方は他にも来るんですか?」 「んあ?まぁ結構、なァ?」 早速コロッケにかぶりつく沖田が同意を求めるように私を見る。うん、と頷く私に新八くんがそうなんだ、と小さな声でそう言った。 「おいそれチャイナのコロッケか」 「え?あぁ、そうです。クリームコロッケがお気に入りみたいで」 沖田はもぐもぐしながら新八くんの持つ大量のコロッケを見た。チャイナって神楽ちゃんのことかな?ふーんと怪しげに頷く沖田は押し込むようにコロッケを食べると、 「藤堂、台所貸せ。久々にかきくけコロッケ作りたくなった」 と何やら目を輝かせながらこちらへ近づいてきた。いや何やってんだよ、あんな毒物作らせるわけねーだろ!神楽ちゃんか、神楽ちゃんに食べさせるつもりか! 「おめーのときはちょっと刺激が弱すぎたんでィ、今度こそ‥」 「人を実験台にしとったんかい!お前どこまで最悪なんだよ、さっさと眼鏡と帰れよ!」 「え、僕も!?」 店内が一瞬にしてギャーギャー喧しくなって、台所で鳴り響く電話に私は気づかなかった。 「マナ!」 だから、台所から飛び出すようにやって来たのり子さんが大声を出すまで、私たちは騒いでいた。てっきり怒られるのかと思って、いつのまにかつかんでいた新八くんの胸ぐらをパッと離した。おかしいな沖田の胸ぐらつかんでたはずなのにな。 「マナ‥!」 もう一度私の名前を呼んだのり子さんは珍しく泣きそうな顔で、受話器を片手に震えている。そんな姿に何か嫌な予感がして、どうしたのと彼女に近づいて震える肩をそっとつかんだ。 「ゆ、ゆみちゃんが‥」 私の腕をつかむのり子さんが潤んだ目で私を見つめる。そんなのり子さんの口から出たその名前に私の胸は大きくざわついた。 「お、お母さんがどうしたの‥!」 「‥いし、きが‥なくなっ、たって」 静かな店内にのり子さんの震える声は恐ろしいほど冷たく聞こえて、私は目を見開いてその言葉の意味を必死で考えた。受話器からは誰かの焦っているような声が聞こえる、きっと病院からだ。お母さんの‥意識がない。 いつも空元気なのり子さんの不安そうな様子が余計怖くて、まだ状況が分かったわけじゃないのに嫌な方へ物事を考えてしまう。いつのまにか私は床へ膝から崩れ落ちた。 「藤堂、店閉めろ」 「お、きた‥?」 そんなとき、後ろから声が聞こえた。沖田がじっと私を見ていた。さっきまでのふざけている顔ではない。だからこそ、その表情は私を焦らせる。突きつけられた現実を物語っているようで、でもその表情は悲観しているわけでも哀れんでいるようでもなくて。むしろ力強さを感じた。 「店閉めてパトカー乗れ、のり子さんは俺が先に乗せる」 「‥え、あ‥うっ、ん」 いつよりも冷静な沖田に私のざわついた胸が少し落ち着いて、頷いて大きく息を吸い込んだ。震える手のひらを握りしめて目を閉じる。落ち着け、私。こういうときこそ落ち着かなきゃ、私がしっかりしなくちゃ。 「藤堂、お前がおふくろさんを信じてやんねぇでどうすんでィ」 大丈夫だと言っているような心強い沖田の表情がなかったら私はどうすればいいか分からないまま、焦っていたと思う。沖田のその一言に心はすこしだけ冷静さを取り戻した。 ‥‥‥ ‥‥ ‥ サイレンを鳴らして猛スピードで進むパトカーの中で、のり子さんの手を握りながら迫り来る恐怖に耐えた。外は茜色で、風が強く吹いている。 病院に着くまで誰も何もしゃべらなかった、ただじっとのり子さんの手を握り続けた。 前へ 次へ back |