気づかぬうちに歯車は動き出す >「いらっしゃいませー」 色々あったけど結果楽しかったポン・デ・ライ温泉旅行から帰ってきてからしばらくしたある日、お店に見慣れないお客さんがやって来た。 「銀ちゃん私これとこれとこれとこれ食べたいアル!」 「飯さっき食っただろ。こっちの冷えてそうなコロッケなら買ってやる」 「(はぁ?揚げたてだバカヤロー)」 「ちょっと銀さん、大きい声で失礼ですよ!」 来店した三人は家族なのか友達なのかよく分からない関係だったけれど、ギャーギャー話し合った結果、コロッケ(揚げたて)を買ってくれた。 「アンタが藤堂マナさん?」 しかも私のことを知っているのか、お会計をしているときに一番年上に見えるお兄さんが私に話しかけてきた。 「え、はい‥そうですけど」 初めて会ったはずだけど、何でこの人私のこと知ってるんだろうと思っているとそのお兄さんは私の気持ちに気づいたのか、 「いや、この辺で美味しい弁当があるって聞いて来たんだけど。お店の子も可愛いって評判で」 とニッコリ笑いながらそう言った。美味しいって聞いて来たくせに弁当買ってねぇけどな、コロッケ侮辱したけどな。 「あ、そうだったんですか」 「銀ちゃん、この女、可愛いって言われたとこ否定しなかったアル。めんどくさい勘違い女ヨ」 私が頷くとお兄さんの後ろでコロッケをむしゃむしゃ食べている女の子が小さな声でお兄さんに耳打ち。いや聞こえてっけど!何この子供! 「ちょっと神楽ちゃん!それ僕のコロッケだよね!」 しかももう一人の特に特徴がない男の子と女の子がコロッケを巡ってバトる始末。いや注意するとこそこ!?さっきみたいに失礼ですよとか言えよ! 「次はもっと安いの用意しとけヨ」 「(‥ぐっ、)ありがとうございましたァ!」 結局、謎の三人は店内でお構いなしにギャーギャー騒いだあとコロッケにかぶりつきながら帰っていった。ずっとその様子を見ていた私からしたら良い迷惑だ。他のお客さんがいなかったからまだ良いけどできればもう来てほしくない。しかもあの女の子、超ムカつくこと言い残していきやがった。あの子と同い年くらいのズッコケ三人組でもあんなこと言わずにちゃんと払ってくのに! 「マナ、真選組の宅配入ったよ」 三人が騒いだせいで床に落ちたコロッケのカスをイライラしながら掃除していると、台所からのり子さんに呼ばれた。 「10人分ね、雨降ってるから気を付けるんだよ」 私があの三人を相手している間にお弁当はできたらしい、もう私の準備次第で出発可能だ。外を見れば雨、うわー行きたくない。 「私、今日ついてないな」 「え、鼻くそついてるけど」 「そっち!?」 風呂敷に弁当を詰めるのり子さんが不思議そうに私(鼻辺り)をじっと見つめる。それ言うの沖田だし、ていうか私いつの間に鼻くそキャラになってんの?私ヒロインなんだけど。そこら変分かってるのかな!ついでに言うと鼻くそついてないからな!皆さん勘違いしないでね! 「おー遅かったな、鼻くそ女」 「そのネタはもういいわ!」 雨が降る中、お弁当が冷めないように急いで宅配すればちょうど屯所から沖田が出てきた。パトロールに行くのか車の鍵をちゃらちゃら回している。何よ、こっちはあんたらのために雨に濡れてもお弁当優先で来たのに!弁当に知らないオッサンの鼻くそでも入れてやろうか。 「ご苦労様、これで濡れたところ拭きなよ」 そのあとやって来た山崎さんにお弁当を渡した。しかもタオルを持ってきてくれるというなかなかの優しさを見せてくれた。正直、濡れているところは着物だから拭きようがないけど、気持ちが嬉しい。今日も美味しそうだなぁなんて微笑みながら受け取った弁当の匂いを嗅ぐ山崎さん。秋らしく白米じゃなく栗ご飯ですよ、と答える私。うわぁマジでお腹空いてきたと上を見上げる山崎さん。はははと笑う私。そんなやりとりを見る沖田。 「ザキ、さっさと弁当持ってけィ」 珍しく口数の少ない沖田がそう言った。雨の音に混じって聞こえたその言葉にもふと見た沖田にも表情はなくて、シンとした空気に雨の音だけが響く。いつもの沖田っぽくなくて何だか胸がざわついて。 「じゃあ、マナちゃんご苦労様」 でもそんな沖田を山崎さんは全く気にせずに代金を私に渡すと屯所の中に入って行った。沖田は動かないまま、空を見上げている。私はというと、もうあとは帰るだけなのにタイミングがつかめない。このまま何も言わずに帰るのも変だし、いやでも雨すごいねーとかばいなら〜なんて言うのはもっと変だしどうすれ‥「行くぞ」 どうしようと焦る私の横に立っていた沖田が私の持っていた傘をとってバッと広げた。い、行くって‥え? 「帰るんだろ、パトロールのついでに送ってやらァ」 「え、でも鍵‥パトカーじゃないの?」 状況が分からない私が沖田のポケットに入ってるであろう鍵のことを言うと、沖田の肩が一瞬ビクッと動いた。え、何?ビビるとこあった? 「俺と秋の空は変わりやすいんでィ」 小さな声でそう言うと私の傘をさしてさっさと歩きだした沖田。灰色の景色に赤色はとても目立って、水溜まりに映る赤色が揺れる。 「‥ていうかそれ私の傘!」 気づけば私は駆け出していて、止まってこちらを向いた沖田が傘を少しずらした。それは、私が入るスペースらしい。意外にも強い雨に私は慌てて傘へと入る。赤色の中で少し目を細めた沖田は微笑んでいるとは言えないけれど、優しい目だった。 「か、返してよ‥」 ひとまず傘に入ったはいいけど、これは相合傘というやつだ。傘の色を吸い込んだ沖田が赤い、きっと私も赤い。やばい‥状況を客観的に見たら恥ずかしくなってきた。知り合いに見られたら次の日クラスの黒板にご丁寧に相合傘を書かれるような状況。週刊誌に撮られたら間違いなく熱愛報道で使えそうな状況。ザァアと雨の音が傘に響いてるはずなのに、心臓がもっと響いて周りの音が聞こえない。沖田とこんな至近距離で、何やってんの私。何で何も言えないの、何で沖田はこっちを見てるの。 「送ってやるって言ってんだろ、」 拗ねたように口を屁の字にする沖田、子供みたいなその表情に心臓がまた一段と大きな音で鳴り響く。 「屁の字ってお前どういうことでィ、どんな口だよ」 「はっ!ま、間違えた!への字だ、へ!」 「行くぞ、」 気づけば沖田が歩き始めて、私は言い返す余裕もなくほぼ反射的に歩き始めた。慣れない今の状況は考えずに、帰るための手段だと割りきって歩いた。右側があたたかい代わりに外側の左肩には雨粒が落ちて。夢と現実の世界を歩いているようだった。 灰色の空からは冷たい雨粒、地面には濡れた落ち葉たちと二人分の足音。 返してよ、と傘を取り返して一人帰ることもできるのに、沖田と相合傘なんて冗談でもあり得ないのに。 私はできなかった、 ときどき触れる肩からの温もりが温かいと思うのが精一杯で。 沖田の顔を見ないまま歩くことしかできなかった。 前へ 次へ back |