大切なものには名前を書きましょう >「マナ殿、ありがとう。実に楽しい時間だった」 「いっ、いえ‥逆にすみません本当に」 無事(?)将軍様は意識を戻した上、彼に大きな怪我はなかった。がしかし目覚めたはいいけど、庶民と楽しい夜を過ごしたいとかいう将軍様の謎な希望により私たち(真選組とお母さんたち)と将軍様、そよ姫という珍しいにもほどがあるメンバーで枕投げをした。将軍家相手に枕なんて投げられるはずもなく、私は枕を両手に沖田に集中攻撃。たまに将軍様からものっそいスピードで枕が飛んできて何回か顔面を直撃したけど、キレてやり返すわけにはいかないのでその怒りは山崎さんにぶつけた。こちらも将軍様にピンポン玉を決め込んでしまったのでお互い様だということにしておこう。それにしても処刑がなくてよかった、本当によかった。生きるってスバラシイ、万歳! そしてそんなスーパー気を遣う枕投げ大会を終えた私は将軍家に挨拶を済ませて自分達の部屋へ戻ることにした。かなり汗をかいたのでもう一度温泉に入ろうかと思いながらお母さんとのり子さんのあとに続いて歩き出した。すると後ろからバシッと誰かに腕をつかまれた。 「わ!」 びっくりして後ろを向くと沖田だった。口をへの字にしたぶっさいくな顔で私を見ている。 「‥忘れモンでィ」 そう言って私の目の前に差し出されたのはさっきもらったネーム入りキーホルダー、が入っている袋。 「あっ。え、ごめん‥落としてた?」 しまったと思いながらキーホルダーを入れておいたはずの懐を確認する。枕投げに必死すぎて落としたことにも気づかなかったみたいだ。申し訳ないと思いながらもははは‥と苦笑いで交わそうとするも、沖田は依然へのへのもへじのように口が曲がったまま。怒ってるのかな‥ 「次落としたらお前の奥歯、麻酔ナシで根こそぎ抜く」 「こぇーよ!」 ぽいっと落とすように手のひらに乗ったそれからは小さく鈴の音が聞こえて、さっきもらったときのことを思い出した。真っ暗な外で、沖田のぶっきらぼうな言い方、星の輝き。ほんの少し前のことのはずなのに、とても遠く感じて。でも思い出すとまるで今その状況にいるかのように胸にじんわりと熱さが染みる。 「じゃあ、護衛あっから」 「あ、うん‥ばいばい」 ひらりとさりげなく手を上げた沖田に私は、頑張ってとかおやすみとか気の効いた台詞も、手を振り返す可愛らしい仕草もできないまま。沖田の後ろ姿を見ながら、ため息がこぼれる。私‥沖田に素直になれとか言っておいて自分はどうなんだよ。全然素直じゃない、かわいくない。ばいばいって何だよ、幼稚園児の挨拶みたいじゃないか。 今まで気にしていなかったことばかり気になって、それでいてうまくいかない自分に腹が立って。 「ほらよ、」 だから、沖田の前では素直になれない代わりにせめてこのキーホルダーは絶対になくさないように、大切にしようと思った。あの意地悪ドS沖田が私のためにくれた思いが詰まってるしね。こんな優しさもう二度と見られないかもしれないし。 「マナ?何してんだーい?」 後ろの方から聞こえたお母さんの声に振り返り、私は小走りで二人のもとに向かった。握りしめた手の中で心地よい鈴の音がする、思わず顔が綻んでしまうほど特別な音だった。 「お母さん、のり子さん、私温泉来てよかった」 部屋へ戻る途中、前を歩く二人にそう言うと二人とも笑顔で私を見ながら沖田くんのおかげだね、と言った。いつもなら違うと真っ向から否定して、ついでに沖田の悪口を+αするところだけど。 「‥そうかもね」 今日は違った。心がとても穏やかであったかいんだ。ここへ来たときとは沖田のこと考えたくないくらい嫌だったのに、今は前よりも沖田と何か近づけたっていうか‥いや近づけたは変か。仲直りが意外なところまで発展したっていうか、前よりも違う二人な気がする。ちょっぴり大人の階段を登ったような‥あ、これは混浴したから大人の階段ってわけじゃないから。断じて違うから、あくまで感覚の話だから。 今は何となく沖田を悪く言う気分じゃない、だなんて自分でもビックリするけど。 「三人で温泉いこうよ、露天風呂入りたい!」 いつのまにかモヤモヤつっかえていたものもスッキリとれたようで、前の二人に抱きつくように寄り添えば、 「混浴帰りなのにまだ入るのかい?」 「最近の若い子は大胆だわ。私たちの時代では考えられないわよ」 二人に呆れたような、楽しそうな目で見られた。え‥え‥いっいま、こ、混浴って‥いいいい言った?え、ちょ‥ 「な、なっ‥何で知ってんのォオ!?」 「「私たちに隠し事なんて300万年早い」」 「え、えぇ‥えぇえ!?マジで、マジで知ってんの!?」 このあとしばらくお母さんとのり子さんの顔をまともに見れなかったのは言うまでもない。 前へ 次へ back |