ロマンチックを止めないで
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旅館の外は真っ暗だった。永遠と闇が続く、ざわつく風が火照った体を冷まして髪を揺らす。慣れないシャンプーの香りが鼻を掠めた。


二人分の足音が規則よく聞こえて、目の前の沖田の髪が闇に少し浮かび上がる。


「‥‥‥」


「‥‥‥」


私たちはお互いしゃべらなかった。どこに行くのかも知らないまま、沖田の後ろを着いていく。江戸にはない星が散らばる夜の下をただ歩いた。腕はつかまれたままだった。


「ねぇ、沖田‥あれオリオン座」


時々キラリと大きく光る星が綺麗で、私が立ち止まると沖田も立ち止まって空を見上げた。


「星ってこんなにあんだな」


「うん、沖田って何座?」


「蟹」


「蟹座ってどんなの?どれが蟹座?」


「知らねぇ、お前の便座はあれだろィ」


「それ星座じゃねーよ!何でこの空気でそんなこと言うわけ!?」


ロマンチックのかけらもないな!暗がりに浮かぶ沖田の顔は憎たらしい。これじゃあせっかくのきれいな星空も台無しじゃねーかコノヤロー。


「藤堂マナ」


「は?」


沖田が空を見上げながら私の名前をゆっくり口に出した。その声で自分の名前が呼ばれることが、くすぐったくて心臓が変に跳び跳ねる。


どう返して良いか分からず、ただ沖田の横顔を見ていると私の腕をつかむその手がするりと手のひらまで移動してきた。そして、


「ほらよ、」


沖田がもう一方の手でごそごそと何かを探ったあと、手のひらに知らない感触がした。


「な、に」


その知らない感触はざらざらした紙ようなもので、沖田の手によって私の手はそれを握るように包まされた。沖田の手が離れて、私は何かを握った自分の手を胸に寄せた。そっと開くとそれは白い袋で何か入っているらしい、丸みを帯びていた。


「沖田、これ‥なに」


「俺のへその緒」


「っはぁ!?」


予想外の返答に食い気味に反応してしまう。星空の下でどんなモン渡しとんじゃ貴様ァア!キモチワルッ、へその緒とか‥ハァア!?まじで何してんのこいつ。


「マジでへその緒?」


「‥‥‥」


チャリン、


沖田は何も答えてくれないので、とりあえず私はその白い袋を振ってみた。すると何やら小さな鈴の音がして、私はもっと分からなくなった。まぁ‥へその緒の可能性はたぶんなくなったけど。


「‥開けるよ?」


沖田が答えないのでカサ、紙の乾いた音を立てながら白い袋の中身を手のひらに出してみる。チャリン、手のひらに乗ったそれは軽くて丸かった。え、何これ。


暗くてよく見えないので、明かりがある方へ手を動かして照らしてみて見えたそれに私は言葉をなくした。


「‥ない」


手のひらに乗ったそれは数時間前、お土産屋さんで売り切れていたはずのネームチャームだったから。


「なんで‥っ、これ」


売り切れてたじゃん、なのに何で?何で沖田が持ってるの?ニッコリ笑うご当地キャラのお腹には私の名前が書いてあって。さっき沖田に呼ばれた自分の名前とそれが重なって、胸が締め付けられる。ねぇ、沖田これもしかして‥


「‥こっち見んな」


状況が分からない私の眼差しを沖田は見ようともせずに空を見上げている。そのぶっきらぼうな一言には全てが詰まっていた。その一言は相変わらずだけど沖田の全てが、聞こえた。もうそれでじゅうぶんだった。


「‥あ、りがと‥う」


沖田がどんな気持ちでこれを私にくれたか、そう考えたら泣きそうになって。手のひらの中のそれをぎゅっと握って、夜空を見上げた。柄にもなく素直になった。沖田にありがとう、って初めて言ったかもしれない。初めてこんなにも自分の名前が愛しいと思ったかもしれない。


あぁ、星がぼやける。もうオリオン座も蟹座も見えやしない。でも今の私の心は夜空よりも深く広くて輝いてると思う、なんて唇を噛みながら思った。


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