近藤さんよりデンジャラス
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「良い湯だな、あははん」


これは温泉に入ったら私が言おうと思っていた台詞。眺めの良い景色を見つつ、あったかいお湯に浸かって頬を染めながら。


「‥‥‥」


だが実際、今の私はただ浸かるだけ。夕食の時間ということもあってか温泉はがら空きの貸切り状態。静かな浴室、たまにピチャンとお湯の落ちる音がして。私はここ数日の感情や涙を溶かすように、乳白色の露天風呂に浸かっていた。


「ふぅ‥」


お湯の温度はちょうどいいし良い香りもして気持ち良い、何も考えずに目を閉じて田舎ならではの音や匂い、夜の冷たさを感じた。やっぱり来て良かった、来るまでも来てからも色々あったけど、それがあったから温泉がじんわり染みるような、疲れきった心も癒される気がした。温泉って良いね、ついでにお肌もきれいになってくれたら嬉しい。


沖田は今どうしているだろう、と真っ黒な夜空を見上げながら考えた。結局あいつの声を無視して来ちゃったわけで、あんな避けたら余計仲直りなんてできるはずないのになぁと自分が逃げたことを後悔した。


でもやっぱり今回のことは傷ついたし、沖田や真選組と話す気にはまだなれない。例えばみんながごめんねって謝ってくれたとして、それで私の心は晴れるのかな。傷ついた心は直るのかな。前みたいにみんなといられるのかな。


「‥うーん、」


最初はあんなに鬱陶しかったはずなのに、考えるだけでもイライラしてたのにまさか泣いて悩むくらい沖田が大きな存在になるとは思わなかった。


ちょっと素直になって考えてみれば、悔しいけど私にとって沖田はもうただのムカつく存在じゃない。いつのまにか私の中にあぐらをかいて座っている。全然動いてくれない、私の中から出ていってくれない。自分の心がそんな風になってしまったことに気づいたとき、私は自分が思っているより沖田に心を開いていた。その心に刺さった今回の矢は痛くて未だに刺さったままで。


「どうすればいいんだろ‥っくぶく」


誰もいないからいいや、と湯船に口元まで沈める。ブクブク息をはきながらそれをじっと見つめた。


ブクブクブクブク‥


乳白色の湯船にまあるい空気がいくつも出来ては消え出来ては消える。端から見たらイタイだろうけど、地味に楽しい。そのあと両手を思いっきり広げたり足をバタバタさせてみたりするうちに、広いお風呂だとプールみたいに泳ぎたくなる子供の気持ちも分からなくもないと思った。そして、


ざぷーん‥


露天風呂にはえる岩を蹴ってすいすい泳いでみた。有名な観光地にある温泉だけあって、露天風呂がかなり広いので解放感は半端ない。どれくらい半端ないかって言うと‥マジ半端ない。


あっちを泳いだりこっちへ泳いだり、ばちゃばちゃ雑な音を立てながら私は一人露天風呂を楽しんだ。やべーこれで誰か入ってきたら恥ずかしいなと思いつつ、再びやって来た旅行のテンションと、悩みに対する逃げで私は泳ぎを止めなかった。家のお風呂じゃこんなことできないもんね、今だけは童心に戻ろう、ストレスもテンションもお湯に流してやる!


カラカラカラ、


しばらく泳いだあと露天風呂に浸かりながら大きな岩にもたれる。泳ぎすぎたせいでお湯の蒸気が辺りを包んでいた。そしてそんなときに聞こえた扉の開く音。誰かが入ってきたらしい、泳いでなくて良かった‥なかなかのギリギリセーフだと思いながら肩にお湯をかける。心なしか肌がスベスベしてるような‥結構ぬくもってたし(泳ぎも含む)、早速効果が出たのかな?


私がおとなしくぬくもっているうちに、さっきの蒸気は少しずつ薄くなって視界がハッキリしてきた。たまに夜風が吹いて風に乗った蒸気が舞う。


ぴちゃん、


そんな露天風呂には私ともう一人、さっき扉が開く音がしたときに入って来たであろう人が浸かっていた。まさかのそよ姫とかじゃないよね?なんてチラリと見てみる。意外にもその人は私の近くで浸かっていた、蒸気がもくもくしてたから分からなかった。でも大丈夫だ、黒髪でもないし子供でもない。


ショートカットで、何かガタイがいい‥あれ?何かあのシルエット知ってるんだけど、えーっとどこで見たんだっけ?お母さん?のり子さん?いやたしかに二人ともガタイいいけど違うな‥まさかまだ知り合い来てたりして。あーでも思い出せない、ちょっとこっち向いてくれないかなー‥なんて思っていたら私に背を向けていたその人がこちらへくるりと振り向いた。うわ、テレパシー?


「‥‥‥」


振り向いた人は、沖田だった。心臓が三秒くらい真面目に止まった気がした。いやいや‥え?沖田?何で、ここに沖田?私逆上せた?泳ぎすぎて頭おかしくなった?なんで沖田が見えるんだこんなところで。


だ、だってここ女風呂だよ?男がいるわけないじゃん、ジョークだよねアメリカンジョーク改め江戸っ子ジョーク的なさ、ハハハ!笑えるー本当笑えるー座布団2枚やろう。


「‥‥‥」


ハッハッハーと心のなかで笑いながら一度目をそらしてもう一度、その人を見る。


「ジロジロ見んな、ジローラモ」


沖田だ、バッチリ沖田だ。あのジロジロなんちゃらは聞いたことあるもん(46話参照)しかもこっち見てる、頭にタオル乗せてつかってる。そうか、沖田か‥たしかにあのシルエットも後ろ姿も沖田だわ、うん‥って、


「ゴボゲフォッシャクァギャジァア!」


露天風呂に私の叫び声が響いた。近くの山まで届いて跳ね返ってしまうくらいの大声。


「ぬわぁ、なっ、なんで‥お、おおおきたが‥」


ちょ‥え、ハァアア!?何で何で何で何で何で何で何で何で何で‥


「何でだァアア!」


何ポーカーフェイスで露天風呂つかってんだァアア!何?混浴じゃないよね絶対!だって私、女って書いてある暖簾くぐったもん!いや‥でもじゃあ何で、こんなことが起きてるんだァアア!


「ふー」


しかも沖田お前何ふっつーに露天風呂エンジョイしてんだよ!ふーじゃねぇだろ!今この状況がおかしくてやばいことに気づけェエエ!


やばいよ、連載終わる!何このアブナイ感じ!逃げたいィイ!誰かこの体を覆い尽くせるタオルをくださいィイイ!


「藤堂、」


沖田がこちらを見た。私はもう何がどうなっているのか分からないし、どこに目を向ければいいのか分からない。


「メス豚」


こんなの‥恥ずかしいなんてレベルじゃない、公開処刑も良いところだ、マジでどうすればいいの!心臓も血液も心拍数も私の中のすべてが慌てて爆発してしまいそうだった。いっそ爆発したい、蒸気とともに山奥へ逃げたい。何でこうなった!


「おい、聞いてんのか」


さっきから私を呼ぶ沖田の声が急に近いな、と思って顔を上げればあらまぁビックリ‥


「‥ブオッゴホッ!」


「おいおい‥オット星語で喋んじゃねぇや」


さっきまであっちにいたはずの沖田が目の前にいた。オット星語なわけあるかァアア!この状況でそんなややこしい言葉しゃべるわけねぇだろォオオオ!つーかお前は何でそんな普通にこんな近くにいるんだよ!


「…っ」


顔が熱い、温泉の効果なんかじゃない。目の前の沖田のせいで心臓がばくんばくんと存在を知らせるように大きく鳴る。沖田の髪から滴るぴちゃんという音がやけに小さく聞こえて、息さえ聞こえてしまいそうで唇をつむぐ。


逃げようと思った。こんな超至近距離(しかもいろいろとヤバイ状況)にいるんだったら、お尻くらい見えても逃げようと思った。そう思って横に動いた瞬間、お湯の中の腕がつかまれた。


「‥っ!」


それは同じくお湯の中の沖田の腕。胸を締め付ける強さとは違う、割れ物を扱うような優しい力。


「‥逃げんじゃねェ」


「む、り‥あんた何してるか‥わかってんの」


沖田の近い声が苦しい。下を向いたまま、私は途切れ途切れに返事をする。熱い、焼けてしまいそうだ。


「オメーが逃げるからこんなとこまで来たんだろィ」


「‥‥‥」


いやいや、だからって女風呂!?裸で決闘でもするつもりかコノヤロー。分からん、沖田の思考が分からんんんん!


つかまれた腕を振りほどこうとすると沖田がぱっと腕を離した‥のもつかの間、私は両肩をつかまれ体ごと沖田の方へ向けさせられた。嫌でも沖田が目の前にいてしかも体は自由が効かない。お湯に浸かっていない肩に沖田の腕の温度がじんわり伝わる。もう"え、何これ"なんて考える余裕もない。でも状況的には"え、何これ"である。


「俺の話聞け、」


「‥‥‥」


「俺の目ェ見ろ」


「‥や、だ」


「藤堂、俺の目ェ見ろ。俺の話を聞け」


沖田の腕がぎゅっと強くなる。それは沖田の言葉と心が力になっているような、気がした。でもそんなことされても、こんな状況で目なんか見られるわけない。何回も言うけど逆に何であんたはそんな平気なんだよ、


すると諦めたように沖田が私の両肩から手をするりと離す。しかし肩から力が抜けてほっとしたのもつかの間、


「俺の言うこと聞けねぇっつーんなら、」


「‥‥‥」


今まで見たこともない真面目な表情のせいで、嫌な予感がする。え、何?沖田の言うこと聞かなかったら何?え、沖田分かってる?これギャグ連載だよ?面白おかしい話なんだよ?あんた何するつも‥「俺の金玉見せるぞィ」


「‥‥‥‥は、」


「だから、俺のきんた‥「な、何言っとんじゃアァァア!」


※これはジャパニーズギャグ連載です。


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