備えあれば憂いなし
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「綺麗な部屋だねぇ、山が一望!」


私たちが今回宿泊することになったのはポン・デ・ライ温泉。江戸から車で2時間半、観光地として有名な場所で名所や観光スポットがたくさんある中、ひっそりと佇む雰囲気のある温泉だ。旅館は広いし、温泉もたくさんあって入り放題。


「とりあえずお昼食べに行こうか」


畳の良い香りのする綺麗な部屋を案内され、テンションが上がる私たちは早速、昼食がてら観光をすることにした。


「あんたは昔っから逃げ足と尿意だけは早いんだから」


「うっさいな!ハルンケアにお世話になってるお母さんに言われたくないんだけど」


旅館を出る前にトイレへ向かう、というかお母さんに向かわされた。娘の変なこと暴露するんじゃないよ、まったく。


「あの、」


やれやれと思いながらトイレへ入ると三人組と同い年くらいの女の子が困った顔で立っていた。しかも私を見るなりこちらへ近づいてきている。え、トイレの花子さん?


「あの、お恥ずかしい話なんですが‥個室のトイレットペーパーがなくて、それで、あの‥ティッシュ持ってますか?」


「はいっ?」


顔を赤くしてモジモジとそう聞いてきた女の子。あまりにも丁寧な口調に、私まで敬語で反応してしまった。トイレットペーパーがないだと?


「うわ、本当だ‥」


女の子の言う通り、女子トイレの個室にはトイレットペーパーがひとつもなかった。客が連続でウンコでもしたのか?それにしてもかわいそうに、この子ここで我慢してたのかな?


「すみません、ないとは思っていなくて‥ハンカチ類を持っていないんです」


「あぁ、そうだよね。これよかったら‥ポケットティッシュ使って?」


私より言葉遣いが丁寧で上品な女の子は私の差し出したポケットティッシュを両手で受けとるとペコリと頭を下げた。


「ダメな旅館だねぇ、私が補充するように頼んでおくね」


「ありがとうございます‥あの、助かりました」


正直、トイレへ行きたかったわけではなかったので私はそのままトイレを出た。女の子は私が出ていくまで見送ってくれた。いや、トイレで見送るって何だよ。マジでトイレの花子さんじゃないの?


「申し訳ございません、すぐに補充いたします」


そのあとフロントでトイレの件を伝えてから、お母さんとのり子さんと旅館を出た。よーし、食べるぞ!楽しむぞ!


「ねぇ、この道くだったら有名なうどんがあるんだってー」


「えーお母さん食べ歩きがいいわ」


「あたしゃ、どっちも食べたいんだけど」


観光地のパンフレットを見ながらワイワイ山を降りる。今日は天候にも恵まれてるから雨の心配はないし、平日だからそんなに混雑もしていない。お土産やグルメも充実しているらしいから、今月のバイト代いっぱい使っちゃお!ノリノリで歩くスピードも自然と速くなる。


「んわぁー!いい匂い!」


「本当、ダシの匂いかしらね?」


「わぁー見てゆみちゃん、これも美味しそうだよ」


しばらく歩いて出店やいくつもの店が続く通りへやってきた。昔ながらの風情溢れる町並みや人力車、行き交う笑い声。やばい、超楽しいィイイ!


「200円のお釣りね、毎度ありー」


結局、食べたいものがたくさんあってまとまらなかったのでお昼は食べ歩きすることになった。串カツや五平餅、観光地らしい変わった味のソフトクリーム。美味しそうだと思ったものは片っ端から買って三人で分け合いながら食べた。江戸にはない食べ物もたくさんあって私のテンションも最高潮である。


「あー見てお土産屋さんだって」


どこまでも続く通りはグルメのお店だけではない、観光地らしいお土産屋も充実していた。旅行自体、10年ぶりの私にとってお土産屋は憧れの場所だった。どんなのが売ってるんだろうとワクワクしながら店内に入る。


「うっわーお土産いっぱいある、見てこれ」


「このお饅頭美味しそうじゃないかい」


店内にはお菓子からキーホルダー、洋服まで様々な種類のお土産が売られていた。やばい、欲しいのがいっぱいありすぎるんですけど!迷う、でも楽しい!


食べ物のコーナーを物色するお母さんとのり子さんを置いて、私はキーホルダーや文具を見ていた。


「‥ない」


そんな数あるお土産の中でも私がほしいと思ったのはネームチャーム。寺子屋時代、観光地に遊びに行った友達が自分の名前入りキーホルダーを持っていてすごく羨ましいと思ったことがあった。他の人が聞いたら笑うかもしれないけどそれは今でも私の憧れだったりする。私が見ていたのはここら辺で人気のご当地キャラのキーホルダー。ご当地キャラのお腹に名前が書いてある可愛らしいものだった。しかし"まな"という名前は売っていなかった。他の名前はあるのに。"まな"って名前多いのかな、なんて思いながら仕方ないので諦めて他のお土産を物色することに。


「あ、」


するとどこからか聞き覚えのある声がした。でもその声はお母さんでものり子さんでもない、可愛らしい声だった。気になったので辺りをキョロキョロ見渡すと、


「‥あ!さっきの」


旅館のトイレで出会った花子さん‥じゃなくて女の子が近くに立っていた。私と目が合った途端にぱぁっと表情が明るくなってペコリと頭を下げた女の子。おいおいどこまで礼儀正しいんだよ、何か私が恥ずかしくなってきたんだけど!?


「先ほどはありがとうございました、私にとってあなたはトイレの神様です」


「トッ、トイレの神様!?嬉しくないデス」


女の子がいたって真面目にそう言うので、いつものツッコミができないんですけど。何、ギター弾いて歌えばいいのか。トイレットペーパー片手に「女神様がいるんやでぇ〜」とか歌えばいいのか。


「先ほどはきちんとお礼もできず、すみません」


「いや‥そんないいよ。困ったときはお互い様だし、だから頭上げて?」


もう礼儀正しいのレベルを越えているんじゃないかというほどの女の子の行動に、私は苦笑いしながら彼女に近づく。するとそのとき、


「触るな!」


とどこからか男の人の大きな声がした。驚いた条件反射で私は、女の子に触れるか触れないかギリギリで動きを止めた。急にこえーよ、何今の‥私に言った?と思いながら恐る恐る声のした方を見る。


「ひ、土方さん‥!?」


するとまぁびっくり、何と土方さんがそこには立っていたのだ。え、何でこんなところに土方さんが?は!?


「藤堂‥!」


土方さんも私を見て驚いている。そりゃそうだ、だってここは江戸じゃない温泉地。何でこんなところでわざわざ出くわしてるんだ私たち。真選組とは今会いたくなかったのに。ていうかこんなところで会うなんて思ってもみなかったし、真選組とは気まずい別れ方をして数日しか経っていないのでなおさらで気まずい。しかも土方さん私に触るなって言わなかった?


「土方さん、この方は神様です、どうか刀をしまってください」


すると女の子が土方さんに向かってそう言った。いや‥神様ってちょっと盛りすぎだよ?それに恥ずかしいからやめてくれないかな!


「何でィ、土方さん騒がし‥‥藤堂?」


「そよ姫、探しましたぞ!単独行動されては困りますよ‥って‥あ!え!うそ!?」


「局長、30分もトイレ行ってた人がそんなこと言えると思ってるん‥‥マナちゃん!」


すると土方さんの声を聞いたのか店内にぞろぞろと見覚えのある人たちが入ってきた。
嘘‥やだ、なんで‥


「(な、何で真選組がこんなところに!)」


場が凍りつくとはきっとこのことだ、修羅場並みの気まずい空気が流れる店内。何で、会いたくない人たちが揃いにも揃って、江戸から離れたこんな田舎に、私の目の前にいるんだ。ドクドクと疼き出した心臓が嫌な音を立てる。沖田も近藤さんも山崎さんもみんな、私を見て驚いた表情をしていた。私は目をそらして下を向くことしかできなくて。数日前の出来事が蘇る。気まずい、恥ずかしい、視線が痛い。ていうか何でてめぇらこんなとこにいるんだよ!これじゃここに来た意味ねぇじゃねぇかアァァア!


「「「「「‥‥‥」」」」」


さっきまではしゃいでいたテンションはもうどこにもない。心臓がドクンドクン高鳴る。ちょ‥もうこれ世間は狭いとかいうレベルじゃないんだけど‥!


「あら?皆さん、神様とお知り合いですか?」


しかも女の子!あんたいつまで神様呼ばわりすんだよ、止めて!超恥ずかしいからァアア!


「そ、そよ姫こそ‥マナちゃんとお知り合いで?」


近藤さんが苦笑いで女の子にそう聞く。って‥ちょっと待って、そよ姫?え、そよ姫?


「はい。わたくしの恩人です、」


"そよ姫"と呼ばれた女の子は近藤さんたちにニッコリ微笑んだあと、まるで私に同意を求めるかのようにこちらを見上げた。いやいやいや‥気軽に渡したティッシュがこんな‥こんな状況を作ることになるなんて‥えぇー。ティッシュ渡すんじゃなかった!いやそれはこの子が困っちゃうか。いやでも私はそれ以上に真選組に会いたくなかったのに!ここで楽しむ気満々だったのに!沖田のこと忘れてパーッとはしゃぐつもりだったのに‥


「あの‥もしかして苗字は‥トクガワさん?」


「はい、そよって呼んでください、神様」


な、何でこんなことになってんだァアア!


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