あいうえお弁当三人娘
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お店を臨時休業にして温泉旅行へ行くことが決まった日、そのことをお母さんに報告した。本当に脱走計画が実行されては困るし(前話参照)、仮に脱走してもお店は閉まっているから家には誰もいないわけで。温泉に行くと言ったら案の定羨ましがっていたけど、お土産買ってくるからと宥めて、その場は収まった。


「おっはー」


「‥‥‥」


「あら?元気がないじゃないのよマナ」


なのに出発当日である今日、のり子さんの車に荷物を積んでいると、お母さんがやって来た。ちゃっかり風呂敷を肩に巻いている辺り、温泉に行く気満々だ。


「なっ、何でいるの!」


「あんたたちだけ温泉で癒されるなんて、ずるいじゃない」


頬を膨らませて腕を組むお母さん。いや自分の状況を考えろ、あんた病人んんん!


「ゆみちゃん、脱走成功したんだね」


「のり子さん!?何感心してんの!?」


しかも面倒臭いのはお母さんだけではなく、のり子さんもだということ。マナは後部座席乗りなね、なんて言って普通に出発しようとしている。マジあんたら何なの?


「大丈夫よ、外泊オッケー貰ったから」


「本当かよ」


ルンルンなお母さんは懐から紙を出してそれを私へ見せた。たしかにそれは外泊許可書だった。でも旅行は違う問題になってくるんじゃないの?それにもし温泉で何かあったらどうするつもりだ。


「温泉で死ねたら本望よ、」


「何言ってんの。かっこよくねーし」


バンッ、


私の言葉を無視して車に乗り込むお母さん。ピクピクッとこめかみが動く。マジで行くの?


「マナ、行くよ」


荷物を積み終えたのり子さんが、突っ立ったままの私にそう言って運転席に乗り込んだ。いやだからのり子さん何でそんなに普通なの。呆れてため息を吐いていると車のエンジンがかかり、開いた窓からフォオオ!というお母さんの喜びの声が聞こえた。


やべーよテンションめっちゃうざいんだけど、おばさんがフォオオ!とかキツいんだけど、例座ー羅門HGですか。


「「マナ!」」


「‥はいはい、」


異様にテンションが高い二人に、この旅行マジで癒されるのか?初っぱなから不安すぎるんだけど、逆に疲れそうなんだけど!と不安を抱えながら私は渋々後部座席に乗り込んだ。


「「出発進行、柴崎コウ!」」


「‥‥‥」


おばさん二人の意味のわからない掛け声で、車は出発、私たちの温泉旅行が始まった。


‥‥‥


‥‥





「いやぁー長かったね、3時間弱?」


「先にチェックインする?市街地回る?」


「オイィイイイ!何移動シーン割愛しようとしてんだァア!3時間も経ってねーよ!市街地も何もまだここ江戸ォオオ!」


出発して5分、まだ高速にも乗っていません。皆さん騙されないでください。


「それにしても久々だねぇ、三人揃うのは」


それからしばらくして運転しながらのり子さんがそう言った。たしかに、お母さんが入院してからお店は私とのり子さんの二人っきりだし、お店があるからお見舞いも一緒には行けない。私たち三人が揃うのは私の留学前以来初めてだった。


そう思うとなんだかこの旅行にも意味がある気がしてきて。うるさいとか疲れるとか思った自分が少し恥ずかしくなった。だってお母さんとのり子さんと温泉に行けるなんて、三人で遠出できるなんて、普段だったら絶対できない。二人のテンションが気持ち悪いくらい高いのも分かるかもしれない。


「本当久々ねぇ。のりちゃんには迷惑ばっかかけてごめんね」


「‥お母さん、私は?」


「いいんだよ、沖田くんっていうイケメンが手伝いに来てくれてたし」


「‥いやだから私は?」


「のりちゃんと温泉なんて久々よ、あのー‥えっと‥誰かが寺子屋に通う前に行った以来だもんねぇ」


「それ私ィイ!"誰かが"って何?ここにいるけど!!何で自分の子供の存在忘れてんだァア!」


「ゆみちゃんが闘病生活を頑張ってるご褒美だよ、トメさんもそういう気持ちで宿泊券くれたと思うし」


「いやだからもらったの私ィイ!ちょ‥いい加減にしてよ!何でおばさん二人に仲間はずれにされなくちゃいけないわけ!?」


「ふふ‥マナのそういうとこ、久々に見たわ」


二人に負けないくらい大きな声で突っ込むと、お母さんがケラケラ笑いながらそう言った。


「この間までパンパカパンに顔張らしてた、のにっ‥ぷっ」


‥のり子さん、私の顔で笑うの2回目なんですけど!そろそろ失礼じゃね!?


「やっぱりマナはアホみたいにうるさくなくちゃね」


「それでこそマナだしね、」


「‥‥‥」


前に座る二人の声は楽しそうだった、私を励ますかのような‥でも独り言のような呟きにも聞こえて。そのとき、お母さんがお母さんで幸せだと思った。お店で働いてくれているのがのり子さんで良かったと思った。柄にもなくウルッとした。


「お風呂、広かったら三人で泳ぎたいわ」


「風呂上がりのフルーツ牛乳と卓球も欠かせないね!」


キャッキャッ騒ぐ二人がうるさいとはもう思わなかった。むしろ二人の後ろ姿がとても愛しくて、嬉しくて。三人でいられるこの時間がとても幸せで。


「‥二人とも、寝る前の枕投げ忘れてるよ!私ぜったい負けないからね」


私が前の方に身を乗り出してそう言うと、二人ともニッコリ笑った。そして、


「シートベルトしねぇと危ねぇだろーがァア!」


「グフンガァア!」


パッと振り向いたお母さんがものすごい腕の力で私の頭をつかみ後部座席にめり込ませた。
シートベルトって‥そ、そこォオオ!?今ちょっと良い雰囲気だったのに、心配してくれてたの嬉しかったから私も素直になって楽しもうと思ったのに、ルンルンで二人の会話にのったのに!


‥シートベルトって!


「自分の命をもっと大切にしなさい!」


「お母さんに言われたくないんだけど!」



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