予定を立てている時が一番楽しい
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翌日、開店準備をする私のプロレスにでも参戦してきたかのような腫れた目を見たのり子さんはケラケラ笑っていた。普通何かあったか、とか心配するところだろうけど残念ながらのり子さんがそういう人ではない。悔しくて悲しいぶんだけ次頑張れぶっ飛ばせ!みたいなことを毎回言う。まぁ昔からそういう人だから気にしないんだけど。そして今回もそうだった、


「もう泣き晴らしたんだろう?それなら今日からは泣いた分だけ笑うんだよ、その‥っ不細工な顔で‥っ」


「ちょ、最後笑わないでくれる!?」


クククと口をおさえるのり子さん。憎たらしい表情だなまったく。でもお母さんやのり子さんがいてくれなかったら、きっと私は今もうじうじ泣いていた。


「今日は日替わり弁当完売させとくれよ」


溢れる涙と感情を引き出して受け止めてくれるお母さんがいるから、私の泣き顔をお構いなしにガッハッハッハと笑ってくれるのり子さんがいるから、


「任せて、味噌汁セットもつけて完売させるから」


私は今日を迎えられる。正直、昨日のことはまだ悲しいし思い出すと心が痛むけど、お店にいる間は、お弁当を売っている間は少しだけど忘れられる気がする。それに私は看板娘(自称)だ、お店の顔がうじうじしてちゃお弁当なんか売れないよ。


「あ、」


だから、今日はいつも以上に頑張る。自分の中でそう決めてお店のシャッターを開けると通学途中の子供たちが集団でちょうどお店の前を歩いているところだった。その中には三人組もいて、


「おはよう、ズッコケ三人組!」


「マナねぇちゃん!テレビ見たよ、だいじょうぶだったの?」


私を見てハッと驚いた表情で近づいてきた龍之介。おいおい‥がり勉のくせに寝癖やばいぞ、ただでさえ堅物キャラはモテないんだから寝癖くらい直せよ。


「当たり前でしょ、ほらピンピン」


両手を腰に当ててニッコリ笑ってみせると、一平がニヤニヤ笑いながら私の顔を見て笑った。


「目なぐられたの戻ってないよ」


「一平、あんたの目も同じにしてやろうか」


おめーはデブというデメリットがあんだからな、女の子の顔見て笑える資格ねぇよ。自分の肥えた腹見て笑ってな。


「おれマナねぇちゃんみたいなバカになりたくないから勉強がんばるんだー!今日の帰り寄るからコーンクリームコロッケ残しておいてね!」


「じゃかぁあしいわ!」


まったく悪びれる様子のない、カラッとした笑顔でそう言う佐吉の頭にげんこつをおとす。勉強なんかできなくても、それ以上に大事なことが世の中にはたくさんあるんだからな、はな垂れ小僧め!


「じゃーねー」


秋空が広がる青い空の下を走っていく三人に手を振る。朝からうざい発言満載だったけど、やっぱり何だかんだやっぱり可愛いんだよなぁ、と小さな後ろ姿を見て思った。今日コロッケ買いに来たら最近の流行りゲームでも教えてもらおう。


「マナちゃん、おはようさん」


「あートメさん!おはよう」


今日最初のお客さんは近所に住むトメおばちゃん(還暦は迎えてるけどお婆さんと言うなと言われた)だった。トメさんは今でも毎日仕事をしていて、月に数回お店に遊びに来てくれる。料理が得意なトメさんから料理の話を聞くのが私は好きだ。


「そうそう、マナちゃんさ温泉好きかね?」


「ん?あんまり行ったことないなぁ」


いつものようにカウンター越しに料理の話で盛り上がっていると、トメさんが懐から封筒を取り出しながらそう聞いてきた。


「実はこの前の祭りあっただろう、あれのビンゴ大会で温泉が当たったんだけど、あたしゃ仕事あるから行けないんだよ」


そう言って私に差し出した封筒には温泉宿泊券が入っていた。この前の祭りというのは大江戸商店街の夏祭りのことである。温泉なんて小さい頃、お母さんとのり子さんに連れていってもらったことがあるけど、もうそれは十年以上前。記憶すら曖昧なくらい、私にとって温泉は縁がないものだった。


「いいの?トメさんが当たったのに」


「いいんだよ、この温泉遠いからおばあにはキツいしねぇ。2枚あるからのり子ちゃんと行っておいでな」


しわくちゃの笑顔で渡されたそれを私は受け取った。よく考えれば、お母さんが入院してからのり子さんは働き詰め。毎日お弁当を一人で作ってきっと疲れも溜まっているだろうし誘ってみようかな。


「ありがとう、トメさん!お土産買ってくるね」


「温泉まんじゅう、息子家族のぶんも頼むよ」


冗談半分でケラケラ笑いながらそう言うトメさんは、お昼に食べると言って幕の内弁当(味噌汁セット)を買って帰っていった。


「‥温泉、いいかも」


一人になった店内でもらった宿泊券を眺める。たまには美味しいもの食べて温泉入って、私だって地球に帰ってから遠出することはなかったから良い機会もしれない。それに、


「おーいメス豚、」


今は沖田を、あいつのことを忘れてパァーッとしたい。ただの逃げかもしれないけど、今は何かこう‥リセットっていうか癒されたいっていうか。私にはそういう時間が必要な気がする。


「‥ってことで、温泉行かない?」


「良いじゃないのよ、何温泉だい?」


その日の休憩時間、のり子さんに温泉のことを話すと彼女は興味を示した。さらに最近はお店自体、休んでいなかったから2、3日閉めたって良いだろうとのり子さんは私よりも行く気満々である。


「来週の頭から行こうか」


「‥早っ!3日後じゃん」


「あ、そうだ。ゆみちゃん(お母さん)一時退院するし一緒に行くかい?」


「え、お母さん一時退院するの!?」


カレンダーを見ながら早くも計画を練るのり子さんが衝撃発言。一時退院なんて知らないんだけど私。え、昨日の電話でも何も言ってなかったよね?


「調子良いから退院したいって、この前電話で言ってたんだよ」


「‥それただの願望じゃん!許可出てないんでしょ?」


「最近ハマった医療ドラマで患者の脱走シーンがあったらしくてね、それの練習してるってさ」


オイィイイイ!良い年こいて脱走する気かよ!何考えてんのお母さん!のり子さんも"してるってさ"じゃなくて止めろよ、応援してどうする!何この大人たち!


「ってことで、あんたは旅費、実費ね」


「は!?何で?」


「2枚しかないんでしょ?あたしとゆみちゃんがそれ(宿泊券)使うから。年功序列だよ」


「いやだからお母さんは行けないじゃん!」


こうして私とのり子さんは、数日お店を閉めて江戸から離れた温泉へ遊びに行くことになった。


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