母は強し、草剪も剛
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「あ、もしもし?テレビで縛られてたけど大丈夫だった?」


屯所を飛び出して家に着いた頃、涙はおさまっていた。ただ自分でもビックリするくらい泣いたので頭が割れるように痛いし、全身がだるい。さっき点滴打ったばっかなのに、なんて思いながら久々に携帯を開いたらお母さんからの着信履歴が10件もあった。まさか、何かあったのかと心配になって電話をかけてみれば、心配されていたのは私の方だった。


そっか、私事件に巻き込まれたんだった。色々ありすぎて頭が混乱している私は数時間前のことを思い出すだけでもやっとだった。しかもお母さんは今回珍しく私を心配してくれていた。基本、放任主義なお母さんがここまで心配してくれるなんて、私が落ち込んでること分かってるのかなとふと思った。いやでもこっちからは何も言ってないしなぁ、まぁ娘が人質になってあんな風にテレビに映ってたら心配するか。


「無事で良かったよ。また山崎くんたちにお世話になったの?」


電話の向こうでお母さんはいつものトーンでそう聞いてきた。そう、いつものトーンで。何も知らないから仕方ない、でも今の私にとってその言葉はすごく痛かった。鋭い刃物で心を八つ裂きにされるような感覚。でも、お母さんは悪くない。何も知らないんだから、だから今は泣けない。


「うん、」


でもお母さんの声を聞いたら、泣きそうになってしまうからたくさんは喋れなくて。消えるような小さい返事が精一杯で、溢れそうな涙を拭って天井を見つめる。お母さんが今どんな気持ちでこの電話をしてくれているだろうと考えたら、余計目頭がじわりと熱くなった。


「‥今度は何があったの?」


「え?」


私の一言に、お母さんは少し間を開けてからそう言った。それは笑い、呆れ少々というような声だった。私はよく意味が分からなくて、


「いつものマナなら今の質問に、そうだねぇ‥"あんなクソッタレ集団に世話になるわけないじゃん!"とか"最悪だよ、あいつらと関わって良いことなんてないもん"とか"死ね沖田もうあいつにコロッケ売らん"とか?」


「‥‥‥」


「なのに今日はやけに静かじゃない。口内炎でもできて喋りづらいの?」


「‥‥‥」


「それとも‥沖田くんと喧嘩?」


必死で保っていた心の壁はお母さんのその言葉で脆く崩れた。さっきあんなに泣いたくせに、どこにそんな涙が残ってるんだと思うくらい、拭うだけじゃ間に合わないくらい涙は溢れた。


「うぅ‥っひ、く‥っん」


お母さんにはお見通しだった。例え顔を見ていなくたって、何も話さなくたって、声だけで娘のこと分かっちゃうなんて。


「‥はぁ。あんたはいっつもそう、片意地張って素直じゃない。そんなんじゃ疲れるでしょ、たまには気にせず泣きな。お母さん電話切らずにAIBO観てるから」


今度は呆れに、笑い少々というような声だった。きっと私がここまでになっても強がることを分かってるから、AIBO観るなんてわざと言ったんだよね。さっきみたいに一人で泣くのは悲しすぎるから、辛すぎるから。隣にいるよって、そういう意味でしょう?


「‥っぅう、おか、あさっ‥ん」


「ん、」


「く‥るしい、かなし‥いよ、っ」


「うん。そうやって思ってること、言いなさい。おっきい声で泣きなさい」


お母さんの言葉に心が震えて、苦しくて辛くて、でもすごく心地良い。あぁ、どうしてお母さんはこんなに私を真っ裸にしてくれる魔法を知ってるの、傷ついた心をそっと抱き寄せてくれるの。


「うっ、ぅう‥んくっ‥ひっ」


荒い呼吸は熱く、喉は大きく震える。泣きじゃくる赤ん坊のように私は泣いた。泣きながら、沖田のことを考えた。沖田の匂いを、声を、横顔を思い出した。嫌なことも、嬉しかったことも全部。最後に見た表情も、頭に思い浮かべた。


やっぱり悲しい、悔しい、痛い。今回沖田にされたことは私の心に大きな傷をつけた、それは指を折られたときよりも、メス豚って言われたことよりも、今までされたこと全部寄せ集めてもその傷には敵わないものだった。


「おきたなんっ‥か、だ‥いっきら、い」


私は沖田総悟という存在を、どう思っているんだろう。ムカつく、クソッタレ、ドS悪魔、それから‥


思い浮かべたどれもが合っていて、どれも違った。昔の私ならきっとこれで納得していた。でも違う、今の私は沖田への感情をもっと持っている気がした。


でもそれが、何かと聞かれれば分からなかった。


「沖田に、裏切られたから?」


でもあいつの裏切りなんて今までたくさんあった。


「沖田が、私のことを危ない目に遇わせたから?」


‥いや、それも今までたくさんあった。


『 ―沖田くんを、信じてたから 』


不意に聞こえたお母さんの優しいその言葉は私の中にゆっくり落ちてきた。乾いた心に水を与えるように、光を指すように。


「マナが沖田くんの好きなところを、信じていたからじゃないのかい」


「好きな、ところ‥?」


「そう、好きなところは自分が一番知ってるだろう?」


「好きな‥ところ、」


声に出したそれは迷っている、沖田の好きなところなんて‥ないはず。だって私は沖田のこと、嫌いで嫌いで、大嫌いなんだから。好きなところなんて、探したって見つからないし‥そんな真逆のことあるわけない。


「好きなところなんて‥あるわけない」


あるわけないのに、そう考える心は苦しかった。さっきのとは違う、知らない痛みや苦しみがきゅっと私を締め付ける。


「マナ、それが好きってことだよ」


ふふっと携帯から聞こえたお母さんの声は、とても楽しそうだった。




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