あの優しさは本物でしたか
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午後6時、私は事情聴取のため病院から屯所に来ていた。屯所には相変わらず隊士がたくさんいて近藤さんもちゃんと生きていたし、いつの間に消えていた座薬マンこと松平さんもいた。部屋からは雑談や笑い声、30人が毒ガスで殺された直後とは思えない雰囲気なんだけど。それに近藤さん朝撃たれてゴートゥーヘブンしたのに生還?何か色々と気になるんだけど。


通された応接室には土方さん、近藤さん、座薬マン、沖田、私、オット星大使2名。事件のあとだからピリピリしているのかと思いきや、彼らはいつも通りに見えた。でも事情聴取とか言うわりには何か空気が堅苦しいな、と思っていると土方さんが口を開いた。


「今回の事件は藤堂の協力なしには解決出来なかった。礼を言う」


「へっ?いやそんな、協力だなんて」


まさか感謝されるとは思っていなかった私は突然のお礼にビックリした。しかも土方さんから直々にこんな‥照れるじゃないか。誘拐されて人質になっただけかと思ってたのに、ていうか私どこで協力したっけ?


「藤堂が囮捜査に協力してくれたおかげで、おっとっ党の壊滅にも成功した」


「‥‥‥」


達成感を感じさせる土方さんの笑み。‥ってちょっと待て、今土方さん何て言った?


「土方さん今、何て言いました?」


「あ?おっとっ党が壊滅し‥「違います、その前」


何言ってんだこいつ、みたいな表情をこちらに向ける土方さんから出る言葉を待つ。


「囮捜査、か?」


「‥‥‥」


囮捜査、おとりそうさ、オトリソウサ‥?


「‥どっ、どういうことですか!何?囮捜査って!」


テンパる私を見て、土方さん、近藤さん、座薬マンがバッと一斉に部屋の端に座る沖田を見る。彼らもどうしてこうなっているか分かっていないように見えた。


「総悟、てめぇ‥どういうことだ」


「‥マナちゃんに言ったんだろ?」


「沖田よォ‥まさかオメー」


私がなぜこんな反応をするのか分からないままの土方さんたち。一方質問攻めされる沖田はいたって普通な口調で、


「いやァ、あのとき間黒がうるさかったでしょう。メス豚どうのこうので。だから言えなかったんでィ」


と答えた。何やれやれみたいな表情してんのこいつ。しかもメス豚どうのこうの言ってたのお前だから!人のせいにすんなよ!


「「「‥‥‥」」」


シーンと静まり返る室内。土方さんの囮捜査発言、今までの真選組のやりとり、沖田の発言を考えたら、分かりたくないけれど、聞きたくないけど、これってまさか‥え?


「マナちゃんが‥おっ、おお囮になるってこと、いいいい言わなかったのかァアア!?」


汗びっしょりの近藤さんがカミカミの大声で叫んだ。土方さんは頭を抱えてため息。座薬マンは煙草に火をつけ、肝心の沖田は、


「今近藤さんが言いやした、」


と開き直っている。こ、こいつ‥!


「どういうことだァ!沖田てめェ、話せ!説明しろ!最初から最後まで!」


「‥俺がザキの付き添いで病院に行ったときお前と曲がり角でぶつかって「どこまで遡っとんじゃァアア!それ連載の最初だろーが!私が言ってんのは今日のこと!今日の事件の‥囮捜査とかいうやつ!」


あり得ない!何だ囮捜査って!‥思い浮かぶものはひとつしかないけど、分かるわけがない。分かりたくない。だって私一般人だよ?囮捜査って警察の仕事でしょ?何で私が協力してることになってるの?


「おっとっ党が今回の来日にテロ起こすってのが、ザキの潜入捜査で分かったんだが党壊滅させるまでとなると俺らだけじゃ無理があったんでィ」


「‥そんだけ!?もっと詳しく話してよ!」


「‥大使誘拐も毒ガスも全部最初っから分かってたんでさァ、でもそれお前に言ったらブヒブヒ慌てて計画が台無しだろィ。土方さんたちには俺からお前に言っておくって言ったんでィ、」


「‥じゃあ何で、言わなかったの」


相変わらず表情を変えないまま、私をじっと見る沖田は何も言わなかった。信じれない。嘘であってほしいと願ったことは私が思っていたよりもずっと大きい問題だった。嘘だと言ってほしかったけど、誰も何も言わないこの空気が真実だと言っていて。怒りよりも喪失感が心に溢れ出す。


「私が誘拐されることも、殺されちゃうかもしれないことも想定内だったの?」


毒ガスで隊士が死んだのも嘘?みんな全部全部分かってて‥私のことなんか、どうでもよかったってこと?沖田は何も答えなかった。


「マナちゃん、すまなかった‥」


静まり返った室内、近藤さんが私の近くにやって来て頭を下げた。何で謝るの、そんなの私がもっと惨めになるじゃない。私はどう言えばいいの。怒ればいいの?泣けばいいの?でもどうしたって心に空いた穴は塞げそうになかった。穴から溢れる感情はとてもじゃないけど拾いきれなかった。


悔しい‥こんなことってある?私は沖田に、真選組に騙されていた。助けてくれたと思っていた人たちに。悔しくて、悲しくて私は下を向いたまま拳をぎゅっと握った。どこまでが嘘でどこからが本当なのかすらも分からない。


「藤堂ならあいつらに怪しまれずに忍び込めると思ったんでィ。ザキが潜入してっから何かあっても助け「‥もういい」


もういい、もう何も聞きたくない。そんな言い訳染みた言葉いらない。何を聞いても言い訳にしか、良い風になんか聞こえない。助けに来るって信じてた気持ちも、涙も全部、無駄だった。私だけ何も知らなかった。そして私が思ってたより沖田は、最低で最悪だった。


「私の命は、あんたの‥真選組の事件解決と天秤にかけられたってことでしょう。馬鹿みたい、真選組が‥沖田が死んだんじゃないかって心配したことも、それでも生きてるって信じて‥諦めずに待ってたことも、っ‥馬鹿みたい‥助けに来てくれたときの嬉しさも、全部‥っ消してやりたい、」


溢れそうになる涙をぐっと堪えた。泣くな、この涙さえ無駄なんだから。この涙の行き先はどこにもない。握りすぎた拳が痛む。


「藤堂、」


「‥分かりきってた展開なら、囮捜査が成功したら、事情聴取なんて‥いらないですよね」


名前を呼んだ土方さんに微笑むのが精一杯だった。余裕なんかない、これは自分に呆れた笑顔。沖田は元から最低なやつじゃん、真選組なんて好感度ゼロのチンピラじゃん。それなのに‥沖田を、信じた私が馬鹿だった。沖田は出会ったときから何も変わらない、そういうやつだったんだ。


「‥帰ります」


私が今まで知った沖田が脆く崩れていくのを感じた。立ち上がって後ろを振り向かずに部屋を飛び出す。呼び止める声がしたって止まらない。構わず歩き続けた。真選組なんて、沖田なんてもう知らない。


屯所を出てすぐ、ずっと持っていた沖田のジャケットの存在に気づいた私はそれを地面に投げつけた。こんなもの、もう見たくない。匂いも優しさも思い出したくない、暗くなり始めた景色に黒いジャケットが混ざり合う。もう知らない、何も知りたくない。


「っ‥うぅ、」


そう思うほど、悔しくて自分が惨めで。蓋を切ったように涙は溢れた。誰もいない道を泣きながら歩く。立ち止まったらあいつを、思い出してしまいそうで怖かった。泣かないと思ってたけれど、突きつけられた現実を全て抱えられるほど私は強くなくて。


「藤堂、」


真選組を、沖田を少しでも信じていた心がいちばん痛かった。


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