それはきっと大事なこと
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「あなた、手をよく怪我するわね」


手は内出血をしていて縄の形がくっきり残っていた。そして病院で私を診てくれた先生は、数ヵ月前に沖田に指を折られたとき(8話参照)にも担当してくれた女医だった。あぁそんなときもあったなぁなんて妙に懐かしく感じながら、診察を受けた。


「どうしたの、気分悪い?」


ぼーっとする私の顔を先生が覗き込む。私は黙って首を横に振った。気分は悪くない、でもどこか苦しい。でもそれは決して病的なものではなくて気持ちの問題な気がして。その理由は、肩に乗っかる沖田の隊服。


「湿布は朝とお風呂上がりに取り替えてね、念のため点滴打っていきなさい」


診察を終えて立ち上がるとふわり、香る沖田の匂い。慣れない匂いに包まれていく自分が、その匂いで沖田を思い出してしまう胸が苦しかった。何これ、


「時間になったらまた来るけど、何かあったら呼んで」


隊服は、点滴の間ハンガーにかけられた。簡易ベッドに横になって天井を見上げる。久しぶりの一人の時間、外はもう茜色に染まった空が広がっていて今日はいろんなことがあったなぁとため息を吐いた。


点滴をしていない方の腕をおでこにのせて目を閉じる。暗い視界は意外にも落ち着いた、私は自分が思っていたよりも疲れているらしい。まぁ当たり前か、慣れない場所で通訳なんかして、おまけに誘拐されて人質になったんだもん。弁当屋で働く時間がやけに遠く感じる、のり子さん元気かな。


シャーッ、


それからしばらくして、私はカーテンを開ける音で目が覚めた。おでこから腕を外し病室の入り口の方を見ると、


「‥沖田、」


なぜか沖田が立っていた。え、事後処理するって言ってなかったっけ?なぜか胸がドクンと大きな音を立てた。


「何でィ、寝てねーのか。また落書きできると思ったのに」


「はぁ?何しに来てんのよ」


目をそらしてちぇっと舌打ちする沖田。いや何でだァ!あんたのために病院来たわけじゃないんだけど!ちょっとは心配しろ。


「ザキが困ってんでィ、あのアザラシに言葉が通じねーって」


「‥オットセイね」


「セイウチはセイウチで意味分かんねーこと言うし」


「‥だからオットセイね。通訳ならもうちょっと待ってよ、点滴まだかかるから」


親指を立てて部屋の外を指す沖田に私は、点滴のしてある方の腕を見せる。私頑張ったんだからもう少し休ませてよ。


「誰が通訳なんか頼んだんでィ、困ってるザキを笑いに行くんでさァ」


「‥‥あ、点滴終わったかも」


困る様子の山崎さんを頭に思い浮かべる‥実におもしろい。どこぞのガリレオ先生の台詞を思い出しながら私は起き上がった。


「あ、マナちゃん!」


病室を出てロビーへ向かうと、大使たちと山崎さんが何やら話していた。が、お互い言葉を知らないので通じるわけがなく、予想通り山崎さんは困り果てた表情をしていた。


「少しは話せるようになりました?オット星語」


「分かるわけないよ、ちんぷんかんぷん」


私が彼らに近づくと髪をくしゃっとつかみ、苦笑いする山崎さん。心なしかとても疲れて見える。山崎さんが点滴打った方がいいんじゃね?


「どこか体調悪いとこないか看護婦さんに聞いてって言われてるんだけど」


「えぇー」


「いや聞いてよ!もう俺限界だから、」


勘弁してくれというような表情でため息をはく山崎さん。そんな山崎さんを沖田が自分の携帯で撮影。シャッター音に気づき、こちらを見る山崎さんはポカンとしている。


「沖田ーそれあとで私に送って」


「任せろィ」


「あんたら何やってんですか!マナちゃんまで沖田隊長みたいなこと‥」


「だって山崎さんいじめるの楽しいから。ね?」


「まァ、土方さんに比べるとつまんねェけどな」


「ちょっと!あんたら楽しさの基準おかしいよ!」


キレる山崎さんを無視して、大使たちに話しかける。この人たちも人質だったんだっけ、と思ってしまうほど2人は普通だった。聞けば、とくに気分が悪いわけでも怪我をしているわけでもなかった。それどころか彼らは私に向かってニッコリ微笑みながらこんなことを言ったのである。


「≠゚#<ゞ‰≫(あなたの強さに感動しました)」


「〃Å#*Φ†♂¢△⇔±(あの状況で怖がらずに犯人に立ち向かっていく姿は実に頼もしかった)」


どうやら私を誉めてくれているらしい、あの状況でおっとっとで盛り上がってたあんたらの方が頼もしいけどな、と思ったけどニッコリ微笑み返した。


「@:#Ξ"≡∴Υζ∞(日本にはあなたのように強くて頼もしい若者がたくさんいるのですね)」


さらに付け加えるようにアラザン大使が沖田と山崎さんを見ながらそう言う。まぁ警察だから当たり前っちゃ当たり前だけど‥でも彼らがいてくれたから私たちは助かったことは事実。普段はうざいし(とくに沖田)、宅配でコキ使うし(とくに近藤さん)、何か‥ムカつくし(とくに山崎さん)、どうしようもないチンピラ集団だけど。一緒にいてロクなことなんて全然ないけど、


「ねぇマナちゃん、2人何て言ってるの?」


「通訳のギャラは山崎さんのボーナスから出しておいてって」


「嘘つけぇえ!」


でもね‥真選組といる私は、沖田といる私は、一番自分らしいと思うんだ。女なのに口は悪いし、会えば喧嘩ばっかりだけど、そんな時間を楽しいと思ってる自分がいる。飾らなくていい、素の藤堂マナでいられる気がする。


「藤堂、適当なこと言うんじゃねーよ。今回の報告書はザキに一任してくれ、の間違いだろィ」


「‥隊長、自分の仕事押し付けんでください」


そして前より私は沖田総悟をたくさん知った。憎たらしいしムカつく男だけど、いつの日か土方さんが言っていた"憎たらしいだけのヤツじゃない"って意味もだんだん分かるようになった。それはジュースだったり、カニクリームコロッケだったり、写真だったり。今回の隊服だってそうだ。いつだって真っ直ぐじゃない、変化球ばっかりの投げ方でやってくるヤツの思いをいつからか‥彼なりの思いだと、超絶分かりにくい優しさだと気づくようになって。それに気づくようになった私も色々変わって来たのかなあって‥思ったりする。


「‥お前何笑ってんでィ、気持ち悪」


「だそうですよ、山崎さん」


「え、俺?今の絶対マナちゃんでしょうよ」


ポケットに手を突っ込んで私を見る沖田は、いつもと何も変わらないはずなのに、


「着物はだけて豚の皮が丸見えでィ。外のカメラに映って放送されてみろ、苦情殺到でィ」


チラリと脳裏に浮かぶその言葉に隠された彼なりの優しさが、私の心をじんわり温める。


病室から持ってきていた隊服、やっぱりこの匂いにはまだ慣れない。


「隊服いつまで持ってんでィ、ポケットの中のイボ早く返せ」


「‥イボかいっ!」




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