ピンチはチャンス
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ドッキリ大成功のパネルも、沖田のどや顔も出てこない。あの日から2日、私の中では雨が降り続けている。


沖田との待ち合わせに時間通りに行かなかったからか、沖田の傷ついたような表情を見てしまったからか、沖田が何も言わずに去ってしまったからか。


「‥うーん」


私の中に渦巻く黒いものの正体はその全てのような気がした。沖田が私を(陥れる気ナシ)誘ったこと、沖田の知らない表情を見たことは、私の何かを変えていた。そして自分の知らないうちに何かが変わっていくことが怖くて、沖田に会うことも同じくらい怖かった。沖田の前なら強気でいられたはずの私は今、沖田に会うことがとんでもなく怖い。


考えるだけで行動をしないまま、時間だけが過ぎていた。


「2890円です」


また戻ってきた猛暑の下、私はおつかいにスーパーへ来ていた。カゴに頼まれたものを入れていく、いつもなら必ず寄る試食コーナーもお菓子コーナーも今日は素通り。心ここにあらずとはこのことだろう、罪悪感と沖田ばかりが頭を支配していた。


いつもの口喧嘩ならそのうち知らん顔でお店に来るだろうと気にしないけれど、今回はそう思えなかった。このまま沖田はもう来てくれない気がしていた。
そしてやって来てしまうかもしれないその未来を食い止めたいと思っている自分がいた。沖田がいなきゃダメなわけじゃない。彼は私の中でそんな大きい存在ではない、はずなのに。このままは嫌だ、後悔が残る。あの頃は、こんな日が来るなんて思ってなかった。


「それ以上言ってみろィ、そのきったねぇ中指へし折る」

「フンッ、してみろってんだバーカ」

バキッ、



沖田がお店で働くことも、


「おーい犯人、そのメス豚切ってくんねーか。加工して夏に親戚と知り合いに送るんでーィ」

「誰がお中元用のハムじゃァアアア!てめっ、マジふざけんな!」



あんな事件に巻き込まれることも、


「早くおめーも乾かせ」

「‥え、あ‥うん」



沖田に優しいところがあるところも、


「藤堂、」


沖田に悩む日が来るなんて知らなかった。クソッタレ野郎が私の中でこんなにもいっぱいになるなんて、考えもしなかった。私やっぱり、謝らないと‥


「藤堂?」


レジで会計を済ませて、エコバッグに買ったものを詰めていると後ろから誰かの声がした。瞬時に振り向いた先にいたのは隊服を着た、


「土方さん‥」


土方さんだった。何かすごい久々に会うな。土方さんに最後に会ったの‥あれいつだっけ?


「‥何で大根こっち向けてんだ」


「え‥‥はっ!いや、あの‥すいません気にしないでください。私たぶん疲れてますねアハハハ!」


「気にするわァア!何でナイフみてぇに刺そうとしてんだよ、声かけただけだろーが!」


私は知らず知らずのうちに片手に持っていた大根を土方さんに向けてしまっていた。土方さんが若干キレてらっしゃる。フェンシング藤堂in大江戸スーパー。無意識って怖い。


「顔死んでっぞ、」


土方さんも買い物に来たらしい(主婦?)。私の隣にやって来て袋にカゴの中身を入れだした。ていうか顔死んでるってどういうことだよ、失礼な。大根向けられたからって言って良いことと悪いことがあるぞ。


「総悟も死んでんだよ、最近」


「は?」


土方さんの口からポロッと出た名前に、大根を詰める手が止まった。え、沖田?しかも死んでる?


「どっ、どういう‥ことですか」


「そのまんまだよ」


「そのまんま東ですか?」


「ちょっとその大根貸せ」


「‥すいませんふざけました」


土方さんの鋭い視線が怖くて、慌てて大根をしまった、そりゃあもうエコバッグの奥の方に。ほうれん草が潰れたけど気にしない。


「お前の店、宅配してんだよな」


先に詰め終わった土方さんが、空になったカゴを片手に思い出したように口を開く。


「いや、あれは毎回真選組が勝手に‥」


「俺忙しくて昼飯食う時間ねぇんだわ。一番安い弁当宅配頼む」


「‥‥‥」


マヨネーズ詰めていた男が言うことじゃねーだろと内心で突っ込む。視界に映る赤と黄色‥せめて隠せよ。


でもこれは‥チャンスかもしれない。宅配=屯所に行く=沖田に会える、かも。


「山崎の隣の部屋だ、金は代引で良いか」


「‥は、はい」


私の返事に土方さんは少し微笑んだ。そしてすぐポーカーフェイスに戻ってスーパーから出ていった。ひょーかっこいい、持ってるものがマヨネーズじゃなかったら尚更。


ミーン、ミーン‥


スーパーを出て、あの日沖田に会った道を歩きながら沖田が去っていった方の道を眺める。


会うのはちょっと怖い、怖いけど‥沖田に会ったら、ちゃんと謝ろう。


うじうじ悩んでいた私の心は、ちょっぴり軽くなっていた。


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