大塚愛のプラネタリウムとご一緒に
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病院を出たのは1時半、雨は小雨に変わっていて静かに町を濡らしていた。


沖田に会いに行こうと出て来たのはいいけど、アレだ‥場所が分からない。


「今度の日曜、恵比寿ガーデンプレイス、時計広場、1時」


「‥どこだよ!」


お互い携帯は持っているけど番号もアドレスも知らない、沖田が普段行きそうな場所も知らない、私ってば沖田のこと‥何も知らない。


でもこんなところで突っ立ってるだけでは何も始まらないので、私は歩き始めた。もしかしたら沖田が待っているかもしれないので早歩きで。


小雨になったものの、さっきまでの大雨で地面にはいくつも水溜まりがあり、足はすぐに濡れてぐちょぐちょになった。


所々濡れた着物、湿気でベタベタする肌。手がかりもなく沖田を探すことへの不安と焦り。何でこんなことしてるんだろう、私。


「はぁ、沖田いないんだけど‥!」


待ち合わせで使われるであろう駅や公園、大きな本屋、手当たり次第回ってみたけれど沖田はどこにもいなかった。雨は相変わらず降っていて、濡れた体が気持ち悪い。


行く先々、沖田はいない。これってもう沖田がどこにもいないってことじゃないの?私の待ち合わせなんてすぐ諦めて帰っちゃったとか、そもそも雨が降ったから面倒くせェとか言って待ち合わせ場所にすら来てないとか。病院を出て1時間、全く見つからない沖田に対して私はそんなこを考えて始めていた。


「はっ!もしやこれがヤツの狙い?」


わざとない場所を待ち合わせ場所にして、雨の中、私が探し回る‥それだったら私はまた沖田のドS作戦に引っ掛かったということになる。あり得る、野郎(沖田)なら普通にあり得る!私が待ち合わせ場所で永遠に沖田を待っているのを見て笑ってそうだ。天候さえも俺の味方でィなんてブラックスマイルを浮かべながら!


ここに来て私はもう沖田の居場所や沖田の気持ちより、沖田自身を疑っていた。仕方ないよ、ヤツは前科がありすぎるから。


ザァアァア、


いつの間にか雨足はまた強くなって、傘に当たる雨が強い音を鳴らす。私のため息をも消してしまうくらいの雨。沖田、本当にいるのかなぁ。


ざっ、


降り止まない空を一瞬だけ見上げて、もう帰っちゃおうかなーと思ったときだった。


「えっ‥」


見上げた視線を戻した先にいたのは、ずぶ濡れの沖田。あんなにうるさかった雨の音、周りを歩く人々の声や、車の音全てが私の耳から消えた。目の前の沖田は傘をさしていなくて、大江戸商店街のお祭りでも着ていた着流しは雨を吸い込んで黒く変色していた。私に気づいた沖田は無表情のまま、立ち止まった。


「なんで、」


何でそんな格好でいるの?さっきまで私が想像していたブラック沖田はどこにもいない。濡れた髪の間から鋭い視線を向けられて、心臓がどくんと大きく鳴った。もしかして本当に待ってたの?こんな雨の中、傘もささずに?


‥そんな寂しげな表情で、私を待ってたの?


冗談でも笑えない重い空気。信じられないくらい胸が苦しかった。待ってたの?なんて聞かなくたって、その目を見ればずぶ濡れになった沖田を見れば‥嫌でも分かる。そうしてしまったのが自分なんだって思うと、もっと苦しくて息が詰まるようだった。


「‥‥‥」


「‥‥‥」


こんな弱々しい沖田、知らない。私が来るのを健気にずっと待ってる沖田なんて知らないよ。
デタラメな待ち合わせ場所でも、行く気があれば、もっと早く病院を出ていれば、どこかで会えたかもしれないのに。こんな姿になるまで待たせることなんて、なかったのに。


謝らなくちゃいけない、ごめんって。でも怖かった。大嫌いな沖田に突き放されるのが‥たまらなく怖かった。こんなこと言う矛盾だらけの自分も恥ずかしかった。


「‥何でィ。泣きそうな面して」


先に口を開いたのは沖田だった。雨が降り注ぐ空間に落ちる声に感情はなかった。いつものふざけた沖田はどこにもいない気がした。それがまた怖くて、何かしなくちゃいけないのに、何をすればいいのか分からなかった。


「沖田‥っ」


一歩踏み込んで沖田を呼べば、沖田は微かに眉をひそめた。それだけで表情は一変したように見えて、すぐそこまできていた"ごめんね"は雨に流されるように消えていく。ごめんねなんかじゃ駄目な気がした。目の前の沖田がすごく遠く感じる、


ぱしゃっ、


何も言えないまま固まる私を通りすぎようとする沖田は口を閉ざしたまま伏し目がちで。沖田、何か言って?悪口でもいい、メス豚でも今なら許すよ。
だから、


「‥っ」


何も告げずに行かないで。嘘だって、調子乗るんじゃねぇやィって言ってよ。


そんな沖田らしくないこと、しないで。


目も合わせずに、何も言わずに、沖田は私の横を通ってそのまま去っていった。


「‥おきた!」


後ろを振り返って沖田を呼び止めた。でも沖田はこちらを向くことも、立ち止まることもなかった。雨に打たれながらその小さな背中は消えていった。


ザァアァア、


沖田がいなくなった途端、また聞こえてきた周りの音たち。それはまるで私と沖田がいた空間を消すようにうるさく、耳に響いた。


沖田を追う資格なんて私にはなかった、そんなの私自身の後悔や罪悪感に対する自己満足に過ぎない。でもだからと言ってこういう時はどうすればいいのか、分からなかった。


分かっていることは、沖田を傷つけてしまったということ。


キレてくれたら、どれだけよかったか。目も合わさずに去っていった沖田の横顔が忘れられない。怒って罵ってくれれば、ふざけんなてめぇ着替え買ってこいって言ってくれれば、その怒りを私にぶつけてくれればいいのに。


それさえもしなかった、あの沖田が‥私に何も言わずに去っていった。私を責めることも、私に呆れることもせずに。


あの態度は私に対する彼の気持ちなのか、そうだとしたら私はもう嫌われてしまったかもしれない。


大嫌いな沖田に嫌われた、そんなことが頭を過って。良いじゃん、嫌い同士嫌いならそれで良いじゃんって‥私はいつもみたいに思えなかった。


私の中で何かが変わっていく、沖田との間で何かが崩れていく。


私はそれを感じながら、立ち尽くすしかなかった。


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